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         ToHeart[Leaf]/松原葵SS

             もうひとつの宝物
           〜夕陽色の森 after〜

                           write : M.Hagu
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「よし、あと1セット!」
「はいっ!」

 バシバシバシバシ!

 先輩の号令と共に、長時間コンビネーショントレーニングっを再開しました。
 サンドバッグを右左、突き、ロー。
 どんどんと叩き込んでいく。

「腰が下がってる!」
「っ!」
 先輩の声にサッと足に力を込めて体勢を立て直します。

「あと3つだ!」
 バシッ、バシッ、バシィッ!

「よぉし、おわりぃっ!!」

「はぁはぁはぁ…」
「ご苦労さん、葵ちゃん」
「はぁ、ちょっと、はぁはぁ、ばてちゃいました、はぁはぁ」
 思わず地面に座り込んで膝に顔を埋めてしまいました。

「ちょっと動き固いな、葵ちゃん」
 先輩は首を傾げながら、私の前にしゃがみました。

「はぁはぁ…そ、そうですか?」
「あぁ、受けてて何となくだけどな」
「…う〜ん…たぶん、練習不足…ですね」
 また膝に顔を埋めて、ぼそっと呟きました。

「練習不足って、葵ちゃんが練習不足なわけがないだろ。練習一筋なのに」
「でも、この1週間、練習に全然身が入りませんでしたから」
「あ…」
 先輩が言葉を失ってる。
 昨日、私が言ったこと覚えてたんだと思います。

「あはは、だめですよね、こんなことだと。せっかく先輩がお手伝いしてくれ
て、いろいろできるようになってたのに…」
 照れ笑いしながら、自分でも何を言ってるのか解らなくなってくる。
 そうしたら、先輩が私の頭を優しく撫でてくれて。
「…まったく」
 次の瞬間には先輩の胸に押しつけられていました。
「あっ…」

「寂しがり屋だな、葵ちゃんは」
「……あ、あの」
 突然だったから、驚いて声が詰まります。

「これからは、毎日一緒にいてやるよ。葵ちゃんは俺の彼女だからな」
「えっ、そ、そんな」
 かの、か、彼女って、あ、でも、昨日、あ、でも、そんな。
 頭の中で彼女って文字がぐるぐる回って。

「そんなって、嫌なのかよ」
 先輩、苦笑いしながら言うんです。
「ち、違いますっ! 嫌なわけ…絶対ないです」
 その言葉に思わず叫んじゃって。
 でも、すぐにはっとして声が小さくなってしまいました。

「ははっ。それなら、これからは毎日一緒なんだからな」
「は、はいっ!」
 すぐ上にある先輩の顔を覗き見ながら、ぎゅって拳を握って、力を込めて返
事をしました。

「………」
 そうしたら、先輩は何も言わずにじっと私の顔を見つめてるんです。
 何か困ったような顔で。
「え? ど、どうかしましたか?」
「あ、いや何でもない」
 私の声にはっとしたように、ぴくって体が震えてます。

「? 何でもないようには見えなかったですけど」
 そんな態度が少し疑問に思えて、私もじっと見つめ返してました。

「何でもないって」
 先輩、少し顔を赤らめてちょっと困ったみたいに、そっぽを向いたんです。

「うーん…」
 どうしたんだろう?
 頭の中でいろいろ考えながら、先輩の表情を必死に読み取ってました。
 そしたら、突然。

「あぁっ!」
「えっ!?」
 大声で叫んだと思ったら…。

「………」
「………」
「………」
「………」

「せ、先輩、今、き…」
「…何だよ」
 先輩、顔を真っ赤にしながら、拗ねたように口を尖らせてます。

 でも、私、そんな先輩に何か聞き直すような余裕がなかったです。
 だって…。

「先輩、今、キス…」
「い、言うなっ! 俺だって恥ずかしいんだよ」
 先輩は、私から離れて、階段の方に歩いていってしまいました。

「せ、先輩。どこに!?」
「そこに座ってるだけだよ! 早く着替えろな」
 振り向きもしないで、少しぶっきらぼうに言いました。

「…ふふっ…あはははっ」
 先輩、かわいい。
 さっきのキスで真っ白になった頭の中も、そんな先輩にあっという間に笑い
が込み上げてきて。

「早くしろッ!」
 笑ってる私に、向こうから怒鳴ってくるんです。
「はぁーい、すぐ行きますねぇ!」
 笑顔で手を振って林の中に入りました。


「遅いッ!」
 着替え終わって、先輩の元に着いた時。
 腰に手を与えながら、怒った顔で怒鳴りました。
 でも、顔は真っ赤なまんまです、先輩。

「先輩、帰りましょ」
 怒った顔してる先輩に、にこにこ顔の私。
「……あぁ」
「せーんぱい」
「なんだよ」
「はい」
 先輩の前に差し出した手。

「なに…」
「手、だめですか?」
「………」
 先輩は、またそっぽを向いたけど。
 その手は優しく、私の差し出した手を優しく握りしめてくれました。

「先輩、綺麗ですね」
 目の前にみえる夕陽を真っ直ぐ指差して。
「…そうだな」
 さっきまで怒ったような顔をしていた先輩も、夕陽を見つめるその顔は、い
つもの優しい先輩の顔。
 私が言い出したのに、今、夕陽を見つめてるのが先輩で。
 私はそんな先輩の横顔を、じっと見つめていました。

「先輩。私、大好きになったものがあるんです」
「なんだ?」
「それはですねぇ…」
「あ、まて。俺の事が好きだとかの不意打ちはなしだぞ」
 私の言葉を止めて、そんなことを言うんです。

「ち、違いますよ…って、いえ、先輩のことは大好きですけど…」
 その言葉に思わず口ごもる私を見て、先輩苦笑いしてる。
「わかったから、わかったから。で、なんだ?」

「この夕陽です。夕陽が、すごく好きになりました」
「ん? 葵ちゃんって夕陽が嫌いだったのか?」
「いえ、嫌いではなかったですけど」
 先輩、私を見下ろしながら首を捻ってる。

「私の中で、夕陽は素敵な思い出になりましたから、昨日…」
「あっ…」
 私の言ってることがわかったからだと思います、先輩が小さく声をあげまし
た。

「先輩に好きって言ってもらえて、初めてキスしてもらって」
「そ、そこから先は言うな…」
「え?」
「そこから先は言うんじゃないぞ………恥ずかしいから…」
「あ…」

「はい、先輩」
 夕陽よりも、もっと真っ赤な先輩の横顔を眺めながら、一歩一歩階段を降り
て行きました。


                             END





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