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 私は電話の前に立っていた。
それまではかけないようにしていたけど、昼間にあったマサキさんという方と
お話ししてみて、電話してみようという決心をした。
やっぱり、声くらい聞かないと寂しいから。

 ゆっくりとボタンを押していく。
呼び出し音が1回鳴る度に、どんどん想いが募っていく。
「…はい、もしもし…」
返事を待たずに私は話し出す。
「…先輩? 先輩ですか?」
「先輩って…もしかして葵?」
先輩の声じゃなかった。でも、その声には確かに聞き覚えがあった。
「え? 綾香さん? …なんで綾香さんが…」
「…あ! ちょ、ちょっと待って葵! 違うのよ、これは…」
呆然として私は受話器を置いた。綾香さんの言葉は耳に入らなかった。


<〜雨に打たれて〜>


 しばらくの間、私はそのままたたずんでいた。
確か…日本は今頃はちょうど朝方のはず。
朝早くから迷惑かなぁとは思ったけど、せっかくついた決心が鈍りそうだったから電話してみた。
でもその電話に綾香さんが出た…しかもなんだか今起きたような声だった…。
ということは…まさか…まさか綾香さんと先輩が…。

 嫌っ! そんなの嫌!!
私のことを大好きって言ってくれたのに!
離れていても大丈夫だって言ってくれたのに!
待ってるって言ってくれたのに!
確かに綾香さんは私より綺麗だし、すてきな人だし…だけど…だけと!!

 私はそのままベッドに倒れた。
涙が溢れて止まらなかった。
涙が枯れるまで…とか言うけど、いつになったら枯れるんだろうって思うくらい泣き続けた。



「浩之! 浩之っ!! 起きて! 起きてよぉ!!」
私は隣で眠ってる浩之を必死で揺り起こすが、なかなか目を覚ましてくれない。
こいつは遅刻の常習犯タイプね…ってそれどころじゃない!
「ん…なんだよ…」
「葵から電話がかかってきたのよ!」
「…なんだって!?」
それまでの抵抗っぷりが嘘のように浩之は跳ね起きた。
「…で、電話は?」
「ごめん、浩之…つい、私が出ちゃったのよ」
「なっ…!」
「あの子、思いっきり勘違いしちゃったみたい…ごめん、本当にごめん」
もう私はひたすら謝るしかなかった。
「いや…お前のせいじゃない。全部俺が悪いんだよ」
「そんなこと…!」
「結局は俺の弱さが原因なんだよ。俺がもう少ししっかりしてれば…」
そういって黙り込む浩之を私は抱き寄せた。
頭を胸に抱きかかえて、私は話しかけた。
「そんなことないって。浩之だけのせいじゃないよ」
「…綾香…」
「みんな寂しいんだよ。私も、浩之も…そして葵も。
 だから私たちはこうしているわけだし、葵だって電話をかけてきたんだよ」
「うん…」
「やっぱり離れてるのは辛いんだよ。例え気持ちは離れてないって分かっててもね。
 だから…会いに行こ、葵に」
「えっ?」
「2人で葵に会って、ちゃんと話そ? そうじゃないと解決しないよきっと」
「…そうだな。でもお金が…」
「足りない分は貸してあげるって。もう意地がどうのこうの言ってる場合じゃないわよ」
「…サンキュ」



 あれからどれだけの時間がたったんだろう。
私はベッドから起きあがった。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
さっきの電話…実は私は今までずっと眠ってて、ただの夢だったとかだったら
どんなによかっただろうか。
「先輩…嘘ですよね…」
まだ夢うつつのまま、シャワーを浴びて、涙に濡れた顔を洗い流す。
シャワーを浴びて部屋から出てくると、ふと電話機が目に入った。
「…もう一度かけてみようかな…先輩にホントのこと聞かないと…」
そう思い、再び受話器を手に取った。

 …1コール、2コール…。
…呼び出し音が20回を超えても、誰も電話に出てくれない。
「先輩…なんで出てくれないんですか…?」
せっかく洗い流した涙がまた再び溢れてくる。
「せんぱい…。お願いですから電話に出てくださいよ…
 私のこと大事だって言ってくれたじゃないですか…
 私の我が儘聞いてくれるっていったじゃないですか…
 どうして肝心なときにそばにいてくれないんですか…」
…だがその返事は決して返っては来なかった…。



 …何故か葵ちゃんの声が聞こえたような気がして、俺は目を覚ました。
「…どうしたの、浩之? 急に起きあがったりして」
綾香は寝てなかったらしく、不思議そうに聞いてきた。
「いや…なんでもない。気のせいか…」
「??? …まぁいいけど、もうすぐ着くわよ」
俺達はあの後、すぐに日本を発った。
運良くチケットも手に入った。向こうに着いてからのことは何も考えてないが…。
「…で、着いたらどうするの?」
「病院の名前だけは葵ちゃんから聞いていたから、とりあえずそこに行ってみよう。
 上手くいけば住所とか聞けるかも知れないし」
「もしどっちにもいなかったらどうするの?」
「その時は…探し回るしかないだろ」
「ところで浩之…英語話せるの?」
「うっ…そういえば」
「よかったわね、私がいて」
そして飛行機は空港に着いた。
病院に移動する最中、不意に雨が降り出してきた。



 私はただ街中を歩いていた。
ようやく慣れてきた周りの景色さえ、全く目に入っていなかった。
…私はこの街で一体何をやってきたんだろう?
また格闘技をやりたい。そんな思いでやってきたこの街。
一向に私の左腕は動いてくれない。
それどころか、街中が格闘技に溢れたこの街は、私の格闘技への思いを増していき、
それに対する自分の現状をまざまざと見せつけられる。

 …格闘技を失い、そして先輩までも失うかも知れない。
私はここで何をしているんだろう?


 雨が降ってきた。次第に強さを増していく。
私は気にせず歩き続けた。
少し伸びた髪が顔に張り付いてくる。
動かない左腕を伝って水滴が落ちていく。

 …前方で聞き覚えのある声が聞こえた。
よく見ると、そこには人だかりがあった。どうやらストリートファイトが行われているらしい。
何故かとても気になったので、私はその中心をのぞき込んでみた。
「…あ…マサキさん」
 戦っていたのはマサキさんと、彼より一回りくらい大きい男の人だった。
今の状況を見るに、どうやら相手の方が優勢に戦いを進めているらしかった。
マサキさんは肩で息をしている。もう1発食らったらアウトだろう。
相手もそれは分かっているらしく、とどめの一撃を今にも繰り出そうとしている。
「マサキさん!」
 私は思わず叫んでいた。その時男のストレートがマサキさんを捕らえようとしていた。

 どすっ!!

 思ったよりも鈍い音がして、一人が倒れた。
立っていたのは…マサキさんだった。
カウンターでボディに完璧に入ったらしい。倒れた男はぴくりとも動かない。
「よぉっし!!」
 帽子を脱いでギャラリーにアピールする。
ギャラリーからも歓声や拍手が起きる。
私はそんな様子をしばらく眺めていた。

 その場を去ろうとしたとき、突然後ろから声をかけられた。
…内心期待していたのかも知れないけど…。
「あれ? 松原さんじゃない? 見ててくれたんだ。嬉しいなぁ」
その声の主はやっぱりマサキさんだった。
手にはお金を握りしめている。おそらくファイトの賞金だろう。
「あ、マサキさん…こんにちは」
「どうだった? 君なんかから見たらまだまだかも知れないけど、俺だって捨てたもんじゃないだろ?」
「そ、そんな、すごかったですよ、マサキさん。私なんかとっても…」
「あ、そうだ! ちょうどお金も入ったし、良かったら何か食べない? 奢るよ」
「え……うーん…じゃあお言葉に甘えちゃいます」



 …病院には葵は来ていなかった。
そこで住所を聞いて、今そこへと向かっている。
「葵…いるといいね」
「ああ…」
私の言葉はあまり浩之の耳には届いていないようだった。

 …何度も呼び鈴を押してみた。
しかし返事はなかった。どうやら葵はいないらしい。
「…くそっ!!…くそっ!くそっ!!くそっ!!!」
浩之が扉を殴りつける。私は慌てて止めに入った。浩之の拳からは血が滲んでいた。
「やめなさいよ、浩之! そんなことして何になるって言うの!?」
「そんなことはわかってる! わかってるけどよ…!」
しばしの沈黙。浩之は急に駆け出した。
「どうしたの、浩之!?」
「…葵ちゃんを探しに行く」
「探しに行くって…どこにいるかもわかんないのよ!?」
「…探してみせるさ」
そういい残して、浩之は雨の街へと走っていった。
「ふぅ…結局かなわないってことかな…まぁいいわ」
私も浩之の後を追った。



「…何かあったんだね」
突然のマサキさんの言葉に、私は言葉を失った。
「えっ? 何かって何ですか?」
「だから何かだよ」
冗談とも本気ともつかない様子でそう言った。
「…どうしてわかるんですか?」
「だってねぇ…顔に書いてあるし」
「えっ!?」
「うん、寂しいって。だから俺の誘いに乗ったんだろ?」
…完全に読まれている。
確かに寂しかった。格闘技を失い、先輩を失おうとしている。
誰かの優しさにすがりたかった。誰かにそばにいて欲しかった。
「あはは…ホントに先輩にそっくりなんですね。そういうとこまで」
「ん?」
「人の考えてることまで読んじゃうなんて」
「うーん……でもね」
マサキさんは急に真剣な表情になって話し出した。
「…俺は『先輩』じゃないよ」
「えっ…」
「君が一緒にいたいのは『先輩』だろ?」
そういうマサキさんの顔はなんだか寂しそうだった。
「……そ、それは…」
「先輩に会ったり、話したりはしてないの?」
…私は無言で首を振った。
「なるほど…先輩と何かあったわけか…」
「…先輩が…綾香さんと…」
「綾香ってあの綾香か…で、それはちゃんと確認したの?」
「え? い、いえ…」
「だったらちゃんと確認しなきゃ。本人から話を聞いてね」
「…でも…」
躊躇している私に向かって、マサキさんは笑いながらこういった。
「大丈夫! 自信を持ちなって、松原さんっ」
その笑顔を見てると、何となく自信がわいてくる。
ホントに先輩にそっくりな人なんだな。
でも…先輩じゃない。
私の会いたい先輩は…今、どこで何をしてるんだろ…。



 激しく雨が降り続ける街を、俺はひたすら走り続けた。
あてなどあるはずもない。俺の全く知らない街だから。
知らないビルの合間を走り抜け、見たことのない通りを駆け抜ける。
今どこにいるんだろうという不安と、知ってる顔が全くないという
寂しさに襲われる。

 ああ…葵ちゃんも最初はこう思ったのかな…。

 …離れていても大丈夫なんて、甘かったのかな…。

 寂しかっただろうな…ごめんな、葵ちゃん…。

 既に全身濡れきっているが、不思議と寒くはなかった。
そんなことより、葵ちゃんに早く会いたかった。

「はぁっ、はぁっ…やっと追いついた」
傘を差しながら、綾香が後ろから追いかけてきた。
「ちょっと浩之、ずぶぬれじゃない!? 大丈夫!?」
「おうっ、大丈夫だ! そんなことより…」

 再び探し始めようとしたその時…。



「どうもごちそうさまでした」
食事を終わらせ、私達はお店を出た。
外はまだ雨が降っている。
「まだ降ってるな…俺も傘持ってないんだよな」
「あ、いえ、いいですよ。どっちかというと濡れたい気分ですし」
「そうなの?」
「ええ…。少しくらい雨に打たれた方が、自分の中のわだかまりも洗い流せそうな
 気がしますし。それでは今日はごちそうさまでした」
「いえいえ。また機会があったらつきあってね。ついでにファイトも見に来てくれると嬉しいな」
「それは……」
そんな話をしつつ、私達が店の外に出たとき。

「………葵ちゃん!!!!」

 私の名前を呼ぶ声がした。
とても懐かしい声。そしてとても聞きたかった声。
声のした方を振り返ると、そこには間違いなくその声の持ち主がいた。
その人はこっちに近づいてくる。
私が返事をする前に、私はその人の腕の中にいた。



 …あれは間違いなく葵ちゃんだ。
確認するまでもなく、俺は駆け出していた。
もはや余計なわだかまりはない。
長い間雨に打たれてたせいで、そんなもんはどっかに落としてきてしまったのかも知れない。
そして、そのまま葵ちゃんを力の限り抱きしめた。

「葵ちゃん…ごめん」
最初はとまどっていた葵ちゃんも、俺の方に体を預けてきた。
「先輩…やっぱり1人は寂しいです…会いたかったです…」



< 続 >




(後書き)
 「雨」4作目です(実際は(以下略))。
これは割と楽しんで書いてます、はい(笑)。
あんまり難しいこと考えずに済んでますしね。

 …結局「マサキ」に関してはあんまりかけなかったです(^_^;;)
一応いろいろ考えてはいたんですけどね。
本来はもう少し絡んでくる予定だったんですが…
もう少し葵ちゃんに迫ってきたりとか(爆)。
やっぱりテンションの問題かと(笑)。

 やっぱり修羅場は書ききれなかったし(^_^;;)
どんどんらぶ化しつつあります(核爆)。

 では…次で終わりです、はい(^_^;;)

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