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 いつまでも鳴り続ける音に私は目を覚ました。

 目を開けると、カーテンを開いたままの窓の外に、まだ雨が降っているのが見える。

 暖房のついてない部屋の空気は冷たかったが、私は寒くはなかった。

 背中から伝わってくる暖かさを感じて、私は隣を見た。

 そこには彼がいた。気持ちよさそうに寝息を立てている。
一晩中、私を抱きしめていてくれたのかな。そう思うと少しだけ嬉しかった。

「……夢じゃ…ないのか…」

 一瞬だけそう思った後、私は再び彼の腕の中で眠りに落ちた…。


<〜雨に流され〜>


「…ねぇ、浩之ぃ…ちょっと待ちなさいよぉ」
 私が何度も呼んでるのに浩之は完全に無視を決め込んでいる。
業を煮やした私は浩之の肩をつかんで強引に呼び止めた。
「ん? …ああ、綾香か…どうした?」
「どうしたって…さっきからずぅーっと呼んでるのに気づかなかったの?」
「え? …ああ、わりぃ。気づかなかった」
「気づかなかったってあなた…あんなに大きな声で呼んでるのに…」
…とはいえ今日に限ったことではなかった。
最近の浩之は明らかに何か変だ。
さっきみたいにぼーっとしてることが多くなったし。
そして何より、いつもの神社で練習しているところを全く見なくなってしまった。

 葵がいなくなったから…ということは多分ないと思う。
葵がいなくなった直後に浩之からは、そのことによる落ち込みとか寂しさというものは微塵も感じられなかった。
普段はいつも通り元気だったし、練習だって一生懸命やっていた。
ときには私も引っぱり出されて練習の相手をしたことだってあった。
それが…ここ最近は全く顔を出さなくなった。

「なんか最近変よ、浩之…一体どうしたっていうの?」
本気で心配している私をよそに、浩之はあっさりと言ってのけた。
「…眠い…」
「…へっ?」
「…最近あんまり寝てないからな…ついぼーっと」
「寝てないって…そんな睡眠時間削って一体何してるのよ?」
「ん…それはちょっと…」
誤魔化そうとする浩之の正面にまわって、思いっきり顔を近づける。
「ちょっと何? 人がこんなに心配してるのに、そんな簡単な一言で誤魔化そうというの?
そんな都合のいいことが通ると思ってるの?」
 思いっきり問いつめてやると、さすがに浩之は観念したらしく、
「…仕方ないな…あんまり人に話すことじゃないんだけどな…」
「で、一体何があったの?」
「最近バイトしてるんだ」
「バイト? 別に今までしてなかったわよね。なんで今更?」
「…どうしても言わなきゃ駄目か?」
 そういう浩之に向かって、私はにこやかに言い返してやった。
「…どうしても」
「仕方ないな…アメリカに行くためだよ」
 …その一言を聞いたとき、私は問いつめたことをちょっとだけ後悔した。
「…葵に会いに行くの?」
「ああ…やっぱりどうしてもな。別に会えないのが辛いって訳じゃないんだけどさ。
ただ一度くらい様子を見に行ってみたいかな〜なんて」
 嘘だ。
 一見明るく振る舞っているけど、ホントは辛そうなのがはっきりと分かる。
…やっぱり葵と離れてるのが原因なんだろうか?
でも前はそんなに辛そうじゃなかったのに…。
「で、何のバイトしてるの?」
「…まぁいろいろとな」
「いろいろと何?」
「何でもいいだろ…あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあな」
 そのまま浩之は行ってしまった。

 私に心配をかけたくないのか、浩之は語ろうとしない。
多分、話せば心配するようなバイトだってことだろう。
 浩之の心遣いなんだろうけど、正直言ってそういうのは嬉しくない。
もっと私にホントのことを話して欲しいし、辛いなら辛いって言って欲しい。

 …きっと葵だったらこんなことはないのかな…。

 最近は浩之の様子を見る度に、私はそう思ってしまう。
もし私が葵の立場だったら…浩之のもっと近くにいれるのなら、絶対に浩之に
こんな辛い思いはさせないのに…。

 そう考えて、私ははっとする。
…まただ。浩之だけでなく、私も何かがおかしい。
浩之とは仲のいい友達してるけど、ホントは私は彼のことが好きなんだと思う。
友達としてではなく、恋人としてそばにいたい。
でも、浩之には葵がいる。葵は私にとっても大事な子だ。彼女の悲しむ姿なんて見たくない。
だから私はこの想いを自分の胸の奥だけに閉じこめた。
そばにいて、一緒に話をして、友達としてでも大事にしてくれる。
それだけで十分だと思っていた。

 …葵がいなくなるまでは。



 それから数週間が過ぎた。
浩之はそれまで以上にバイトに励んでいるらしく、顔を合わせる回数さえさらに少なくなった。
それでも顔を合わせる度に、肉体的な疲労と精神的な疲労が目に見えて強く感じられて、
私は胸が痛くなった。
「…ねぇ、浩之」
そんなある日、私は浩之にある提案をしてみた。
「なんだよ、綾香?」
「あのね…お金が足りないんだったらちょっとくらい貸してあげるから、あんまり無理はしないでよ。
最近の浩之、ものすごく疲れてるわよ」
私がそういうと、浩之は久しぶりに優しい笑顔を見せてくれた。
私が一番好きな顔。でも…。
「サンキュ、綾香。でも、これだけはどうしても自分の力でやってみたいんだよ」
「……葵のため?」
分かり切ったことだ。なんで私は今更こんなことを聞いているのだろう。
「うーん…まぁそれもあるけどな。どっちかというと、自分の中で納得がいかないと言うか。
葵ちゃんだって今頃頑張ってるだろうに、俺一人だけがのうのうとしてるってのもな」

 …そこまで葵は愛されている。浩之の愛を一心に受けている。
なんで…なんで葵だけが。
今ここにいないのに。こんなに浩之が辛そうにしてるなんて何も知らないのに。
私だって…私だって浩之のことこんなに好きなのに…。
 …その時、私の中で何かが壊れた。とても大切だった何かが。

「…どうして…どうして葵なの?」
「………綾香?」
「私だってこんなに浩之のことが好きなのに、なんで気づいてくれないの?
 どうして…どうして葵じゃなきゃ駄目なの?」
抑え続けてきた想いが、体中からどんどん溢れ出す。
目からは熱い雫になって流れだし、口からは言葉になって紡ぎ出される。
「葵なんて…そばにだっていないのに…」
「やめろ、綾香っ! それ以上言うな!!」
浩之のその一言で、私は我に返った。
目の前には浩之がいた。その目は…明らかに怒りに燃えていた。
「あ…ご、ごめんなさい!」
私は全力でその場から逃げ出していた。
「おい、待てよ、待てって言ってるだろ!!」
そんな浩之の制止の声は私には届かなかった。


 それからどれだけの時間が経ったんだろう。
私は宛もなく街中を歩いていた。
「なんで…なんであんなこと言っちゃったんだろ…」
思いっきり後悔していた。
自分の胸の奥に秘めておこうと思っていた想い。
それが一気に溢れ出てきてしまった。
多分、もう止められない。
次に浩之に会ったら、また同じことを繰り返してしまいそうな気がする。

 気がつけば雨が降り出していた。
次第に激しくなっていき、街を歩く人は歩みを早め、一人一人と消えていく。
そんな中、私はそのまま歩き続けた。
「もう…会わない方がいいのかなぁ」
そう考えただけで、再び目頭が熱くなってくる。
溢れる涙は、激しい雨に混ざって流れていく。
 会えば辛いのは分かるけど、会わないでいるのはもっと辛い。
「……私、どうしたらいいのかな…ねぇ、葵…」

 激しく降りしきる雨。
髪を伝い、頬を伝い、腕を伝い流れていく。
…できることなら一緒に今日あったこと全てを流して欲しいのに。
…こぼれてしまったあの人への想いも一緒に流して欲しいのに。



「…綾香!!」
どれくらい歩き続けただろう。
私の名前を呼ぶ声に、私は足を止め、声のする方へと振り返る。
「…ひろゆ…き…」
駄目だ。逃げなくては。
今出会ってしまっては、これ以上想いを抑えることなんて出来ない。
頭ではそう考えているものの、体は動いてくれなかった。
…体が、頭より気持ちに応じてしまったようだ。
 私はそのまま立ちつくした。周りを見ると、どうやら浩之の家の近くまで歩いてきてしまったようだ。
「…何してんだよ、こんな雨の中」
「……」
「先輩に連絡して聞いてみたら、まだ帰ってきてないっていうし」
「……」
「今から探しに行こうと思ったところだぜ」
「……」
「…聞いてんのか、綾香?」
「…ごめんね、浩之」
 私はそう呟いていた。自分でもよく分からない。感情だけが私を動かしていた。
「何がだよ」
「私なんかが浩之のこと好きになって。葵がいるのにね」
「やめろよ」
「迷惑だよね、浩之。私なんていない方が…」
 そう言いかけたとき、突然目の前が真っ暗になった。
一瞬だけとまどったが、すぐにその理由は分かった。
…浩之が私を抱きしめている。
顔を上げると、そこには浩之の顔があった。
「………頼むからやめてくれ」
「…濡れちゃうよ」
「何を今更。お互い様だろ」
「あんまり優しくすると調子に乗っちゃうよ」
「勝手にしろ。放っておけるわけないだろ」
「私は葵じゃないよ」
…我ながら馬鹿なことを聞いてしまった。でも浩之は、
「…当たり前だろ。こんな馬鹿なことするのはお前くらいだ」
そういって、抱きしめた腕に力を込めた。

 そのまま、どれだけ経っただろう。
既に体中が雨に打たれていたが、不思議と寒くはなかった。
「…ごめんな、綾香」
沈黙を破ったのは浩之だった。
「なぜ謝るの?」
「お前がそんなに悩んでたなんて全然気づかなかった」
「…当たり前じゃない。一生懸命隠してたんだから」
私は少しむくれてそう返事した。
ちょっとだけいつもの調子が戻ってきたような気がした。
「…やっぱり葵ちゃんがいないからかな…俺達がなんかおかしいのは」
「そうね…きっとそうよ。全部葵が悪いのよ」
「違いねぇ。今度あったら文句言ってやらないとな」
その時、私の頬に熱いものが落ちた。
私じゃない。浩之の涙だ。
私を抱きしめる腕にも、さらに力がこもる。
「…やっぱり寂しかったんだね、浩之」
私も彼を強く抱きしめる。
「ああ…やっぱり会えないって辛いよな。どんなに離れてても自分達の気持ちは変わらないって
分かってても、それでも会えない時間が長くなればなるほど、どんどん不安になっていくよ。
葵ちゃんの声、葵ちゃんの笑顔、葵ちゃんの温もり…少しずつそんな記憶が曖昧になっていくんだ。
…怖いよ、自分がどうにかなりそうで」
「ねぇ…浩之…」
「ん?」
「私じゃ、葵の代わりにはならないかな?」
「…ごめん」
「そっか…でもね、寂しい時には私に言ってね。慰めるくらいはしてあげる。その代わり…」
「その代わり?」
「私が寂しいときには慰めてね。今まで通り、そばにいさせてね。私は…2番でもいいからさ」



 その後、私たちは浩之の家に行った。
さすがにこの格好では家に帰れないので、浩之の家で服を乾かしていくことにした。
服を乾燥機に放り込み、浩之に借りた着替えを身につける。
居間へ戻ると、浩之が温かいコーヒーを用意していてくれた。
しばらくの間、無言でコーヒーを飲む。
「ねぇ…浩之」
「ん?」
少しためらわれたが、思い切って私は言った。
「あの…今晩…泊めてくれない?」
「…ぶっ!!」
浩之は思いっきりむせ込んだ。
「お願い…今日は一緒にいさせて」
「綾香…」
「今日は浩之を1人にさせておけないし…私も1人は嫌」
しばらく考え込んだ後、浩之は無言でうなずいた。



 そして朝を迎えた。
昨日の夜のことは良く覚えていないけど、それはそれでいいと思う。
雨と一緒に流れ出た想いは、雨と一緒に流してしまおう。
そうすればきっといつもの私と浩之に戻れると思う。
 …でも、今感じている温もりだけはしっかり覚えておきたい。
これくらいは許してね、葵…。


 再び眠りに落ちようとしていたとき、突然電話のベルが鳴り出した。
意識がはっきりしていなかった私は、つい受話器を取ってしまった。
「…はい、もしもし…」
「…先輩? 先輩ですか?」
「先輩って…もしかして葵?」
「え? 綾香さん? …なんで綾香さんが…」
「…あ! ちょ、ちょっと待って葵! 違うのよ、これは…」
…説明しようと思ったときには、既に電話は切られていた。


 …雨はまだ激しく降り続いていた。


 < 続 >




(後書き)
 …「雨」3作目です(^_^;;)
(つーかこの後書き書いてる時点で既にラストまで書いてますが)

 これは完全に綾香SSです(^_^;;)
なんとなーく綾香らしくない気がしないでもないですが。
まぁその辺にはいろんな個人的心情が…(核爆)。

 一応修羅場を目指したつもりなんですが、そうなりきれてないのは
所詮らぶ系&ギャグ系なんですかねぇ私ってば(^_^;)

 特に最近ギャグ系ばっかり書いてたから…。
(「雨は続いて」を書いた頃が一番心境的にはまってたっつーか(笑))

 まぁよろしかったら次も読んでやってくださいm(_ _)m


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