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 降りしきる雨。

 私は濡れるのにも構わず、一生懸命に走る。
手には先輩へのプレゼントを抱えて。
いつも私のそばにいてくれる先輩。
私の大事な先輩。
そんな先輩への、ささやかなお礼の気持ち。

 先輩の姿が見えた。
私はさらにスピードを上げた。

 …近づけない。
それどころか、逆に先輩の姿がどんどん遠くなる。
私は更にスピードを上げる。
でもどんどん先輩は離れていく。

 …いや…先輩…私を置いていかないで!

 そう思った瞬間、身体を強い衝撃が走る。
まるで体中が砕けるような…
いや、実際に身体が砕け散っていく…。

 …先輩…せんぱい…。


 …そこで私は目を覚ます。
…また、いつもの夢だ。
こっちに来てから、私はいつもこの夢を見る。
理由は自分でもはっきりと分かる。
だけど、私にはどうすることもできない。
そんな思いに押しつぶされそうになりながら、日々を過ごしている。
私の見知らぬ、この街で。
先輩のいない、この街で。


<〜雨は続いて〜>


 窓を開けると、まぶしい朝日が目に飛び込んできた。どこにいてもやっぱり朝日は変わらない。
だけど、次に飛び込んできた風景は、やっぱり私が慣れ親しんできたものとは違っていた。

 私がこの街に来て、もうすぐ2ヶ月が経とうとしている。ここは、アメリカ東部のとある都市。
人口はそれほど多いわけではないけど、活気に満ちあふれている街だ。こっちに来てから聞いた
話では、この街はいわゆる「ストリートファイト」が盛んに行われていて、いつも街のどこかで
試合が行われていて、それを見に来る人で溢れ返っているらしい。年に一度、異種格闘技の大会が
街を上げて行われるのもその原因だろう。

 …そのことが私には辛かった。

 私の左腕の手術は無事に成功したらしい。でも、未だに思うように動いてくれない。お医者さんは
あとは私の気持ちの問題だといっている…私だって一生懸命にやっているのに。

この手さえ動いてくれれば、また格闘技をやれるのに。
この手さえ動いてくれれば、また先輩と一緒に格闘技をやれるのに。
この手さえ動いてくれれば、また先輩と一緒にいられるのに…。

 先輩…あれから先輩とは会っていない。会えるはずもないのだけれど。
電話はかけないようにしている。
すれば会いたくなるのは分かっているから。

 その日、私は久しぶりに街に出てみた。実はこっちに来てから私はあまり出歩こうとは
しなかった。なぜなら…。

「おい、向こうでストリートファイトが始まったらしいぞ!」
「よし、早速見に行くか」

 …この街ではこういったことが日常茶飯事である。いつもの私だったら、参考になるからといって
喜んで見に行こうとするのかも知れない。だが、今の私はそれを見ると、動かない自分の左腕に
対する悔しさしか感じることが出来ないから、できることなら触れたくはない。

 私は近くの公園に行き、そこのベンチに座ってしばらくたたずんでいた。
すると、突然声をかけられた。それも日本語で。
「君はストリートファイトを見にはいかないのかい?」
驚いて振り返ったところ、そこには1人の男の人が立っていた。結構長い髪を後ろで束ねて、真っ赤な
帽子を逆さまにかぶっている。見た感じは私と同じくらいに見える。
「え、あ、そ、その…」
「…あ、日本語で話しかけられたからびっくりした?」
「あ、はい、ちょっと」
「…で、君は見には行かないの?」
「…はい…」
私がそういうと、彼はいきなり私の横に腰掛けてきた。驚いてる私に向かって彼は、
「…なんとなくね。君が話を聞いて欲しそうな顔をしてたからさ」
なんだか変な人だなぁ…悪い人じゃなさそうだけど。それに何より今、私は誰かと話をしたかった。
何故かは分からないけど…きっと寂しかったんだろう、1人でいるのが。

「あ、そういえば自己紹介がまだだったっけ。俺の名前はマサキ。日本から来たんだ」
「日本から? 何のために来てらっしゃるんですか?」
「そりゃあもちろんストリートファイトのためだよ。俺はもっと強くなりたいんだ。そのための…
まぁ修行ってところかな。大学を休学して…あ、これでも一応大学生なんだぜ…とりあえず1年間だけ
やってきたんだ。バイトしつつ、ストリートファイトに明け暮れる。なかなか楽しい生活だよ」
熱心に語る彼を見て、私は少しうらやましかった。確か私も少し前までは彼と同じ目をしていた
はずなのに…どこでどう間違ったんだろう…。
「…どうしたの? ぼーっとして? つまらなかった?」
「え? い、いえ、そんなことないですよ」
「そぉ? ストリートファイトには興味なさそうだったしさ。つまらないかなぁと思って」
「そうでもないですよ。結構楽しかったです。うらやましいですね。そんなに一つのことに
打ち込めるって」
そこまでいったとき、彼は急に真剣な顔になって言った。
「君もそうじゃないの? 松原葵さん」
…確か私は彼に名前を教えなかったはず。なのになんで彼は私の名前を知っているんだろう?
考え込む私に、彼は説明を始めた。
「日本の雑誌に載ってたんだよ、君のことが。確かエクストリームだったっけ、その大会の記事の
中でね」
「…私がですか?いつの間に?」
「去年のチャンピオンの来栖川綾香だっけ?彼女が君のことについて話してたんだよ、いろいろと。
今年の最大のライバルだとか」
「綾香さんが…なるほど」
「で、大会が始まってみると君は大会に出てこなかった。記事には怪我だって書いてあったけど、
こんなところにいるってことは、そんなにひどい怪我だったのか? そうは見えないけど」
「………」
私はその辺りの話を簡単に彼に説明した。
すると、彼は不思議そうに私を見つめた。
「…ということはもう治ってるんだね。 あ、そっか、リハビリ中なんだ。大変だろうけど
頑張ったらまた始められるんだね。それはよかった」
まるで自分のことのように喜んでいる。この人はきっとそういう人なんだろう。
「…動かないんです…」
何故か私はそう呟いていた。初めてあった人なのに。
彼は急に真剣な表情になって私を見つめた。
「えっ?それってどういうこと?」
「…動かないんです…なんで…なんで動いてくれないの? この手さえ動いてくれれば、前と
同じように格闘技が出来るのに…また大好きな先輩と一緒に練習が出来るのに…どうして…どうして…」
私は声を上げて泣いた。涙が溢れて止まらなかった。

…涙?

…そういえば、何日くらい泣いてなかっただろう…。

 …見知らぬ街へ来て、周りは知らない人ばかり。
誰も頼れる人はなく、心を休める場所はどこにもなかった。
…でもそれは、私自身が心の扉を開こうとしなかったからかも知れない…。
きっと彼のように、私の心を開こうとしてくれた人は他にもいただろう。
それを私は…さすがに我慢が出来なくなっていたのかも知れない。


 あの雨の日の約束。
お互いに必要だという想いの強さ。
お互いに忘れたりしないという想いの確認。

 それは確かなはずだった。
…でも、想いを確実につなぎ止めるには、やっぱりこの距離は遠かった。

…あの日の雨は、まだ私の心の中で降り続いていたのかも知れない。
…そして、一人で凍えて…あのときみたいには誰も雨から守ってはくれないから。

…せんぱい…やっぱり辛いです、私….


彼が再び声をかけてきたとき、辺りはすっかり暗くなっていた。「そろそろ帰らないと危険だよ」
「…そうですね」
私達はベンチを立ち、歩き始めた。

「今日はどうもすみませんでした。初対面の人に付き合わせちゃって」
「いえいえ…まぁこっちも放っておけなかったというか…まぁ馬鹿なんだよきっと」
「くすっ…そうかも知れませんね」
私が笑ったことに彼は結構不満だったらしく、突っ込んできた。
「なんだよそれ…ひっどいなぁ」
「あ、すみません。私の知ってる人にも似たような人がいますんで」

 …そう、似たような人。
人のことをまるで自分のことのように心配してくれる人。
その度にいろいろと苦労してる、不幸な性格の人。

 でも、私の大切な人。

 …やっぱり、あとで電話してみることにしよう…。
久しぶりに声を聞いてみたい。いろんな話をしてみたい。
私がいない先輩の生活のことや、先輩のいない私の生活のこと。

 そうすれば、きっと心の雨もおさまるのかも知れない。

 例えそれが、その後に更に激しい雨を呼ぶことになったとしても。


< 続 >



(あとがき)
 …当初の予定よりだいぶ短いです(^_^;;)
まぁ書きたいことは書ききりましたけどね。内容は若干変わったけど。
もうちょっと街のことについて細かく書きたっかったですけどね(^_^;)
オリジナルキャラまで出したんだし…。

 次からがいよいよ本番です(^_^;;)
修羅場だ修羅場だー(笑)。

P.S.街の名前書きませんでしたけど、しっかりあります。それも有名な奴(笑)
  分かる人には多分分かるかも知れません(^_^;;;)

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