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TO HEART SIDE STORY

"The Winner have not been in this World"



Episode 4:荒野の記憶 -Memory of Wilderness-


 その日の夜のことだった・・・

 空が群青色に染まり、訪れる者もいなくなった墓地に坂下と清瀬は足を踏み入れた。山を吹き渡る風は冷たく、夜の帳が落ちていた。
「那智の墓はここに作られたのだな?」
「はい」
 神妙な面持ちで問う清瀬に坂下は頷いた。闇に覆われた墓地。格闘家である彼女といえど、あえてうろつきたい場所ではなかった。

 がさり。

「!?」
「なんだ!?」

 不意に砂利を踏んだような音が届いた。2人は辺りを見回し、音の主の気配を探る。

 がさり。

 音の主は同じ方向から届いている。つまりは1人であるということだ。そして1人であるが故に2人はすぐに相手の接近する見極めることができた。
「・・・・・・」
 注意深く坂下は相手を見つめる。身長180を越えるがっしりとした体格の大男、怪我でもしているのか足取りが何かおかしい。それでも油断は禁物と臨戦態勢を整える。

 さっ・・・

 刹那、雲間から月がその姿を覗かせ3人を照らし出す。
「・・・何・・・あなたは?」
 驚愕する坂下。血塗れの黒いスーツ、レンズの砕けた眼鏡、乱れたオールバックの白髪。
「・・・知り合いか?」
 臨戦態勢を解いた清瀬が問う。
「ええ。綾香の所の執事です・・・どうなされました?」
 2人がセバスチャンこと長瀬源四郎の元へ駆け寄る。その様子からして何かと戦っていたことは明らかだった。
「・・・坂下殿か・・・不覚をとりました・・・私も老いましたかな・・・」
 そう言ってがっくりと膝をつくセバスチャン。よく見ると銃創と思しき傷までもが見て取れる。こんなところで何があったというのだろうか?
「しっかりしてください!一体何があったのですか?綾香達はここにいるのではないのですか?」
「とにかく治療が先じゃろう・・・話はそれからだ」
 焦る坂下を清瀬がたしなめ、坂下と清瀬は救急車を呼べる電話を探してまわることとなった。


       *


 一方、浩之達はセバスがあのようなことになっているとは露知らず、この事件の当事者達の中では一番平穏な朝を迎えていた。
「・・・♪」
 鼻息混じりに鍋をかき回すあかり。毎朝浩之を起こしに来る彼女は、いつの間にか早起きが癖になっていた。
「ふあ・・・早いわね、神岸さん・・・ふああ」
 あくびをかみ殺しながら綾香が挨拶する。余程眠いのか目が未だに虚ろで、足取りも何処かふらついている。
「あ、おはよう綾香さん、まだ寝ててもよかったのに」
 料理の手を止め、あかりが話しかける。
「いや・・・寝てるわけにもね・・・ふあああああ」
 一際大きなあくびをしながら、綾香が手近な椅子に腰を下ろす。
「しょうがないなあ、はいどうぞ」
 そんな綾香を苦笑混じりに見つめながら、あかりがコーヒーを差し出した。ありがと、と短く言ってブラックのコーヒーを胃に流し込む。何とも珍妙な朝の光景だった。



「ねえ神岸さん」
 カップの中身を半分ほど空にしたところで、綾香が漸く目が覚めたのか口を開いた。
「はい?」
 皿を並べながらあかりが答えた。
「あなた、いつもこうして浩之の世話をやいてるの?」
 その言葉にあかりの手が止まった。
「うん・・・そうかな。少なくとも起こすのは私の役目かな」
 しかしすぐにいつものようにあかりは答えた。



「・・・そう」
 そうして綾香は立ち上がり、カーテンを開けた。
 −さあっ−
 網膜に夜明けの鮮烈な陽光が飛び込んでくる。目を細めながら、綾香は言った。
「一つ聞いていいかな?」
 皿を並べ終わったあかりを見つめ、綾香は問う。微かに2人の視線が絡み合い、そしてあかりは答えた。
「何?」
「どうして、あなたはここまでつき合っているの?」
 至極当たり前の疑問だった。彼女はこの件とは一切無関係なのだ・・・そして、浩之の心は今は彼女よりも葵に傾いている。
「そうだね・・・『誰かを助けるのに理由がいるかい?』って答えたらいいのかな?」
 何かのゲームの主人公の台詞をあかりはとぼけるように言う。
「・・・それは嘘よ」
 あかりの答えにため息をつきながらも、綾香はきっぱりと否定する。
「誰かが誰かを助けようとするにはそれなりに理由があるわ。人は、誰しも自分のためにしか生きられないものよ」
「そうかな・・・うん、そうかもしれないね」
 微かに考えながら、あかりが答える。
「じゃあ何故・・・浩之のため?あなたを好きかどうかわからない男のため?」
「そうだね・・・きっとそれが大きいと思う。でもそれはあなたにも当てはまるんじゃないかな?」
「・・・・・・」
 綾香が言葉に詰まる。この少女は見かけに寄らず鋭いんだなと驚いた反面感心もしてしまう。そんな綾香の心情を知ってか知らずか、あかりは更に続けた。
「今は確かに浩之ちゃんの心は葵ちゃんとともにある。けどね、浩之ちゃんはそれでも私を助けてくれた・・・まあ、勘違いではあるんだけど」
 そう言ってくすりと笑みをこぼすあかり。
「でも、そんなものだと思うよ。人間誰しも自分がしていることが正しいかなんてわからない。ただ、好きな誰かのために何かをしてあげたい。即物的かもしれないけど、きっと人を動かす動機ってそんな単純なものだと思うから。たとえその動機が自分のためだとしても、その人の助けになるならそれでいい。
 それにたとえどんな結果が待ち受けていても、そうして側にいてあげる『誰か』がいるなら、その人と一緒にもう一度立ち上がることができると思うから」
 違う?と今度はあかりが問いかける。その瞳はまっすぐに綾香を見つめている。
「そうね・・・」
 綾香もその視線を受け止めて見つめ返す。
 そうだ。
 そうかもしれない。
 その言葉に綾香は自分の迷いが氷解していくような気持ちを感じていた。
 考えてみたら自分が那智のためにしていることも、あかりが浩之のためにしていることも大差ないのかもしれない。那智の事件はどうやら一筋縄では行かないらしい。そうならば自分がやるべきことも自ずと見えてくるというものだ。
「私達の心に決着をつける前にやらなきゃならないこともあるしね」
 あかりがどこかとぼけたように言った。


「ええ・・・にしてもあなたいいわ」
「何が?」
 きょとんとした様子のあかりに、晴れ晴れとした笑顔で綾香が言う。
「なんだかんだ言って、自分のことや今の状態を客観的に見ることができるじゃない?そういうのって、すごく大切なことだと思うわ」
「そうかな、そんなつもりはないけど」
 照れたようにあかりが言う。
「いや、大したものだと思うわよ。今度機会があったらゆっくり話でもしたいわね」
 そう言って綾香は立ち上がり、軽く伸びをした。
「うん。私は別にいいよ」
「ありがと、さて」
 そう言って綾香は歩き出した。
「何処行くの?」
「ねぼすけ達をたたき起こしに」
 ひらひらと片手を振って綾香が答える。その顔は笑っていた。
「お手柔らかにね」
 そんな綾香をあかりは笑顔で送り出し、朝食の支度を再開した。


       *


 ・・・夢を見ていた。


 赤い。
 何処までも続く赤。
 遥か彼方の地平線に、映るのは沈みゆく赤い太陽。

 黄昏の世。

 何処までも続く荒野。

 飢えた人々は力無く虚空を見上げ、ぼろ布を纏い、
 眼に映る蠅を払おうともせず、
 吹き荒ぶ熱風を受け、
 何を望むこともなく、
 何を願うこともなく、
 ただ、生を貪るのみ。


 その中にただ1人男は立つ。
「ラケシス・・・」
 男の元、1人の少女は怯えたように男にすがる。
「・・・見るがいい、これがお前の父が覆そうとする世界」
 男は眼前の光景から目を逸らすことなく、少女に語りかける。
「生命は不平等と差別の中にある・・・持てる者と持たざる者。全ては生まれたときに定められる・・・貪る者、飢える者。富める者、貧しき者。勝利する者、敗北する者・・・」
 男の目は飢える人々を映し、天を見上げる。
 眼に映るのは運命への憎悪であり、自らの正しさを決意する光でもある。
「・・・私は何としてでも手に入れてみせる・・・この荒野の記憶を糧として・・・真なる福音・・・C.D.N.A.を・・・・」



 ・・・2年前のことである。


       *


「・・・・・・んっ」
 眼が覚め、葵は大きく伸びをした。カーテンの隙間から射し込む陽光が眩しい。あんな事件に巻き込まれているのが嘘のように晴れ晴れとした朝だった。
「おはよう、那智ちゃん」
 しかし隣で眠る那智の姿を見ると、今自分が置かれている状況を確固たる現実として嫌がおうにも認識させられてしまう。しかし那智はまだ起きる様子もなく、頭から布団を被って寝息を立てていた。
「ふふ・・・しょうがないなあ」
 そんな那智を微笑ましげに見つめ、葵はベッドから降りた。服に着替え、カーテンを開けた。

 チュンチュン・・・

 雲一つない青空に雀達の鳴き声が響く。庭木は朝露に光を受けて輝き、生命の息吹を感じさせていた。
「・・・いい天気だなあ。あの日みたいだ・・・」
 不意に那智とC.D.N.A.を見るためにサイクリングに出かけた日のことを思い出す。あの日の那智と今の那智はあまりにも変わりすぎていた。時の流れというものは斯くも残酷なものであるのかと今更ながら思い知らされていた。
「そろそろ、起こさないと」
 そう言って那智の元に歩き、布団をめくったときのことだった。
「・・・那智ちゃんっ!?」
 信じられない光景が目の前に広がっていた。体を丸めるように寝ていた那智の口元から鮮血が流れ出し、吐き出した血がシーツに大きな赤い染みを作り出していた。那智の顔も青白く、苦しげな吐息が聞こえなければ死んでいると思ったに違いなかった。
「せ、せんぱ・・・い!?」
 浩之に助けを求めようと走り出そうとした葵の手を誰かが掴む。
「・・・待って。私は平気・・・大したこと無いわ」
 呻くような声で那智が言う。パジャマの裾から伸びる手の色も白く、生気をまるで感じさせない。それでも力だけは強く、万力のように葵の手を掴んで離さない。
「那智ちゃん!?そんな、大丈夫なわけ無いじゃない!」
 那智の様子は素人目にも尋常ならざる状態にあることがわかった。何いってるの?と言いたげに浩之の元へと向かおうとしたが、那智の気迫の前に動くことを止められていた。
「・・・いいのよ・・・それよりお願い。全てが終わるまで、この事は黙っていて」
「・・・・・・」
 今度は気迫と言うよりむしろ哀願するかのようでもあった。いや、事実そうなのだろう。つきあいの長い葵にはその気持ちがよく理解できた。
「・・・わかったわ」
「ありがとう・・・」
 そこまで言って漸く那智は葵の手を離した。
「でも約束して!これが終わったら間違いなく病院まで連れて行くから!」
「ええ・・・わかっているわ」
 那智は頷いた。

 その頷きは弱々しく、たった一人で戦い抜いてきた戦士としての那智とも、ともに笑いあった親友としてとの那智とも違う、弱く儚げな頷きだった・・・


       *


 そうして一同が食事を終えて出かけようかとしていたときだった。
「何してるんですか、綾香さん?」
 携帯を取り出してどこかへ連絡を取っていた綾香に、葵が訊ねた。
「ちょっとした『保険』ってとこかしらね」
「保険ですか?」
 そうして小首を傾げる葵の後ろから、浩之が声をかけた。
「綾香、葵ちゃん、なにやってるんだ?行くぞ」
「あ、はーい」
 葵が答える。
「待って、セバスに連絡するわ。そうすれば車も出してもらえるでしょうし」
 そう言ってセバスチャンの携帯に繋ごうと電話帳を検索する綾香。

 しかし、結果は彼女の予想を裏切るものだった。

−おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にいるか、電源が入っておりません・・・−

 無機質な女性の声が綾香の耳に届いた。
「おかしいわね・・・繋がらない」
 舌打ちする綾香、そして・・・


−どかぁぁぁぁん!−


 突然の衝撃音。
「・・・やつらかっ!?」
 カーテンのをのぞき込み浩之が外を見る。
「嗅ぎつけられたのか・・・の野郎っ!」
 門を壊して庭中に連中がたむろしていた。その数は5、6人といったところか。

「この数なら何とかなるわね。応援が来る前に突破しましょう」
 那智が構えた。
「・・・そうね。浩之、葵、あんた達は神岸さんを守りつつ進みなさい。私達が残りの連中を片づけるわ」
 言うが早いか綾香が窓の外に躍り出て、そのままの勢いで男の1人にドロップキックをたたき込んだ。
「ぐはっ!」
 側頭部に綾香のミサイルのようなドロップキックを受けて男の1人が卒倒する。

「・・・いくか」
 それを見て一瞬呆気にとられた浩之だったが、すぐに我に返り葵とあかりを見る。
「はい!」
「うん」
 三人は一瞬視線を絡ませ、そして頷き走り出した。


       *


「おりゃっ!はっ、とりゃああっ!」
 綾香が空中に飛び、太極拳の旋風脚に似たモーションの回し蹴りを放つ。男は側頭部にもろに喰らい、ぐらりとその鍛えられた肉体が揺れた。綾香は着地するやいなや更に男の足下に屈んだまま足払いをかけ、更に回し蹴りで別の男めがけて蹴り飛ばした。男達が2人まとめて倒れ伏す。
「これぞ螺旋幻魔脚・・・なんてね」
 不敵に笑い、別の男に向き直る。
「お前の流派は三島流喧嘩空手か・・・?」
 浩之が戦いながらも突っ込みを入れる。綾香と那智が派手に暴れてくれたおかげで、後は浩之達の前にいる1人だけだった。
「くそっ・・・こんなガキ共に!」
 仲間達を瞬殺されたことと相手が十代の少女達であったことに激昂した男が突っ込んでくる。しかし、冷静さを失ったものが負けるのが戦いの常である。
「・・・甘いです」
 男の動きは確かに速くはあった。しかし攻撃は直線的で、葵は十分それを見切ることができた。
 そして葵の中段突きが男の動きに合わせ、裂帛の気合いとともに繰り出される。
「はっ!」

 ずどむっ!

 乾坤一擲の一撃。
「ぐぼぁっ!」
 葵の放った崩拳をカウンターで喰らい、男は仲間達と仲良く気絶と相成った。



「にしても昨日より数が少ないな」
 倒れた男達を見下ろしながら浩之は言った。
「それらしいところを襲撃するために、部隊を編成し直したんでしょう」
 那智が答えた。彼女の男達を見る目は氷のように鋭く、剣呑な話だがまさに『視線をくぐり抜けた歴戦の戦士』という風格すらも感じさせた。浩之も多少なりとて恐怖を感じてしまう。
「家は、大丈夫かな・・・」
 微かに心配げな声を漏らす葵。むしろ那智の関係者である彼女の家を襲っている可能性の方が高いのだ。
「葵ちゃん・・・」
 浩之とあかりが心配げに葵を見る。

「ちょっとまって・・・」
 そう言うと綾香は自分の携帯を取り出し、どこかへ繋いだ。
「そう・・・わかったわ。ご苦労様。Bポイントまで来てもらえる・・・ええ」
 綾香が携帯を懐にしまい、葵の肩を叩いた。
「大丈夫。あなたの家族は無事よ。神岸さん、あなたの方はノーマークだったようだから誰も行っていないわ」
 綾香が強く頷いた。
「何故・・・?そんなことがわかるんですか?」
 綾香の表情から嘘は言っていないことは解ったが、それでも根拠が見えてこないので訊いてしまう。
「K.S.S.よ。保険が有効に利いたってわけ」
「俺達の話を作ったアニメ会社か?」

 ずどばきいっ!

「違うわよ!」
 無用な突っ込みを入れた浩之に裏拳を喰らわせる綾香。どうやら自分にまつわるエピソードが本編で無かったことを今だ根に持っているらしい。
「ぐ・・・ぬぬ」
「浩之ちゃん、口は災いの元だよ」
 そんな浩之とあかりを後目に、綾香は説明を続ける。
「Kurusugawa Security System、略してK.S.S.来栖川グループ専門の警備会社よ」
「警備会社・・・まさかセバスチャンさんも?」
 セバスチャンの事を思いだした葵が言う。
「まあね。万が一セバスチャンが動けなくなったときのために、私や姉さんを含む家の関係者は出動を依頼することができるの。バイオまでの護衛を頼んだから、合流地点へ急ぎましょう」
 


       *


「・・・ぬう、ここはいったい?」
 町中の総合病院に収容されたセバスは一夜明けて漸く目を覚ました。
「気がつかれましたか、長瀬殿」
 セバスの目覚めに気がついた坂下がいち早く声をかける。
「坂下様・・・そうだ!こうしてはおれぬ!」
 いきおいよく起きあがるセバス。
「が・・・ぬおっ!」
 しかし体のダメージがぬけきっていないのか全身を押さえてうずくまる。
「落ち着かれよ。その体では戦うのは無理だ」
 清瀬が立ち上がろうとするセバスをたしなめた。
「清瀬様・・・帰っていらしたのですか」
「久しぶりだな長瀬・・・」
 清瀬の顔を見て、漸くセバスは落ち着きを取り戻した。


「で、いったいお主はあんなところで何をしていた」
 セバスが落ち着いたところで、清瀬が本題を切り出す。
「・・・さる人物と待ち合わせをしておりました」
 機密事項だ、とセバスは口調で語っていた。
「当ててやろうか?待ち人の名は神代那智、目的はC.D.N.A.の受け取り・・・違うか?」
「!?」
「?」
 何故それを、とでも言いたげにセバスの表情が厳しくなる。坂下は話が飲み込めず疑問の色を示している。
「私は那智の保護者だ」
「ではやはり・・・那智は生きて?」
 坂下の問いに清瀬は頷く。
「那智は彼女の御父堂がお亡くなりになる直前、直接C.D.N.A.のサンプルをもらっていたらしい・・・そして3ヶ月前、来栖川バイオがC.D.N.A.を探しているという話を聞いた那智は、自らC.D.N.A.を世に送り出すために私の元から姿を消し、単身日本へと向かったのだ」
「・・・そして、来栖川の関係者である私と連絡を取り、あの墓地で待ち合わせしたのです」
 セバスがそれに続いた。
「では、長瀬殿をおそった連中は一体?」
 坂下が疑問を述べる。
「私にもわかりませぬ・・・ただ数はかなり、30人は下らなかったと思います。かなりの数は倒したのですが、何人かには逃げられたようです」
 悔しげに拳を握るセバス。
「そ、そうですか」
 30人近く1人で片づけたのか・・・と坂下が畏怖の念をもってセバスに言った。とそこで綾香が那智の事を言っていたことを思い出す。
「そういえば・・・綾香が那智の所へ行くと言っていたような・・・」
「何!?」
「何ですと!?」
 2人がそろって坂下を見る。
「長瀬殿、綾香や那智はその場にいたのですか?」
「いいえ、私が着いたときはもうあの男達しかおりませんでしたが・・・」
 首を振るセバス。
「ならばまだ無事であろう。お主の組織に連絡して保護するのだ・・・どうも、かなり入り組んだ事情があるようだからのう」
「そうだ!綾香が師匠と合流したら連絡しろと!」
 綾香との約束をここに来て漸く坂下は思い出した。
「お主は電話をかけてこい。私は綾香の家に連絡をしておこう」
「はい!」
 清瀬に言われ、坂下が駆け出した。


「・・・よい弟子ですな」
 微かに表情を綻ばせ、セバスは言った。
「あやつらは皆、他人のことを気にかける・・・だが、それが裏目に出ることもある。荒野の中で生きていくとは、そういうことだ」
「清瀬様?」
「いや、何でもない。K.S.S.には私から連絡を入れておこう。ゆっくり養生することだ」
 そして清瀬が扉を閉め、病室にはセバス1人が残された。


       *


 浩之達は朝の街をひたすら走っていた。通勤ラッシュも過ぎた朝の住宅街は人気もなく、町中でありながら誰一人見かけることはない。最も、彼等にとっては余計な人間を巻き込まずに済む分好都合この上ないことではあったが。
「意外だな・・・もっと次から次へと襲いかかってくると思ったが・・・」
 浩之が走りながら辺りを見回す。しかし刺客どころか猫の子一匹視界に映らない。
「そうですよね。もう2、3回くらいは戦うことを覚悟していましたが・・・」
 葵も似たような気持ちであったらしく、気配を研ぎ澄ますことを続けていた。それでも敵と言うべき気配はまるで掴めなかった。
「ちょ・・・ちょっと・・・待ってよお」
 あかりが息を切らしながら言う。この中で唯一一般人であるのだから無理もないことだったが。
「はあ・・・もうだめ」
 はあはあと息を切らしながらあかりが両膝を押さえた。
「あきらめは死を招くわ・・・それでもいいの?」
 那智はそんなことなどお構いなしと言わんばかりに冷静に言い放った。
「那智ちゃん・・・止めなよ」
 葵は那智とあかりの間に割って入り、那智をたしなめる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 ああは言っているが、那智の顔色もよく見ると生気が無くなりかけているかのように不自然だった。こうして改めて見てみると、那智は間違いなく昔より痩せていた。身長は葵より少し高いくらいなのに、所々が不自然に痩せていて、よく見ると微かに頬がこけている。那智のウェイトが葵を下回ることは想像に難くない。
「・・・そっちこそ、大丈夫?」
 今朝のあれである。随所に現れる那智の体の異変に葵は戸惑いを隠せず、他の人間に悟られないように小声で言う。
「・・・心配するな。といったはずよ」
 葵から目をそらし、那智は素っ気なく言い放った。



「来たわ!」
 綾香が道の遥か先を指さす。その声に一同が綾香の指先に視線を合わせた。
「なんだ・・・ありゃ?」
 浩之が驚愕の表情を見せる。大きさ自体は普通のバスとさほど変わらない。しかし問題はその全身が装甲のような鉄板で覆われていることだった。正面以外に窓はなく、それすらもマジックミラーで中の様子を伺い知ることはできない。更にそのバスを護衛するかのように、これまた装甲で覆われたバギーのような車が数台併走していた。
「ぐ・・・軍隊ですか?」
 葵も似たような感想を抱いたらしく、浩之の横で目を丸くしている。やがてバスが止まり、その中から1人の人物が姿を現した。
 それが一同にさらなる衝撃を与えた。


「せ・・・先輩!?」
「・・・・・・」
 その人物こそ、綾香の姉にして浩之の先輩である来栖川芹香だったのである。



                        TO BE CONTINUED...

   次回予告

 人は時に、空を夢見る。
 それは自由の象徴であり、進化の目的地。
 夢の翼を羽ばたかせることは、夢へ辿り着く道程であり
 そして夢に辿り着くことは、全ての終わり。

 未来とは最後に残された災厄であると、箱の神話は語る。
 歴史の中であがき、その末期をいくつも学んだものには、それは不変の真理。

 ・・・私、来栖川芹香もまた、それを知りました。
 C.D.N.A.の秘密が明かされるとき、それに抱いた夢も終焉を迎えます。

 全てを失った彼女たちは、最後にいかなる選択をするというのでしょう?

 次回、TO HEART SIDE STORY "The Winner have not been in this world
      Episode 5 成長する翼 −Grow Wings-

 全ての翼をもがれた、彼女たちの運命は・・・?


                 感想はs7097658@ipc.akita-u.ac.jpまで


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