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TO HEART SIDE STORY

"The Winner have not been in this World"


Episode 1 転換期−Turning point−




 少女が、泣いていた。
 雑踏と喧噪に覆われる空港の中、2人の少女が泣いていた。

 1人はショートヘアの青い髪と瞳を持つ少女。
 もう1人は黒髪をポニーテールにまとめた少女。

−また逢える?−
 青い髪の少女が問う。

−逢えるよ。同じ星の上にいるんだから−
 涙にくしゃくしゃになった顔で、ポニーテールの少女が答える。

−また・・・?−
 再び青い髪の少女が問う。

−うん・・・また・・・−
 涙をぬぐい去り、ポニーテールの少女が言う。

−友情は・・・時とともに風化するものではない−
 そんな2人の後ろから、優しく響く老人の声。

−師匠−
 2人の声が重なる。

−よいか?お主らが離れることはあっても、お主らがともに過ごした時は決して消え去ることはない。友情とは、そういうものだ−

−そしてその真なる価値は、苦境に立たされた時にこそ問われる−
 老人は2人に微笑みかけた。

−約束する・・・が困ったら、私は絶対に助ける、助けに行く!−
 青い髪の少女が、ポニーテールの少女の手を強く握る。

−うん・・・ありがとう−
 そうして少女達は微笑み会う。

 果たされることのない約束。

 3年前のことだった・・・・



       *


「・・・・・・夢?」
 不意に目を覚ました葵は、今ださめやらぬ頭を振りながら半ば呆然と呟いた。寝起きの体に部屋の空気は冷たく、今だ外は薄暗い。こちこちと時を刻む枕元の目覚まし時計に目をやれば、夜中の5時を示していた。
「・・・・・・夢、だったんだ」
 微かな寂しさを含んだ呟きと共に、枕元の小さな狐のぬいぐるみを抱き寄せ、机のフォトスタンドに視線を映した。
「コンタ・・・私の隣にいる子はね、私の昔の友達なんだよ。ううん、ライバル、かな?同じ道場で修行して、一緒に強くなった私の親友・・・那智(なち)ちゃん・・・・・・・ううん、親友『だった』人」
 感慨と寂寥感を入り交じらせながら葵は呟き、ベッドから立ち上がる。

−さぁっ−

 カーテンの向こうの空は微かに群青色に染まり、夜明けの到来が近いことを知らせていた。
「今日も晴れるかな・・・?」
 コンタを抱きながら、葵は呟いた。


       *


 閑散とした神社、古びた社が佇む境内。
 それでもその空間は寂しさを感じさせるものではなかった。

 ぬけるように広がる青い空と、木々の間をそよぐ風。
 そしてその場にただ2人だけ存在する少年と少女。

 2人の存在は、確かにその静寂の空間に確固たる躍動を感じさせ、2人の作るその雰囲気は、戦いに身を置く者たち特有の他者の干渉を絶対的に拒む世界を構築していた。


 びゅんっ、びゅんっ!

 眼前に繰り出される少女の拳撃一つ一つが、空間を切り裂くように襲いかかる。
 ファイティンググローブに覆われたその赤い拳は、裂帛の気合いと闘志の劫火と共に、キックミットを持つ彼の手に襲い来る。
「ぐっ・・・!」
 受け損ねた拳の一つが彼を掠めた。グローブである程度は緩和されるとはいえ、まごうことなき格闘家である彼女の拳は、掠っただけでも大きなダメージになる。それでも気を抜けば間違いなく今度はまともに喰らうことになる。それを知るが故に彼は再びミットを構え、次の一撃を受けた。
「たぁぁっっっ!」
 叫びと共に放たれる一撃。グローブとミットを通して伝わる拳撃の感触。肉を揺らし、骨を撃つような一撃。
「フィニッシュ!!」
 彼が叫ぶ。
「てやぁぁぁぁぁぁ!」
 少女の体が大きく捻り、片足を軸として大きな回し蹴りが放たれた。遠心力と彼女の筋肉の相乗効果で、その威力は振り下ろされる斧のように重く、抜き放たれる刃のように鋭い。
「ちっ・・・・!」
 歯を食いしばり彼は耐える。


 やがて振り上げられた彼女の足が降り、少女が呼吸を整える。
「・・・ナイス一撃・・・葵ちゃん」
 少年は痛さを笑い飛ばし、微笑みと共に片手の親指をあげる。
「はい!ありがとうございます!先輩!」
 少女も中天に輝く太陽のように微笑み、そして大きく会釈する。


 笑い合う2人、いつもの光景。
 だが、幸福とは酷く脆い足場の上に立つ儚い泡沫のようでもある。

 藤田浩之と松原葵。

 奇妙な縁で結ばれたこの2人に、運命は残酷な刃を向けていることを彼等はまだ知らない。


       *


「ふう・・・今日もおわりっと」
 大きく背伸びし、来栖川綾香は校門をくぐり街の雑踏へと踏み出した。特に予定もなかったので、葵と浩之の所にでも行こうか、そう考えていたときだった。
「・・・・!?」
 不意に、何か強烈な気配を感じた。それは彼女の格闘家としての本能が直接感じ取った何かだった。そしてそれは明らかに敵意や殺意と呼ぶべき程の鋭さと毒々しさをたたえていた。過ぎゆく群衆の中、瞬きをしていない男達が数名。年齢や格好はまちまちだが、彼女にそれを感じさせた連中であることに相違なかった。
「・・・誰を狙っているのかしらね?」
 最初は自分を狙っているのかとも思ったが、どうやら彼等の視線は綾香の先にいる1人の少女に向けられているようだった。
 年齢は綾香とさほど変わらない。薄汚れたジーンズを穿き、白いジャケットを羽織り、黒のキャップを目深く被り、目元をサングラスで覆っている。そして背には何かが入っているのかやけに大きなリュックを背負っていた。
「・・・・・・」
 少女は気づいているのかいないのか歩調を変えずに歩いている。一瞬どうすべきか迷ったが、すぐに綾香の好奇心が彼女の行動を決めた。
「・・・・・・楽しめるかしら?」
 にやりと綾香が笑う。男達が徐々に彼女との距離を詰める。
「・・・・・・(ニヤリ)」
 男達に気取られないように早足で歩き、少女の真横につく綾香。
「狙われているわよ。あなた、何かしたの?」
「!」
 言われて少女の顔に戦慄の色が走る。どうやら気づいていなかったらしい。
「私の方は向かないで・・・いや、手遅れね」
 どうやら男達は綾香も敵と認識したらしかった。向けられる視線が自分にも向けられたことを感じる綾香。距離を詰める男達。

 ひゅんっ!

 男の1人が腕を伸ばす。
「白昼堂々とは・・・いい度胸じゃない!!」
 閃光の如き綾香の肘打ちが男の鳩尾を捕らえる。悲鳴をあげる間もなく吹き飛ぶ男の右手には指先に針のついた手袋がはめられていた。気絶させて拉致するつもりだったのだろう。
「!!」
 仲間がやられたことに気がついた他の男達がわらわらと寄ってくる。
「何?」
「きゃあっ!」
 目の前で起きた出来事に周りの人間が悲鳴をあげ、本能で危険を察したのか波が引くように綾香と少女の前から離れていく。
「・・・しつこいわね」
 少女が呟く。年齢の割には妙に沈着とした喋りで、何とも剣呑な話だが、まるでこのようなことが日常であるかのような言い回しだった。そして力を抜き、構える。
「・・・あなた、誰?」
 同じく構えながら綾香が問う。その構えは一切の無駄がない自然体。どう見ても『護身術を少しかじった素人』とは言えない。自分と同等以上の技量を持ち、なおかつそれなりの修羅場をくぐり抜けた達人だった。
「・・・答える必要は・・・いえ、知っているわ。ただあなたが忘れているだけ」
 淡々と言いながら、少女は男のはなった一撃をかわしつつ、向こう臑に渾身のローキックを放つ。痛みに揺らいだ男に更に当て身を入れ、男が簡単に吹っ飛んだ。
「知っている・・・って?」
 綾香が向かってくる男達の拳を屈んでかわし、無防備な足下に足払いをかける。男達は2人まとめて倒され、綾香がその上を走りながら急所を踏みつけた。
「どういう事よ!だいたいあんた何やったの?」
 男達が苦悶の悲鳴をあげるが、綾香はそれを意に介さずに少女に問う。
「・・・ここで争っている暇はないの。さよなら」
 言うが早いか、少女は紅い円筒状の小さな棒をリュックから取り出し、そのキャップをとった。
「安心して、害はないから」
 刹那、囂々たる白煙が棒から立ちのぼり、辺りは白く覆われた。
「な・・・発煙筒?」
 棒の正体は発煙筒だった。ただし中身は通常の発煙筒と異なり、煙が空中ではなく地上で拡散している。明らかに『こういう状態』を脱するために作られた代物だった。辺りではテロリストだ!サリンかよっ!といった群衆の悲鳴と怒号が響いている。
「これに紛れて逃げようって・・・派手ねえ」
 呆れたように綾香が呟く。煙の拡散と同時に少女と男達の気配は消えていた。警察や消防隊が駆けつける頃には誰1人として関係者は残らないということだった。


 −知っているわ。ただあなたが忘れているだけ−

「・・・・・・」
 警察事に巻き込まれるのは御免と逃げ出しながら、綾香はさっきの少女の言葉をずっと反芻し続けていた。


       *


 同時刻。新東京国際空港。

「やっと着いたか・・・懐かしい匂いじゃな」
 飛行機のタラップを降りながら老人、清瀬当真は呟いた。長旅のこりをほぐすかのように全身をこきこきと鳴らした。歳は70は越えているだろう。にもかかわらず浅黒く焼けた肌と年齢による衰えを微塵も感じさせない軽やかな足取りが、この男の強さと若々しさを感じさせていた。
「ふむ・・・」
呟き、懐から一枚の写真を取り出す。「第2回エクストリーム高校生大会」と銘打たれた看板の下で、葵と綾香が2人でトロフィーを掲げ、その下で浩之が2人より小さいトロフィーを片手に笑っている写真だった。
「葵が見初めた男か・・・楽しめそうじゃなあ」
 こみ上げてくる笑いを抑えずに清瀬は言い、空港へと足を踏み入れた。
「・・・葵、綾香、好恵・・・見事に育った。だが・・・」
 そして不意に空を見上げ、清瀬は呟く。
「那智よ・・・お主はどう思う?」
 老人の心象を象徴するかのように空は陰り、陰鬱な空気が広がりつつあった。


       *


 太陽が大きく西に傾き、斜光が神社の境内を紅く染めていた。遠くの空で鴉が鳴き、東の空が群青色に染まる頃、彼等の日課が終わる。
「先輩、明日お暇ですか?」
 日課のトレーニングをこなし、片づけに入っていた葵が浩之に尋ねた。
「え、ああ。特に予定はないぜ」
 同じく片づけをしながら浩之が答える。それを聞いてほっとしたように葵が胸をなで下ろした。
「よかったぁ。断られたらどうしようかと思いましたよ」
 葵がはにかむ。
「断らないって。葵ちゃんとの約束なら他を断ってでも行くよ」
「や、やだ先輩ったら」
 その言葉に照れて俯く葵。そんな葵の様子を微笑ましげに見つめながら、浩之が問う。
「で、何なんだ?用って」
「あ、はい。私が好恵さんや綾香さんと同じ道場にいたことがあるっていう話はしましたよね?」
 浩之が頷く。三人とも同じ道場で空手を学び、綾香と葵はエクストリームに転向したという話を以前葵から聞いていた。
「その時の師範が今度日本に帰ってくるんです」
「帰ってくる?その先生、どこかに行っていたのか?」
「はい。武者修行と空手を教えるためにヨーロッパに行っていたんです。私と綾香さんが道場を出てからすぐに」
 ということは最低でも2年は向こうにいたという事になる。葵は更に興奮したように続けた。
「それで、私と綾香さんがエクストリームの大会で優勝したときの事や先輩の事を手紙に書いたら、今度帰るときに是非会いたいと仰ってたんですよ」
 因みに浩之は初出場にも関わらずベスト8入りを果たし、葵と綾香は決勝で相まみえダブルKOという結果になったため、優勝の栄冠は2人の上に輝いていた。
「へえ・・・その先生、エクストリームにも理解があるんだ」
 坂下が空手の名誉云々について以前色々と言っていたことから、浩之は葵の道場はエクストリームを初めとする異種格闘技を嫌う風潮があるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「はい。師範は空手の他にも剣術や古武術にも造詣が深いんです。ですから私達の道も理解してくださいました」
 感慨深げに葵が言う。その様子からいい師弟関係を築いていたのだなと浩之は思った。
「それで、俺にもその人に会って欲しいって訳だ。いいぜ、葵ちゃんや綾香の師匠ならちょっと興味があるし」


       *


 帰り道のことだった。
「・・・何か、騒がしいですね」
「ああ」
 浩之と葵が帰る道すがら、商店街に寄ったときの事だった。警察や消防隊が走り回り、場所によっては通行規制にまでなっているようだった。先程の事件の残滓が、商店街全体にざわめきと緊張感に満たされたある種独特の雰囲気を醸し出していた。無論葵達はここで綾香と謎の少女が繰り広げた激戦など知る由もなかったが。
「ま、いいか。別に用があるわけじゃないし」
「そうですね・・・じゃあ、先輩。今日もありがとうございました!」
 大きく一礼し、葵が駆けていく。
「気をつけて帰れよー!」
 そんな葵の様子を微笑ましそうに見つめながら、浩之が手を振った。
「はーい!」
 葵の姿が小さな点となり消えるまで、浩之はその光景を見つめ続けた。


       *


 薄暗い公園の中、神岸あかりは1人帰路にあった。この公園を通ると通学路をかなりショートカットできるので、この近くに住む人間はよく利用していた。
「・・・あれ?」
 通い慣れた道に、見慣れぬ影があることに不意にあかりは気がついた。公園に植えられた木の元に影が一つ。暗くて良く解らないが間違いなく人影だった。躊躇なく駆け出すあかり。
「・・・生きて・・・るよね」
 歳格好はあかりとさほど変わらない1人の少女だった。大きなリュックを抱えながら死んだように眠っている。
「あの・・・そんなところで寝てると、風邪ひくよ?」
 言いながらあかりが少女の体に触れようとした瞬間だった。
「・・・!」
 少女の瞳がカッと見開かれ、あかりから飛び退くように立ち上がる。
「え?え?」
 状況が理解できないあかりがきょろきょろと辺りを見回す。
「あなたも・・・追っ手かしら?」
 少女は口調こそ穏やかだったが、その瞳に宿る強烈な殺意にあかりが尻餅をついた。
「え?え?」
 自分の置かれている状況が理解できずに困惑するあかり。
「お前もC.D.N.A.を・・・」
 少女はその眼を血走らせ、獲物を狙う肉食獣のようにあかりに歩み寄る。
「え?・・・何のこと?C.D.N.Aって何?」
 訳が解らずあかりの表情が恐怖と疑問でひきつる。
「・・・・・・違うのか?」
「だから、最初から違うって・・・・」
 とりあえず誤解は解けたようだとあかりが胸をなで下ろした刹那・・・
「あかりっ!そいつから離れろっ!!」
 怒声が闇を貫きあかりと少女の耳に飛び込む。
「くっ・・・!」
「え・・・この声!?」
 少女が後ろに飛び退き、あかりが声の主へと視線を向ける。


       *


「てやぁぁぁっ!」
 声の主・・・浩之は躊躇無く走り込み、あかりと少女の間に割ってはいる。
「下がれ、あかり!」
「ちょ、ちょっと浩之ちゃん、その人は・・・」
 言葉を続けようとするあかりだったが、浩之はそんなあかりの言葉に耳も貸さずに少女に飛びかかる。
「ボディが・・甘いっ!てかぁっ!」
 浩之のフックを軽々と少女は体を引いてかわす。空を切った浩之の拳が木に当たり、ざわりと枝が揺れた。
「その人の知り合い?あなたも追っ手なの?」
「追っ手・・・何のことだ!」
 浩之が怒鳴り返す。が、同時に先程のフットワークの軽さから少女の技量が明らかに自分を上回っていることも理解できた。
「・・・どのみち追っ手なら容赦しないわ。C.D.N.A.は・・・渡さない!!」
 構えた少女から鋭利な刃物のような一撃が飛ぶ。
−ひゅんっ!−
 紙一重でかわした浩之の頬から流れ出る一筋の血。浩之の顔に脂汗が浮かんだ。手刀を突き出してダメージを与える貫手である。少女は攻撃の手を緩めない。無数に繰り出される貫手を、浩之はかわし続ける事だけで限界だった。まともに喰らえば胴体を貫くのではないかとさえ思えてくる。あかりを抱えて逃げておくべきだったと今更ながら浩之は後悔していた。
−とはいえ、何もんだこいつ?−
 こうして実際に戦ってみると、エクストリームを学ぶ浩之は相手が素人か何らかの格闘術を学んでいたのかだいたい把握できた。無論この少女は後者であることは間違いなく、その強さは圧倒的だった。エクストリームの頂点に立つ葵と綾香に勝るとも劣らない。
−顔に・・・覚えはないよな、多分−
 サングラスで覆われた少女の顔を見つめながら浩之が思う。これほどの実力を持つのならエクストリームか空手の大会にでも出てきそうなものだが、エクストリームの試合で見た覚えはなかった。少女の構えを見る。空手に多い左半身を前に出した半身の構えであった。更に重心移動や貫手を初めとする攻撃の型といった動きが間違いなく空手の系列のそれなので空手の方に出ていたのだろうか、そう思ったときだった。



「お巡りさん、こっちです!!」
「そこの2人、動くな!!」
 あかりの声だった。どうやら近くの交番に通報してくれたらしい。
「くっ・・・」
 少女の決断は早かった。攻撃の手を止め、素早くバックステップで間合いを離そうとする。それが少女に隙を生んだ。
「逃がすかっ!」
 その隙を逃さず、浩之が軸足と腰の回転を利用した前回し蹴りを放つ。葵直伝の浩之の得意技だった。
「うぐっ・・・!」
 とっさにブロックした少女だったが、ウェイトの差はそうそう埋まるものではない。少女の体が微かに下がり、ジャケットのポケットの中身が何か飛び出した。
「・・・・・・・」
 しかし少女はそれには目もくれず、置かれていたリュックを持って逃走を開始した。浩之が呆れるほどの俊足で、瞬く間に視界から消え去った。
「・・・助かったか」
 安堵にどさりと腰を下ろす。少女の攻撃をパリーし続けた両腕からずきずきと痛みが走り、カマイタチが生んだ傷があちこちにあった。明日になれば真っ赤に腫れているだろう。
「浩之ちゃん!浩之ちゃん!」
 あかりが駆け寄り、浩之の体を抱きしめる。
「おい・・・落ち着けよ、俺は生きてる」
 泣きじゃくるあかりの背中をそっと撫でながら、浩之が言う。
「俺は大丈夫だ・・・これでもエクストリーマーだぜ。俺は・・・」
 そう言ったとき、不意にさっき少女が落とした物に気がついた。
「・・・・・・写真?」
 雲間から月明かりがその場を照らし、浩之とあかりに写真を見せつけた。
「これは・・・葵ちゃん、坂下?」
「綾香さんも・・・?」
 写真の日付は3年前を示していた。にもかかわらずこれに映された人々は間違いなく葵と綾香と坂下だった。そしてあの少女の過去の姿は葵と肩を組んでいた。


       *


 そのころ、葵の家。

 葵が机の上のコンタのぬいぐるみを手に取ろうとしたときだった。
−ガシャン−
「ああっ!」
 不注意から滑らせた手がフォトスタンドに当たり、ベッドの金属部に激突した。
 衝撃を受け、砕けるガラス。
「あ・・・痛っ!」
 割れたガラスを掴もうとして、逆に人差し指に傷を作る。
「うっ・・・!」
 思わず傷ついた指をくわえ、それでも何とか写真を取り出す。辛うじて写真には傷は付いていなかったが、それでもまるで過去の友情を傷つけたような妙な罪悪感が感じられた。
「・・・まさか綾香さんや好恵さんに・・・それとも?」
 不意に不吉な考えが頭によぎる。
「まさか・・・ね」
 それでも頭を振り、不吉な考えを葵は打ち消す。

 だが、彼等は知らない。

 事態というものは、当事者達のあずかり知らぬところで進み続けるということに・・・


                  TO BE CONTINUED.....




次回予告

 世界って奴は、何とも意地悪で悪意に満ちてると思わないか?
 俺達は知らない間に悪意の中に巻き込まれて、その中で気がついたらあがいている。
 たとえ今は安息の中にいても、次の瞬間にはその中に巻き込まれているなんて事もざらだよな。・・・そして明日も安息の中にいられる保障はない。
 この俺、藤田浩之のパートナー、葵ちゃんもそれに巻き込まれる羽目になっちまった。
 切望と困惑が交錯する中、悪意はかつて同門でもあり親友でもあった葵ちゃんと少女・・・神代那智との再会を演出する。
 身勝手なそれぞれの思惑がもたらした再会。
多くの人々を巻き込みながら、少女達の戦いが始まることになる。

 次回 TO HEART SIDE STORY "The Winner have not been in this World"

Episode 2 人と望み−Man and Desire−

 戦いの始まり、そして・・・?

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