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「綾香っ!!」
「綾香さんっ!!」

 俺達は目を背けてしまった。彼女の拳は確実に綾香をとらえて…。
「…千鶴姉!?」
その声に2人の方を見てみた…そこには3人が立っていた。
先程まで倒れていた女性が、綾香の目の前で、殴りかかろうとしていた彼女の腕を押さえて
立っていた。どうやら無事だったようだ。しかしそれにしても、直前まで2人だったはずだ。
その女性のスピードも、腕を押さえてしまうパワーも常人のものとは思えない。
「やめなさい、梓! この人達は悪くないのよ」
その女性…確か千鶴とか呼ばれていたな…がそういうと、先程まであんなに怒りに燃えていた
彼女…梓という名前らしい…の様子が一変した。
「…千鶴姉? 無事だったの? …心配したんだからねっ!!!」
そういってその場に泣き崩れた。その梓さんを一生懸命になだめる千鶴さん。
その様子を横目に、俺と葵ちゃんは綾香の方に駆け寄った。
「綾香さん! 大丈夫ですか!?」
「…んー…まぁ大丈夫じゃないかなぁ」
「全く…カウンターを狙おうだなんて無茶、なんでするんだお前は!?」
心配してる俺達に対して、綾香はあくまでもいつも通りのペースだった。
「心配してくれた、浩之?」
「…本気で怒るぞ」
「冗談よ、冗談。それにさっきのカウンターはちゃんと勝算あったんだから」
「そうなんですか、綾香さん?」
「そうそう。対エクストリーム用の秘密兵器。自信はあったけど、ここで見せるのは惜しかったから
まぁいいわ」
そう言った後、綾香は俺にだけ耳打ちした。
「対葵用の秘密兵器。葵には内緒ね」


<長い夜、永い想い(3)>


 しばらくしてから、さっきまで倒れていた女性が俺達の方に来て話しかけてきた。
「どうも家の妹がご迷惑をおかけしました」
倒れているときは分からなかったけど、本当に綺麗な人だ。
「…まぁ勘違いされても仕方のない状況だったしな」
「そうそう、仕方ないって千鶴姉」
「…あ・ず・さ・ちゃーん?」
…にこやかに笑っていたものの、その声には凄まじい威圧感があった。たちまち小さくなる彼女。
「…で、なんでこんなところで倒れていたんですか? もともとはそれが原因なんですし」
俺がそう尋ねると、彼女は少し困ったような顔をして、
「うーん…あんまり軽々しく話してはいけないことなんですけど…」
「…こんな目にあったのよ。私達だって無関係じゃないと思うけど」
綾香が本当に疲れたような感じでそう言うと、覚悟を決めたらしく、
「そうですね。特にあなたにはご迷惑をおかけしましたからね、色々と。分かりました、お話し
しましょう…とりあえず場所を移しましょうか。あなたたちもその格好のままじゃなんですしね」
そう言って彼女は俺達に名刺を渡し、待ち合わせ場所を指定した。


「…まさか、この旅館の持ち主だったとはねぇ…あんな若くて綺麗な女の人が…」
あの後俺達は一度別れて旅館に戻ってきた。そして服を着替えた後、再び3人集まって、名刺の
場所を訪ねようとして名刺を見たんだが…そこに書いてあったのは、
『鶴来屋グループ会長 柏木 千鶴』
…そう、俺達が泊まっているまさにこの旅館の持ち主だったのだ。
「人は見かけによらないといいますけど、すごいですねぇ」
葵ちゃんも感心したようにそう言った。
「確かに鶴来屋グループの会長はまだ若い女性だと聞いていたけど、あんなに若いとはねぇ」
綾香でさえ、さすがに驚いていたようだ。
 俺達は待ち合わせ場所でもあった、この旅館の最上階にある、彼女の執務室へと向かった。

「あなた達がこの旅館に泊まっていたとはまた偶然ですねぇ」
互いに自己紹介を終えた後、千鶴さんは面白そうにそう言った。
「しかもその家の1人が、あの来栖川グループのお嬢様だったなんてねぇ」
「驚いてるのはお互い様だわ」
綾香はちょっと憮然としてそう言い返した。
「…で、一体何があったんですか?」
話がそれそうなところを、葵ちゃんがなんとか元に戻そうとする。
「…そうでしたね。それではお話しします」
そう言うと千鶴さんは神妙な顔をして語り始めた。俺達3人と梓さん…俺達よりも年上だったらしい…
は、黙って話を聞いていた。


「…さっきのところに社があったのはご存じですよね」
「…はい」
「事はそこに祭られていた、ある1人の女性から始まるのです」

 200年ほど前、この辺りには、1人の退魔師の女性がいました。この人は長きに渡ってこの
辺りの魔を退治してくれたので、この辺りではまさに英雄でした。
 ある日、彼女の元に、この付近に出てくる『鬼』を退治して欲しいという依頼がありました。
早速彼女は出かけていき、鬼を退治したのですが、その帰り道、この海岸沿いにある崖で足を
踏み外してしまい、帰らぬ人になってしまいました。
 そこで村の人は、彼女のためにこの社を作り、以来守り神として彼女を祭っています。

「…というお話です」
「あの…特に問題のあるお話には見えないんですけど…」
葵ちゃんが申し訳なさそうに尋ねてみた。確かに俺もそう思う。
「確かにこれだけだとそうですね。古い文献でも調査すればもっと詳しいことは分かると思うんですが…。
でも、なんらかの理由…例えば怨念…があって、私たちが襲われたのは間違いのない話です」
千鶴さんがそう言うと、綾香の顔色が変わった。
「確かにね…あれはそんな生やさしいものじゃなかったわ」
「綾香…お前何か見たのか?」
話そうとする綾香を制して、千鶴さんは続けた。
「昨日、私は夢を見ました」
「…夢?」「はい。その夢の中で、私はなにかとても強い、だけどとても悲しい想いの力を感じました。
その夢の中に出てきた場所が…あの社だったんです。それがどうしても気になって、私は様子を見に行ったんです。
するとそこには…」
「そこには?」
 俺達は声をそろえて聞き返した。
「…社が見る影もなく破壊されていました。そしてその傍らに………一人の女の子が立っていました」
そういう千鶴さんの顔に、僅かに陰りが見えた。何か言いづらいことがあるような、そんな感じがする。
そのまま黙っていた千鶴さんの代わりに、綾香が話し出した。
「…で、その女の子にやられた…というわけね。確かにアレは常軌を逸した動きだったわ。そこいらの格闘家なんか
足元にも及ばないくらい…そう、あなた達みたいにね」
そういって綾香は千鶴さん達の方に視線を移した。
「…あなた達、一体何者なの? 私の蹴りをそう簡単に見切れるなんで、葵くらいのものだと思ってたのに」
「ごめんなさい…それは…話せないの」
黙ったままの千鶴さんの代わりに、梓さんが答えた。
再び沈黙。
「…まぁいいわ、当面の問題は他にあるし。気にならない訳じゃないけどね」
「ありがとう…ところで…どうしたの、千鶴姉?」
「えっ? い、いえ、何もないわよ」
「…何か隠し事してるでしょ。すぐ分かるんだから。一体何年姉妹やってると思ってるのよ」
「そうだったわね、梓。…それで、私はその女の子に話しかけようとしました。なぜなら…」
一瞬ためらったようだったけど、そのまま千鶴さんは話を続けた。
「なぜなら、私はその女の子をよく知っていたからです」
「えっ?そうなんですか?」
驚いたように葵ちゃんが聞き返した。
「何度も会ったことがありますし、家に来たこともあります…あなたの方がもっとよく知ってると思うけど、梓?」
「家に…………ま、まさか!?」
梓さんの表情に、隠しきれない驚きが浮かび上がった。その様子を見てもためらうことなく、千鶴さんは続けた。
「そう…日吉かおりさん…あなたの学校の後輩がそこに立っていたのよ」

 …沈黙が続いた。
梓さんの顔からは、彼女の驚きと悲しみがはっきりと伝わってくる。
そしてそれを感じているのは多分俺だけではないだろう。
誰も一言も話すことができなかった。

 …どれくらい続いただろう。沈黙を破ったのはなんと葵ちゃんだった。
「あの…そのかおりさんって人は梓さんにとって大事な方なんですよね」
「うん…大切な友達だよ」
「だったらこんなところでじっとしている場合じゃないと思うんです。その方になにがあったのかはわかりませんけど、
もし何か危険なことなんだったら早く助けて差し上げないと…」
…再び沈黙が訪れた。
それを破ったのも葵ちゃんだった。
「あ、あの…私、なにか出過ぎたこと言っちゃいましたか?」
あわてふためく葵ちゃんの頭を梓さんが乱暴に撫でる。
「そうだね…こんなところでうじうじしてるのは私の性には合わないわね。ありがとう、松原さん」
「いいえ、そんな…あ、葵でいいですよ」
そんな葵ちゃんの様子を見て、綾香が話しかけてきた。
「ふぅん…葵もいいこと言うわね。いい子に育ってお姉さんは嬉しいわ」
「誰がお姉さんだよ…で、千鶴さん。その後に何が起こったのか、続きを話してくれませんか?」
「そうですね。それでは続きをお話しします…といってもその後は予想通りです。かおりさんが襲いかかってきて…
私は抵抗しましたが、かおりさんを止めることは出来ませんでした。それどころか…」
言葉に詰まる千鶴さんの方を梓さんが叩いた。
「気にしなくていいよ。千鶴姉だってかおりのために頑張ってくれたんだから」
「なるほど…そこに私たちが現れた…というわけね」
「はい…そういうことです」

「ふーん…で、問題はこれから俺達はどうするか、ということだよな」
俺がそういうと、千鶴さんは慌てて止めに入った。
「いいえ、そういうわけにはいきません。あくまでこれは私たちの問題ですから」
「私たち…って、もう立派にその中に入ってるわよねぇ。なにせあーんな目にあったんだし」
横から綾香が突っ込んでくる。
「そうですよ。今更関係なんてこと言わないでくださいよ」
葵ちゃんもそう続けてくる。
「浩之君…綾香さん…葵さん…ありがとう。で、どうする、千鶴姉?」
「私との戦いで、かおりさんも確実に怪我を負っています。まだそう遠くへは行っていないと思います。
ですから、まずはかおりさんを探しましょう」
「そうだな。じゃあ手分けして…」
「待って浩之。相手は半端な強さじゃないわ。1人や2人じゃかえって危険よ。みんなで行動した方がいいわ」



 俺と葵ちゃん、綾香、そして梓さんは今商店街を歩いている。
千鶴さんは何か調べものをしたいということで、一旦家に帰ってみるということだ。
お店をまわり、かおりちゃんらしい人影を見ていないかどうかを聞いてまわる。

 …だが、手がかりは一向に見つからなかった。

しばらく歩き回った後、俺達はとりあえず近くのレストランで食事をとることにした。
「手がかり…見つからないわね」
スパゲティをフォークに巻き付けながら綾香がぼやく。
「おかしいわね…大体何処に行くにしても大抵はここを通るはずなんだけど…」
サンドイッチを手に取りつつ、梓さんはそう答えた。
「うーん…とりあえず今度はかおりの家にでも行ってみようか?」
「そうですね。怪我とかしてるならそういう可能性もあるし」
俺がそう答えつつ葵ちゃんの方を見ると、葵ちゃんは料理にろくに手をつけずにぼーっとしていた。
「…どうした、葵ちゃん?」
「…………えっ? あ、あ、いえ、な、なんにもないです」
「いかにも『何かあります』って感じの答え方だよ、それじゃ」
「え? …うーん、やっぱり先輩には何でもお見通しですね」
「いや、俺じゃなくても分かると思うけど…」
突っ込みは無視したのかそれとも聞こえてないのか、葵ちゃんは話し続けた。
「…せっかく先輩と旅行に来たのに、こんなことになっちゃってちょっと残念かなぁって思ったんです」
「葵ちゃん…」
「…私って我が儘ですね。かおりさんという方があんな目にあっているというのに自分のことばっかり…」
言い終わる前に、俺は葵ちゃんの頭を抱き寄せた。
「せ、せんぱい!?」
「…なんか嬉しいな、俺。葵ちゃんがそう思ってくれてさ」
「…えっ?」
「俺だって残念だよ。せっかく葵ちゃんと旅行に来たのにな…それも葵ちゃんが誘ってくれて」
「せんぱい…」
「あの…こんなところで見せつけないでくれないかなぁ…」
綾香の冷ややかな声に俺達は現実へと引き戻される。
慌てて葵ちゃんから離れた。葵ちゃんは真っ赤になってうつむいている。
「ふぅん…あなた達ってそういう関係だったのね…」
梓さんが興味深そうに俺達を眺めている。
「か、からかわないでくださいよ。さ、腹ごしらえも済んだし、早速調査再開!!」
その場から逃げるように俺達は店を出た。
「ところで…葵ちゃん?」
「はい?」
「ここに来た理由…そろそろ教えてくれないかな?」
「ごめんなさい。まだ秘密なんです」



 その後、俺達はかおりさんの家へと向かった。
梓さんが居てくれたおかげで怪しまれることはなかったものの、残念なことに彼女は家には帰ってきていない
ようだった。
「…ここにも帰っていないとなると…万策尽きたわね」
唇をかみしめながら梓さんが呟く。
「一体何処へ行っちゃったんでしょうね…」
「……くそっ!!」
梓さんが塀に向かって拳を叩き付ける。慌てて俺が止めに入る。
「落ち着いて、梓さん! 今はこんなことをしている場合じゃないだろ!?」
「分かってる…分かってるけど…」
「ふぅ…一旦戻ってみましょうか…千鶴さんがなにか発見してるかも知れないし」
綾香の提案に賛成することにした。



 鶴来屋へと向かっている途中だった。
俺以外の3人がいきなり足を止めた。
「…どうしたんだ?」
「感じる…強烈な殺気…まさか…」
葵ちゃんがそう呟く。綾香も同じように感じたらしく、そのまま身構える。
しかし梓さんだけはなにか違ったものを感じ取ったらしい。
「この感じ…まさか……こっちだ!」
そう言ったが早いか、梓さんは俺達に構わず駆け出していった。
俺達も慌てて後を追った。

 猛スピードで駆けていく梓さんを必死に追いかけてついた先は、割と広い公園だった。
その中をさらにスピードを増して走り抜けていく。
俺達は完全に引き離されてしまったが、それでもなんとか後を辿って行った。
「はぁっ、はぁっ…なんて速さなの…あの力といい、やはり人間業じゃないわね」
息を切らしながら綾香がそう言った。
「確かに…でもとりあえず今はどうでもいいことだろ。それより…」
「先輩! あれ!!!」

 公園の奥の茂みの中に、梓さんは立っていた。
…そして、その目の前に、一人の男が立っていた。
「梓さん!大丈夫ですか!」
俺はそう叫んだが、他の2人は思ったより冷静だった。
「…大丈夫です。さっきまで感じていた殺気が今は感じられません」
「でも…ただ者じゃないことは確かね、彼女も…この男も」
しかし、彼女は俺の言葉に耳を貸さなかった。
張りつめた空気。俺達が入り込めない何かを感じる。ただ様子を伺うことしかできなかった。

 沈黙を破ったのは梓さんの一言だった。

「あんた…なんでこんなところに…」


< 続 >


(3)あとがき

 ふぅ…なんとか完成(^_^;;)
つーっても実際は(2)完成時点で7割くらいは書きあがってたんですが(核爆)。

 しかしその間に話がどんどん広がっていくなぁ(^_^;;;;)
「痕」からのキャラがどんどん増えて行ってるし…かおりちゃんなんて出す気は
当初かけらもなかったはずなんだけど…さすがかおりちゃん(爆)。

 「痕」SSになりかけちゃってますが、確実に葵ちゃんSS……のはずです。
これだけ見てるととうていそうは思えないんで強引にべたべたなシーンを足したり…
なんか無駄な苦労をしているような気が(^_^;;;)

 まぁこれからガンガン活躍させようとは思ってます。綾香も。
…普通に活躍はさせられなさそうですが(核爆)。

 それでは次回作…なるべく早く…一応今年の夏までには終わらせたいなぁ……((((((((;;;-_-)

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