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   奇跡の想い always by you…

                                  火鳥泉行



――――プルルルル……プルルルル……

  ピ―――ッ

『はい、藤田です。ただいま外出しております。ご用のある方は発信音の後に…』

  ガチャン

――――ツー……ツー……

「・・・・・・」








 それは悲しみの過去から一週間。
 学校の雰囲気は再び以前のような活気を取り戻し、あの悲しみに包まれた事件はす
でに過去のものとなりつつあった。
「あ、おはよう浩之ちゃん」
「おう、あかりか」
 学校への道を一人ゆっくりと歩く少年―――藤田浩之は聞き慣れた声に後を振り返 った。
「浩之ちゃん、最近すごく早くに学校行っちゃうんだから、久しぶりに一緒に行こう と思って」
「・・・そっか」
 慣れたように歩調の調整をし、横に並んだ二人の会話は続く。
「あ、そうそう。この前志保が突然やってきてね・・・」
「・・・・・」
「それでいきなり『カラオケに行こう』って言い出してね・・・」
「あかり」
「でも私そのときお金がなかったから断ったんだけど、そしたら志保ったらね・・・
「あかり、もういいぜ」
 頻繁に変わるあかりの表情が静止する。
「そんなに気を遣わなくてもいいんだぜ・・・俺もう落ち込んでないから・・・・」
 あかりは無言のまま浩之の顔を見る。
「そんなことばっか言ってたら神経がいくらあっても足りねーぞ?学校だって俺なん ともねーだろ?」
「ううん・・・」
 後方から少女の足音が聞こえなくなったのを感じて、浩之は足を止めて振り返る。
「浩之ちゃんは・・・大丈夫じゃないよ・・・」
「あかり?」
「浩之ちゃんは・・・」
 二人の間に沈黙が走る。
 あかりはうつむき、浩之はそんな彼女の顔をじっと見つめたまま、微動だにしない
 やがて沈黙を破ったのはあかりの一言だった。
「ごめんね・・・・わけわからないことばっかり言って・・・」
「・・・・・」
「私、浩之ちゃんはもしかして自分一人ですべてのことを背負ってるんじゃないかっ て・・・無理しすぎて今度は浩之ちゃんの方がどうにかなっちゃうような気がして・ ・・」
「・・・・」
「私・・・心配なんだよ・・・?」
「・・・・・」
「・・・・」
「・・・悪ぃ、今はなんとも言えねぇ」
 そう言って浩之はそっと彼女の方に手を置いた。
「とにかく、俺はあかりが思ってるほどじゃねえよ。それよか早く学校行こうぜ」
「・・・うん」
 そして二人はゆっくりと歩き出した。
 一歩一歩踏みしめる足取りが、心なしか重く感じた。




 何事もなく授業が終わり、浩之は教室を出ようとしていた。
 しかし、扉の外側に立っている少女に見覚えがあることを感じ、視線はそちらに向 ける。
「芹香・・・先輩・・・?」
「・・・・・」
 無言でこちらを見る芹香に、荷物を詰めたカバンを持って浩之が駆け寄る。
「どうしたの先輩?先輩がここにくるなんて珍しいな」
「・・・・(今からオカルト研究会に来てください)」
「え、今から?・・・・悪ぃ、先輩、今日はちょっと俺・・・」
 そう浩之が誘いを断ろうとしたが、間髪入れず芹香の言葉が入る。
「・・・・・(今日のは絶対に来ていただかなければなりません)」
「?先輩・・・・」
 予想もせぬ芹香の厳しい表情に、わずか後ずさりを憶える浩之。
「・・・・・わかった。それじゃ今日は久しぶりに研究会に顔を出すかな」
「・・・・」
 無言のまま彼女は廊下を歩き出す。
 その後をひょこひょこと付いていく浩之は、この芹香の言った言葉の意味をまだ理 解できていなかった。




「で、先輩、今日は何をするの?」
 部室のカーテンを閉めている芹香を傍目に浩之が聞く。
「・・・・(今日は幽体離脱に挑戦します)」
「幽体離脱って・・・あの」
「・・・・・(そうです。死者の魂を現世に呼び出す魔術です)」
 浩之の動きが止まる。
「先輩・・・先輩までそんな・・・」
 今度は蝋燭に火を灯している芹香が口を開く。
「・・・・・・(あかりさんがあなたをとても心配していました。だから私も浩之さ んの力になりたいのです)」
「先輩・・・」
 部屋の電気が消え、蝋燭の明かりだけがゆらゆらと部屋を照らす。
 どうやら準備は整ったようだ。
「・・・・・・(それでは説明をします。今から呼び出すのは、今あなたが『一番逢 いたい』と思っている人物です)」
「・・・そんなことができるのか・・・?」
 驚いた表情で浩之が聞き返す。
「・・・・・・・(成功したことはありません・・・どうやら願いをかける人がどれ だけその人を思っているかということが成功に繋がるようです)」
「つまり・・・俺次第ってことなんだな・・・」
 心なしか、緊張の冷や汗が頬を伝う。
「・・・・・(今日はまれに見る満月・・・月の引力が力を貸してくれます・・・)
 かなり本格的な芹香の様子に戸惑いの色はない。
「・・・・・(ただし、降霊の時間はもって数分でしょう・・・)」
「・・・・・・」
「・・・・(それでもよろしいですね?)」
「ああ・・・頼んだ、先輩・・・・」
 そうして芹香はこくんとうなずくと、片手に本を開き、もう片手を空に振りかざし てなにやらブツブツと呪文を唱え始めた。



 部屋の中央に、小さな光球が浮かび上がる。

 音波のような音を放ちながら、それはゆっくりと回転する。

 やがて、光はうねりを見せ、徐々に辺りに広がってきた。



 瞬間、衝撃波とともにまばゆい閃光が辺りを包む。

「うわっ・・・・くっ!」
 なんとかその場に踏みとどまる浩之。
 横を見ると芹香も真剣そのものの表情で呪文を唱え続けている。

「俺が・・・俺が一番逢いたいのは・・・・逢って謝りたいのは・・・・」

 突然、カッという音とともに光の範囲は最大になった。
 思わず、目を腕で覆い隠す。



 しばらくすると、衝撃波は収まり、光も徐々に明るさを抑えていく――――


―――と、部屋中を包み込む閃光の中に、ゆっくりと一人の少女の姿が浮かびあがっ てきた。

 その瞬間、浩之の心の中には不安がなくなっていた。
 彼の眼前に繰り広げられた奇跡――――

「葵ちゃん・・・葵ちゃんなのか!?」

『藤田・・・先輩・・・・』

「本当に・・・葵ちゃんなんだな・・・?」

『先輩・・・お久しぶりです』

 思わず浩之は身体を乗り出していた。

「葵ちゃん!・・・ごめん・・・ごめんな・・・本当に・・・俺のせいで・・・・」

『そんなこと言わないでください・・・先輩はなにも悪くありません・・・』

「でも・・・俺が葵ちゃんを呼び出したりしなかったら・・・こんなことには・・・ ・」

『先輩・・・・』

 うつむく浩之を悲しそうな瞳で葵が見つめる。

 しかし、次の一声を発した時の彼女の顔は軽く微笑んでいた。

『先輩・・・私がどうして事故に遭ったか知っていますか?』

「?・・・いや・・そういえば聞いてないよ」

『私、先輩との待ち合わせ場所に行く途中、子供が車にひかれそうになってたのを見 たんです・・・』

 葵はゆっくりと丁寧に話を続けた。

『周りには数人しか人がいなくて、その子の一番近くにいたのが私だったんです。そ の瞬間、私が先輩の所に行くのと、私が子供を助けるのと、どっちが先輩が喜んでく れるかを頭で考えちゃって・・・でも考えるより先に身体が動いてました・・・・』

「・・・・・・」

『先輩・・・私、間違ってませんよね・・・?先輩はそっちの方が嬉しいですよね・ ・・?』

 訴えかけるように少女は少年を見やる。

「・・・・ああ」

 ゆっくりと上げた彼の表情も笑顔だった。

「葵ちゃんは間違っちゃいない・・・・葵ちゃんのお陰で・・一つの小さな命が救わ れたんだ・・・・」

『先輩・・・・』

「バカみたいだよな俺・・・葵ちゃんは最後まで思いやりを忘れなかったのに・・・ ・俺なんかそんな葵ちゃんになにもしてやれなかった・・・・」

『そんなことないです・・・・先輩は私にたくさんの思い出をくれました・・・・今 でもそれは忘れてません・・・』

「葵ちゃん・・・・」

 刻々と、別れの時間が近づいてくる。

「また・・・逢えるよな・・・・?」

『先輩が強く願えば・・・きっとまた逢えます・・・・だって・・・』

「葵ちゃん・・・」


 『だって、奇跡は想いが叶えるんですから!』


 やがて、部屋内の光が薄れてきた。
 同時に、少女の身体が透き通っていく。
「・・・・(そろそろ時間です・・)」
 芹香がゆっくりと別れの時を告げる。

「葵ちゃん!!」
 弾けるように浩之が葵の方に手を差し伸べた。
 しかし、実体のない彼女の身体には触れることがなく、その手は空しく空回りする
 それでも、彼は懸命に彼女を自らの身体に引き寄せるようにして続ける。

「葵ちゃん・・・・好きだ・・・大好きだ・・・・誰よりも・・・」

『先輩・・・』

「そのことだけはいつまでも絶対に変わらない・・・何年・・何十年経っても・・・
だから・・・・・葵ちゃんも・・・それだけは忘れないでくれ・・・・」

『先輩・・・私も先輩のこと大好きです・・・・・私・・先輩のこと好きでよかった ・・・・』


 もう、二人の距離は存在しない。


 「愛してる・・・・」

 『愛してます・・・・』

 二人の想いは、両者の唇を通じて重なり合う。

 その瞬間、彼女の身体に天使が舞い降りたように、二人の唇には確かな感触が芽生 えた。

 それは、あの日、公園で交わしたものより、深く、切なく、想いの味がした。



 『さようなら・・・私の愛しい人・・・・』

 「・・・さようなら・・・また巡り逢う日まで・・・・・」



 最後の言葉とともに、少女の姿は光の中に儚く消えていった。









 そして少年は 過去の奇跡を忘れることなく 大人になってゆく・・・・・




















     エピローグ



――――先輩、知っていますか?


――――奇跡は何度でも起こるんですよ


――――大切な人の想いによって・・・・



――――私、決めました!


――――人が死後に一度だけ起こせる「奇跡」を・・・


――――あなたに使います・・・・







 「オギャア オギャア オギャア!!」
 

「生まれたのか!?」
 産声とともに、白衣の女性が目の前の扉を開いてくれた。
 男性は笑顔で部屋の端のベッドに走り寄る。
「おめでとうございます。可愛らしい女の子ですよ」
 一人の産婆が抱いていた赤ん坊を彼にそっと手渡した。
「おお!よくがんばったな!」
「あなた・・・・」
「この子が俺たちの子供かぁ・・・」
「そうだ、あなた、この子に名前を付けてあげて」
「ああ、実はもう決めてあるんだ」
「フフ・・・気が早いね・・・・それでどんな名前なの?」
「それはな・・・」

 彼の頭の中に、一人の少女の笑顔が浮かび上がる。


 「“葵”なんてどうだ?」





――――これからもずっとよろしくお願いしますね、先輩・・・いや、お父さん!!






                          −FIN










   【「奇跡の想い」を書き終えて】

 どうもこんにちは、火鳥です。

 前作との間が結構空いてしまいました・・・期待されてた方(いるのか?)どうも
スミマセン。
 この終わり方はずいぶん前から決定していました。
 「感動」の「ハッピーエンド」を迎えるにはどうすればいいか散々悩んだ結果がこ
れです。

 どうでしょう?みなさん楽しんでいただけましたでしょうか?

 『奇跡』は必ず起こります。そのカギとなるのが『想い』なのです。大切なのは信
じることなんです。火鳥もいつかは奇跡に巡り会うことを期待しています。

 あと、蛇足なんですが、エピローグで登場した浩之の奥さんはだれなのか、とかい
う疑問はあえて考えないようにしてください。もしあれがあかりなんかだったら、「
なに浩之ちゃん!私と結婚したくせにまだ未練タラタラ彼女のことを!?」と逆切れ
しそうとかそういうのはナシね(汗)。

 あと、最後に・・・この作品の最初にかかってきた電話。あれはいったい誰からだ
ったんでしょうね?
 朝一緒に行こうと言おうとしたあかり?放課後のことを早めに知らせておきたかっ
た芹香?それとも・・・・
 このことに答えはありません。みなさんの考える通り、イメージしやすい通りに受
け止めてくださって結構です。

 それでは、また別の作品で会いましょう。  

  ……PRESENTED BY , SENKO KATORI……


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