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             奇跡の想い      

                                        火鳥泉行




    大好きだったあの女の子が事故にあった

    俺はその知らせを聞いて 即座に病院へ向かって走り出した


    病院に着き 案内された場所は 病棟ではなく慰霊室だった

    ――――嘘だ・・・・

    ゆっくりと顔にかぶせてある布を取る

    ――――嘘であってくれ・・・・



    彼の願いは受け入れられず そこにあった顔を まぎれもなくあの少女だった

    「・・・・・・嘘だろ・・?」

    かすかな声と同じように 体のふるえが止まらない

    「・・・そんなことして俺をだまそうったって・・・そうは・・・いか・・ねぇ・・・ぜ・・・・」

    両手で肩を揺すってみせるが 反応はない

    「残念です・・・この子はついさっき・・・・」

    横に立っていた医者が 彼の肩にそっと手を乗せる

    ベッドの向かいで泣き崩れているのは 彼女の母親だろうか


    「・・・・た・・い・・・・・・だ」

    肩を握った両手に力が入る


    「――――絶対嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――!!!!」


    ――――――俺は走り出した

    行き先もなく ただ心の中いっぱいのものを忘れるために 止まることなく




    ――――嘘になってくれよ・・・・・・こんな苦痛・・・・


    ――――忘れさせてくれよ・・・・・・こんな想い・・・・


    ――――現実であるわけないんだ・・・・



    彼の願いは 受け入れられたのだろうか

    嘘になってほしいと思ったら  嘘になった

    忘れたいと思ったら  忘れることができた









   どこまで走っただろうか

   辺りは見覚えのある場所だった

   ここは――――近所の公園

   彼の顔の涙は いつの間にかなくなっていた

   切れ果てた息が 寒空に白く溶ける




  ――――と
 静まり返った辺りから、こちらに向かって足音が聞こえる。
 彼は頭を上げ、そっちに振り返った。
「藤田先輩・・・・・・?」
「・・・・・・葵ちゃん・・・」
 そこに立っていたのは、一年の松原葵――――――
「先輩・・・・どうしたんですか?こんな所で」
 彼はその姿を確認すると、再びうつむき、黙り込んだ。
「顔が赤くなってる・・・・・・泣いてたんですか・・先輩・・・・」
 心配そうな彼女の表情に、少し首を上げ、わずかに口を開く。
「・・・・・・いよ」
「えっ?」
「なんでもないよ、葵ちゃん」
「・・・そう・・・ですか」
 彼のかすかな笑みに、葵も笑みで返す。

 しばらく、なにもない沈黙が続く――――――

 と――――
「そうだ先輩!ちょっとそこの遊具で遊びませんか?」
「・・・葵ちゃん?」
「私、ちょっと夢だったですよ。夜中の公園で誰かと遊ぶのって」
 意表を突かれたように、彼は眉をへの字にする。
「さあ!早く行きましょ先輩っ!」
「と、と、ちょっと葵ちゃん?」
 相手の意思などはお構いなしに、彼女は強引に彼の腕を引っ張る。
 そんな彼女のペースに、思うがままにはまってしまう浩之だった。



「先輩っ、楽しいですね!」
「え、ああ・・・」
「楽しくないですか?」
「いや、楽しいよ」
「よかった!」
 いくつかの遊具を遊び終え、最後に公園の隅にあるブランコに乗り、力いっぱい漕ぐ葵。
 少し疲れたのか、浩之は正面の柵に座っている。
「先輩もそっちに乗ったらどうですか?」
「・・いや、俺はいいよ・・・・」

 ブランコを漕ぐ音が、やがて止まった。
「先輩・・・悩みだったら、私に相談してもいいんですよ・・・・?」
 気が付くと、彼女は真剣な眼差しでこっちを見ている。
「・・・・・・・・」
「って言っても、私なんかじゃ、たいしたことはして差し上げれませんけど・・・・

「葵ちゃん・・・・」
 浩之もじっと彼女の目を見つめた。

 ――――葵ちゃんは優しい・・・・彼女になら話しても後悔しないだろう・・・・

「・・・先輩・・・・・・」

「・・・・大好きだった子が・・・・死んだんだ・・・・・・」

 言った自分の体が熱くなるのを感じる。

「交通事故だってさ・・・・」

「・・・・事故って・・?」

「犬が・・・道路に飛び出してきたんだって・・・・・・それを必死に避けようとした車の運転手が急カーブをかけて・・・・・・その先に偶然歩いてたって言ってた・・・・」

「・・・・・・・・」

「俺、さっき言ったけど、その女の子のことが好きでさ・・・・今日会って告白しようと思ってたんだ・・・・」

「そうなんですか・・・・・・」

 葵の顔も、いつの間にか沈んでしまっている。

「バカな話だよな・・・・告白するために俺が彼女を呼びだして・・・約束の場所に行く途中だったんだぜ・・・」

「先輩・・・・・・」

「俺が彼女を呼び出さなければ・・・・こんなことにはならなかったのに・・・・」

「先輩・・・・?」

 彼の様子が少しおかしくなっていくことに葵は気が付いた。

「全部俺が悪いんだ・・・・」

「そんなこと!・・・」

「そうさ!全部俺が悪いんだよ!彼女を幸せにしてやるはずが、こんな目に遭わせてしまうなんて!!」

「先輩っ!落ち着いてください!!」

 突然、浩之は大声を出し、両手で押さえつけた頭を大きく振り出した。

「俺が誘ったりしなかったら!!俺が彼女を好きにならなかったら!!俺が彼女に会っていなかったら!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「先輩っっ!!!!」



 ――――――パンッ!!



 自己嫌悪に陥り、錯乱状態になった浩之を止めたのは、葵の手のひらだった。

「先輩のばかっ!!」
 浩之の動きが止まり、ゆっくりと振り向いた先には、目に涙を溜めた葵の姿が映っていた。
「そんなの先輩じゃない!彼女だってそんな先輩のことなんか嫌いなはずです!!」
「葵ちゃん・・・・・・」
 彼女のこんなに怒った顔なんて、いままでに見たことがなかった。
「どうしてその人をこれ以上不幸にしようとするんですか!?そんなこと言ってその人は喜ぶと思いますか!?」
 葵の悲痛な声が辺りに響く。

 浩之はハッと我に返り、目の前で涙を流している葵を見上げた。

 ――――俺は何を言ってたんだ!?葵ちゃんの言う通りじゃないか!!

「ごめん葵ちゃん・・・」
 彼は立ち上がり、目の前のその身体を抱きしめて言った。
「葵ちゃんの言う通りだ。こんなことばっかり言ってもまた人を不幸にしちゃうだけだもんな・・・俺が悪かったよ・・・」
「せんぱいなんか・・・・知りません!」
「ごめん・・・・」
 抱きしめる腕に力が入る。
 やがて、大粒の涙を流しながら、葵も彼を力いっぱい自分の身体に引き寄せた。



「先輩・・・・これだけは憶えておいてくださいね。『〜たら』『〜れば』をいくら使っても、過去は帰ってきません。だから・・・後悔するより・・・・いつまでも前向きにいることを・・・・」
「わかった・・・絶対に忘れない・・・・」

 そして二人は見つめ合い、ゆっくりと唇を合わせた――――――









「先輩・・・さっき話してた人のことですけどね・・・・」
「・・・・・・ああ」
「その人は絶対に先輩のこと、恨んでなんかいませんよ」
「・・・・どうして?」
「だって、その人は先輩のことが大好きだったからです」
「?」
「それにね・・・・」
「それに?」
 彼の問いかけに、葵はしばらく黙り込む。
「いえ、別に・・・・でも、これは私の保証付きですから!」
「・・・・そっか」
 彼女の一言に、浩之はにこやかなほほ笑みをみせた。

「あ、もうこんな時間!そろそろ帰らなきゃ」
「じゃあ、家まで送ってくよ」
「いえ、ここで結構です」
「でも・・・・」
「大丈夫ですって!それより先輩!約束、忘れないでくださいね」
「・・・ああ、もちろん!」
 彼の返事を聞いて、葵はにっこりと笑う。
 ――――と、彼女の目に光るものが見えた。
「葵ちゃん・・・・?」
「先輩っ!」
「ん?」
「元気だしてくださいね」
「ああ」
「いつまでも変わらないでいてくださいね!」
「ああ」
「私のこと・・・忘れないでくださいね!」
「? ああ・・・(葵ちゃん、泣いてるのか・・・?)」
 遠ざかっていく葵の姿が不思議と淋しい。
「先輩っ!」
「ん?」

    『さようなら!先輩っ、いつまでも大好きですっ!!!』

「えっ?」
 そう言葉を残して、彼女は夜の小道へと走っていく。
 彼女の振り返った場所に、きらきらと光る一本の筋――――

「葵ちゃん!!」

 不思議な雰囲気にのまれ、浩之は闇に消えていくような葵に向かって手を差し伸べた。

 もちろん、その手にはなにも残っていない。


――――なんだこの感じは・・・・



 再び辺りは静まり返り、虫の音だけがかすかに響く。

「・・・・・・さてと・・・俺も帰ろうかな・・・・」







 ――――それにしてもなんだったんだろう・・・・さっきの感じは・・・

 ――――葵ちゃんなら分かるかも・・・・また明日聞いてみよっと

 ――――おっと・・・・明日は全校集会だろうな・・・・・・生徒が死んだんだもんな・・・・

 ――――告白・・・し損ねたこと・・・・・・一生後悔するのかな俺・・・・・・



 ――――あれ・・・待てよ・・・・あの子って誰だっけ・・・?

 ――――なんか頭がボーとなって記憶がうやむやだ・・・・相当疲れてんのかな・・・・

 ――――・・・あれ?なんで思い出せないんだ・・・・?

 ――――おかしいな・・・・




「浩之ちゃん?」
 気が付くと、後から名前を呼ばれていた。
「・・・あかり?どうしたんだ、こんなところで?」
「それは浩之ちゃんの方でしょ?・・その・・・病院から飛び出して・・・走っていっちゃったって聞いて・・・」
「・・・そっか、そいつぁ悪かったな」
「・・・・・・浩之ちゃん・・・・残念だったね・・・・今回のこと・・・・・・」
「・・・・そうだな」
「このこと知ったら・・・・一年生は特に悲しむだろうね・・・・」


 ――――――え?


 突然、彼の身体に心臓が跳びはねる感触が横切った。

「なんで・・・一年が、なんだ・・・・・・?」
「・・・・だって・・・亡くなったのって・・・・・」


 ――――――まさか・・・・!!




       ――――――『松原さんなんでしょ・・・・』――――――





          ――――――――――――嘘だ!!!!!!――――――――――――







「・・・・・・なに言ってんだよあかり・・・・・・死んだのが葵ちゃんのわけないだろ・・・・?」
「浩之ちゃん・・・・」
「・・・だって葵ちゃんは・・・・さっきまで俺とそこの公園で・・・・一緒にいたんだ・・・・・・」
「浩之ちゃん・・・・それはね・・・・」
「いろいろ話をして・・・・約束もして・・・・なにより俺と葵ちゃんは・・・・」

「浩之ちゃん!!」

 目が座っている浩之の怒鳴るように、あかりが大声を出す。

「浩之ちゃん・・・・・・いくら信じたくなくても・・・・いくら嘘であってほしくても・・・・・・過去は絶対に戻ってこないんだよ・・・・・・葵ちゃんはもういないんだよ・・・・・・・・」



           ――――――――溢れるように 涙が出てきた



「――――!!!!!!!!」

 我を忘れる前に、身体が動いていた。

「浩之ちゃん!!!!」

 あかりの必死に呼び止める声も、もはや聞こえていない。

 走り、走り、とにかく走り続けた。



 ――――いつまでも変わらないでくださいね!

 ――――私のこと、忘れないでくださいね!

 ――――さようなら!先輩っ、いつまでも大好きですっ!!





―――――――「葵ちゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!」――――――――






   彼の叫び声は 悲痛にも満月の灯る夜空へ溶けていった――――――――













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  あとがきです


 どうも。はじめまして。火鳥泉行というモノです。
 今回は初めてオリジナル(?)に挑戦してみました。
 今まではマンガをそのまま小説にする、ということしかしたことがなかったわけです。

 みなさま、いかがだったでしょうか?楽しんでいただけましたでしょうか?
 この作品のメインは「幽体離脱」というモノです。しかし、この作品は「恐ろしい」幽体離脱というものではなく
題名にある通り、「奇跡」の現象なんですね。自分はこういった話が好きなんです。
 感想はメールで・・・といいたい所なんですが、都合により7月までメールの公開ができません。それまでは「教えてせんぱい!」と「掲示板」の方に書き込んでおきますのでどうかなんでも気が付いたことなどがあればお書きいただけたらなぁ、と思ってます。

 それでは、また自作にも挑戦したいと思っていますので、どうかよろしくお願いしますね。

                                    99,JUNE,7 火鳥泉行でした   

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