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〜Crisis〜
 ……前編……

                             writed by Hiro
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『ぴとん…』
『ぴとん…』

外から雨音が聞こえてきます。

「今日も雨かぁ。梅雨だもんね…」

わたし、梅雨って大嫌いなんです。
気が滅入っちゃうし、じめじめしてるし…でも、一番いやなことは…

「先輩、今日も練習はお休みですね…」

こればかりは仕方ないか…
…学校に行こっと。

「行ってきま〜す」
「あ、学校に行くのぉ〜 
 今日はずいぶんと早いわねぇ〜
 気を付けていってらっしゃいねぇ〜」

台所からお母さんが声をかけてきます。
お見送りぐらいしてくれても、バチは当たんないのに。

「はーい。行ってきま〜す」

『ガチャ』

今日一日、こんな天気かなぁ。


この傘もかなり傷んできた。
そういえば、幼稚園の時…雨の日がとても待ち遠しかった。
真っ赤な傘に真っ赤な長靴。
お母さんに手を引かれて、幼稚園に通う道。
よく水たまりをバシャバシャして、お母さんに怒られたっけ。
毎日の、何気ない出来事がとても新鮮に見えた日々。
なつかしいな。もう、あの気持ちは二度と戻ってこないのかな。
成長するって、こんな事だったんだ…
少しだけ淋しい気がする。
…いけないな。朝からこんな考えじゃ。

「気持ちを切り替えなきゃ…」

とは言うものの…
やっぱ雨はイヤだな。
………あ、先輩達だ…

「おはよーございまーす」
「あ、おはよー」
「おっす」
「天気、悪いね」
「…はい」
「練習ができないね」
「…はい」
「梅雨だから仕方ないよ。それより…いつもより早いじゃない」
「先輩方こそ」
「ん〜、あかりのヤツが妙に早く来ちまってな」
「今日は、なんか早くから目が覚めちゃったんだ。
 でも、浩之ちゃんだって起きてたじゃない」
「雨音が気になってな。あれって、一度気にすると耳から離れなくなるだろ?」
「そうですねぇ。わたしも経験があります」
「実は…私もそれで目が覚めちゃったの」
「なんだよ、あかりもか」
「うん」
「そうか…しかし、雨…だな」
「はい、降ってますね…」
「やっぱ、雨の日でも練習できる場所が欲しいなぁ」
「……」

でも…そうなると先輩と二人っきりになれない…

「よ〜っし、梅雨が明けたら、バリバリ練習するぞぉ」
「はい!」
「浩之ちゃん、燃えてるね」
「おう!なんたって葵ちゃんのトレーナーだもんな」
「私、松原さんが羨ましいな…」
「はい?」
「…あ、ごめんね、変なこと言って…」
「……」
「あかり…」
「ごめん!本当にごめんなさい。さ、早く行こ!雨がひどくなってきたよ」
「あ、あぁ、そうだな」

困ったな…雰囲気が…

「……」
「……」
「……」

重い空気の中、やっと学校にたどり着きました。

「あれ!マルチ…」
「マルチちゃん…」

校門のところにマルチさんが…
なんで…だって…もう、テスト期間は…

「まるちぃ!久しぶりだなぁ」
「あ、浩之さんだ!浩之さぁ〜〜〜ん!」

『タッタッタッタ…ポス!』

「うぅ〜、逢いたかったですぅ〜!」
「マ、マルチ…いきなり抱きつくなよ、こんなところで…
 第一、濡れちまうぞ」
「だって…だって、本当に逢いたかったんです…」
「わかった。わかったから、離れろって」
「いやです!放しません。やっとお逢いできたのに…」
「おいおい…困ったなぁ」
「マルチちゃん、いったい…」
「はい、もう少しデーター収集をすることになったんです」
「じゃ、セリオも?」
「えぇ、またお世話になっています」
「そうなんだぁ…そっかぁ…」

神岸先輩が複雑な表情をしています。
ううん、辛そうな表情って言ったほうがいいかな…
それに対して…

「よかったな、マルチ」
「はいぃ!」

先輩とマルチさんは、とても嬉しそうです。
わたしは…

「で、どれくらいいられるんだ?」
「いちおー2週間って主任さんが…」
「ふーん、短いなぁ」

わたしにとっては長すぎます…
神岸先輩も同じ気持ちなんだろうな。きっと…

「ね、ねぇ、浩之ちゃん…もう、時間が」
「え?まだ、時間は大丈夫だろ?」
「でも…」
「あ、なにか御用があるんですね。
 ごめんなさいです。お引き留めしてしまいましたね。
 実は私も、職員室に行かなければならないんです」
「なんだ、まだ行ってなかったのか?」
「はい、ここで待っていれば浩之さんに逢えるかなと思いまして」
「そ〜かそ〜か、いい子だなぁ。マルチは」

『なでなで』

「あ…」

マルチさん、本当に嬉しそうな顔をしてる…

「浩之ちゃん、はやく!」
「お、おう。じゃあな、マルチ」
「はい!お気をつけて」


「浩之ちゃん」
「ん?」
「マルチちゃん…戻ってきたね…」
「あぁ、良かったよな」
「え?…う、うん…」
「期間は2週間しかないけど…
 その間は、めいっぱい楽しませてやろうな」
「…うん」
「あの…わたしはここで…」
「あ?おぅ、じゃ、またな」
「はい」

「マルチさん、戻って来ちゃったな……」

一つだけ、心配事が出来ました…



『キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン』

「ふぅ、やっと全部の授業が終わったぁ〜。
 今日は練習もないし、帰ろうかな。
 …そうだ!先輩をお誘いしてみよう…」

先輩、まだいらっしゃるかな。

「♪るるるるる〜〜〜〜ん……
  るりらららら〜〜〜〜〜〜〜〜………♪」

マルチさん…

「♪るりるりららら〜〜〜〜〜……あ、松原さん…こんにちは」
「え?あ、こんにちはぁ」
「今お帰りですか?」
「あ、う、うん…マルチさんはお掃除?」
「はい!久しぶりなので、やり甲斐があります」
「お掃除、すきだもんね」
「そうなんですよ〜 私、お掃除が大好きなんです。
 頑張れば、それだけきれいになりますから…
 あ、もうすぐ終わりますから、よろしければ一緒に帰りませんか?」
「う…ん、いいよ」
「そうだ、浩之さんとあかりさんも誘って、4人で一緒に…ね!そうしましょうよ」
「そ、そうだね」
「本当ですか〜!とっても嬉しいです〜」

マルチさん、無邪気に喜んでる…


「浩之さ〜ん、あかりさ〜ん!一緒に帰りましょ〜」
「おう、マルチか。そうだな、せっかく戻ってきたことだし…
 そうだ、ゲーセンに行こうぜ。久しぶりにエアホッケーやろう」
「えあほっけー…あ、そうですね。頑張ります〜」
「もう手加減しないぞ。覚悟しとけよ」
「はい〜」
「…浩之ちゃん…」
「ん?」
「私、用があるから…」
「へ?」
「用があるから…おうちに帰るね」
「お、おい、あかり…」
「ホントにごめんね」
「あかりさん…」

神岸先輩、帰っちゃいました。

「あかりさん、帰られましたね。どうしましょうか?私たちもまっすぐ帰りますか?」
「いいよ別に。用があるなら仕方ないよ
 それに…どうせ、マルチはゲーセンの前からバスに乗るんだろ?」
「ま、まぁ…」
「とにかく行こうぜ。時間がもったいない」
「そうですね…」
「で、葵ちゃんは来るんだろ?」
「……」
「葵ちゃん?」
「…は、はい!」
「来ないの?」
「あ、ご一緒します」
「よしよし」

心配だなぁ。神岸先輩のこと…


ゲームセンターに着きました。

「今度は負けませんよ〜」
「自信タップリだなぁ」
「はい〜 主任にお願いして、えあほっけーのデーターを頂いたんです〜
 それで、私なりに研究してみたんですよ〜」
「エアホッケーのデーターだぁ?そんなモンまで…」
「すごいでしょ〜」
「恐るべし、来栖川…」
「あのぉ…」
「うん?」
「わたしも帰ろうかと…」
「へ?葵ちゃんまで…どうしたの?何か用でも思い出した?」
「はい、とっても急ぐことを」
「ん、しょうがないか…じゃ、明日な」
「はい、失礼します。それではマルチさん、楽しんでいってね」
「あ、ありがとうございます〜」

やっぱ、神岸先輩のことが気になる…



たしか、ご自宅はこのへんだったよね…

あ、あそこだ。
いらっしゃるかな?

『ピ〜ン ポ〜ン』

「はーい…あ、松原さん…」
「すいません、突然… いったい、どうなさったんですか?」
「え?ううん、なんでもないの。さっきも言ったけど、ちょっと用が…」
「そういえばそうでしたね…じゃ、お邪魔しては申し訳ないので帰ります」
「あ、もう、用は済んだから…それより、時間はある?」
「はい?あの…」
「ね、上がっていってよ。お話があるんだ」
「はぁ…それでは、失礼します」


「私の部屋でいいよね?2階なんだ。
 今お茶を持ってくるから、先に行ってて」
「あ、お構いなく…」

「おまちどうさま…紅茶で良かった?」
「あ、大丈夫です。ところでお話って…」
「え?あ、あぁ、そうだね」

何か様子が変だ…マルチさんが戻ってきたから?

「大したことじゃないんだけど…
 最近、松原さんとゆっくりお話してないじゃない。だから…」
「それだけ…ですか?」
「それだけ…って?」
「あの…もしかして、マルチさんのことでは」
「……」
「そうなんですね」
「……うん」

やっぱり…

「松原さんは平気なの?」
「は?」
「マルチちゃん、戻って来ちゃったんだよ。それでも平気なの?
 たぶん…マルチちゃん、知らないと思うよ。浩之ちゃんと松原さんの事。
 マルチちゃん、期待しちゃうかもしれないよ。もしかしてまた浩之ちゃんと、って」
「……」
「この前も言ったけど、私は松原さんだから浩之ちゃんのこと…」
「……」
「私が、どんな思いで浩之ちゃんのことを諦めたのかわかってるよね?」
「は、はぁ…」
「浩之ちゃんもわかってるはずなのに…なのに、浩之ちゃんってば…」
「…」
「志保の時だってそう… あんなに騒ぎになったのに…」
「でも…」
「なに?」
「マルチさんに限って…」
「じゃ、平気なの?」
「え?」
「不安じゃないの?」
「……」
「もしかしたら…浩之ちゃん、取られちゃうかもしれないよ」

確かに不安は不安だ。でも…

「私、もういやなの。浩之ちゃんのことを好きになる子が現れて、
 その度に心配して… もう疲れちゃったの…」
「……ごめんなさい」
「なんでよ」
「は?」
「なんで謝るの?」
「わたしがしっかりしていれば…」
「私が言ってるのはそんな事じゃないの。浩之ちゃんの態度が気に入らないの」
「……」
「松原さんがいるのに…
 なんで、マルチちゃんと遊びに行っちゃうの?なんで?」
「神岸先輩、考えすぎですよ。
 久しぶりにマルチさんが戻ってきたので、それで藤田先輩は…」
「それだけならいいけど…」
「とにかく…わたしは藤田先輩の事を信じてます」
「ん、わかったわ。私が心配する事じゃないもんね」
「すいませんでした」
「いいよ、謝ることないよ」
「はい…じゃ、そろそろ…」
「あ!待って」
「なんですか?」
「一つだけお願い事があるの」
「お願い事ですか?」
「そう…こんなお願いしていいのかわからないけど…
 私のためにも…何があっても、どんなことがおこっても、
 浩之ちゃんのそばから離れないでね。お願い…」
「はい、わかりました」
「ごめんね、長々と引き留めちゃって」
「いえ、気になさらないで下さい。じゃ、わたし、帰りますね」
「うん、気を付けてね」
「では失礼します」

また神岸先輩に心配かけちゃったな…
これからこんな事が何度あるんだろう…



翌朝です。

「今日は今にも降り出しそうな天気だな…」

昨日の晩はよく眠れませんでした。
やはり不安なのかも…


「…ちゃんの馬鹿!なんでなの?どうして…」

あれ?神岸先輩の声…

「おはようございます。どうかなさったんですか?」
「あ!葵ちゃん」
「……松原さん……お、おはよ…」
「あかり、葵ちゃん、悪い。先に行ってる」
「逃げちゃうの!」
「んなことないって。用を思い出したんだよ」
「ちょっと待ってってば…あ…」

藤田先輩…

「あの…いったい?」
「……」
「神岸先輩」
「…松原さん」
「なんですか?」
「あとで…放課後、いい?」
「あ、はい…」

何?どうしたの?
…悪い予感がする。



放課後になりました。
朝の予感が的中しなければいいけど…

「…松原さん」
「あ…すいません。わざわざ…」
「ううん。用があるのは私の方だから」
「神岸先輩」
「え?」
「顔…青いですよ」
「そ、そお…?」
「ええ…」
「……」

黙っちゃった…
悪いお話なのかな。
聞くのが恐い…

「あの…お話って」
「う、うん。ここじゃ…誰もいないところがいいな」
「誰もいないところ…」
「あ、言い忘れていたけど…今日は神社に行かなくていいと…思う」
「え?」
「浩之ちゃん、とても大事な用があるみたい。とても大事な…」
「でも…わたしにはそんなこと…」
「……」

なぜ黙っちゃうんですか…

「松原さん、カラオケ屋さんに行こうか?」
「カラオケ屋さん…ですか?」
「うん。とても唄える心境じゃないけど… あそこなら誰もいないし」
「はぁ」
「そうしよう…ね!」
「わかりました」

いったい、何のお話だろう…
まさか…



                             つづく


 なかがき

みなさん、こんにちは。Hiroでございます。
今回は、マルチにて。
なんたって、キャラの葵ちゃんにストーリーのマルチって言うくらいですから。
(んなこと言ってるのは、私だけだったりして… ^^;)
まぁ、10作目までなんとか書き上げたことだし、区切りという事で
前編と後編に分けてみました。
あとがきは、その時まとめて。
では、後編へどうぞ。

                           Hiro


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