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             ある夕焼けの小径

                                     はぐ☆マルチ     




「せんぱーいっ!」
 帰り道、前を歩く先輩の姿を見つけて、走ったまま大声で呼びました。

「あれ? 葵ちゃん。今日は確か…」
 追いついた私に、先輩は訝しげに首を傾げました。
 それも当然なんですけど。
 今日は月曜日なんです。

 私、先輩の横に並びながら、笑顔で答えました。
「はい、今から一度家に帰って、それから稽古に行くんです」
 そうなんです、毎週月曜と水曜は柔道の稽古があるんです。
 だから、本当はいつも授業が終わったら、すぐに学校を出て、走って帰るんですけど。
 はい、ジョギングみたいなものです。

「いいのか? こんなにゆっくりしてて」
「いえ、今日はちょっと用事で遅くなったんです」
「それなら、尚更急がなきゃいけないだろ?」
 そう言いながら、先輩は苦笑いしてる。

「そうなんですけど…」
 せっかく先輩に会えたのに、勿体なくて、このまま歩きたいなって。

「ほら、遅れたら叱られるぞッ」
 ぽんっ!
「きゃっ!」
 おしりを軽く叩かれてから、びっくりして飛び上がっちゃいました。
「も、もぅ、先輩…」
「あはははははは」
 少し拗ねて見せたら、先輩は笑いだしました。

「先輩のばか…」
 それがちょっとだけ悔しくって、もっと拗ねちゃいました。
「わりぃわりぃ、拗ねた顔も可愛かったからさ」
 笑ったままでそんなこと言います。
 先輩、すごくずるいです。
 そんなこと言われたら怒れないじゃないですか。

「ほら、もうこんな時間だぜ」
 先輩、手首の時計を指差しながら、急かします。
 でも、もうちょっとだけ。
「この時間なら、大丈夫です。少し一緒に歩いていいですか?」
 先輩を見つめながら、尋ねました。

「うーん、余裕持って行ったほうがいいんじゃないか?」
 先輩、困った顔してます。
「先輩が言っても…」
「ん?」
「え? あ、な、なんでもないですっ!」
 ボソッとつぶやいた言葉を先輩は聞き逃してくれませんでした。

「俺が言ってもなんだよ、気になるなぁ」
「いえ、いえ、何でも、何でもないんです。ホントです、ホントですからっ!」
 ブルンブルンと首を振りながら、なんとかごまかそうとしたけど。
「そうやって、ムキになるってことは、なんか良からぬ事考えてただろ…」
 じぃーっと睨まれちゃいました。

「あ、うっ…ほ、ほんとに…」
「あ・お・い・ちゃ・んっ!」
 がしっ!
「きゃっ!」
 両の頬を思いっきり挟まれて、先輩のほうに向けられちゃいました。
「言いたいことははっきり言おうねぇ、葵ちゃん」
 声は笑ってるけど、顔が恐いです…。

「怒りません?」
 おそるおそる聞いてみる。
「内容による」
 えーん、恐いよぉ。
 本当に迫力あります、先輩の怒った顔って。
 試合でも見ることができないのに…。

「怒らないでくださいよ、先輩…」
「………」
「あの…その…」

「…ぷっ」
 先輩の顔色を伺いながら、どうしようかって頭の中で必死に考えてたら、いきなり先輩は吹き出したんです。
「…せ…んぱい?」
「あぁー、おかしぃ。ぷぷっ、ホントにアタフタしてるんだからなぁ、ぷぷぷっ」

 口元を押さえながら、必死に笑いをこらえてます。
 もしかしたら…。
「先輩、からかってたんですか?」
「もちろん」
 先輩は、悪びれずに即答しました。

「びっくりしたか?」
 先輩ってば、笑顔のまま聞いてきます。
 私、すごくシュンとして、
「…嫌いです」
 って、駆け出しちゃいました。

「あ、葵ちゃん。待てよっ!」
 先輩のほうも振り向かないで、私、全力で走りました。
「待てよっ! 怒るなよ、葵ちゃん!」
 先輩も、そんなことを何度も言いながら追いかけてきますけど、私、思いっきり走り続けて。
 そのうち、先輩の声も聞こえなくなりました。

「はぁはぁはぁ…」
 駅が見えてきた所で、少しペースを落として振り向いてみたら、そこには先輩の姿はなくて。
 先輩が追っかけることを諦めたことが、ちょっとだけ寂しくて。

「…どうしよう」
 先輩、怒っちゃったんじゃないかって、謝らなきゃって。
 稽古のことも忘れて、来た道を戻ろうと歩を進めた時。

「つっかまえたっ!」
 そんな声と一緒に、後ろから優しく抱きしめる優しい腕の感触。
 その人は、荒い息の合間に。
「まったく、走って逃げちまうんだからよ」
 言葉とは裏腹に、先輩の声は優しくて、そして疲れてました。

「ごめんなさい、先輩」
 先輩の腕にホッとしながら、胸の中にもたれました。
 でも、さっきの事を思い出して、ちょっと悲しくなって謝ったんです。

 そうしたら、先輩は、
「なぁんで、謝るかなぁ」
 明るい口調で返したんです。
「え?」
 思わず、肩ごしに先輩の顔を覗き見ました。

 その瞬間。
 ぽんっ。
 優しく、頭に置かれたその手。
「うし、これで仲直り、な」
 私の短い髪を掻き撫でながら、笑顔でそう言ってくれたんです。

 その手がすごく優しくて、気持ちよくて。
 答えるのも忘れて、先輩の胸の中で目を閉じました。

 瞼の奥に、夕陽の朱だけが映ってました。



 PS:今日の稽古は、1時間も遅れて怒られちゃいました。


                              おしまい♪




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                あとがき
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 某枠付き回避SSです〜〜〜

 …嘘です、大嘘ですヾ^^;
 本当は、"葵ちゃん応援ページ☆"の50000Hit、そして、
 "〜拳で伝える、熱き想い〜"の10000Hit、それぞれの
 前祝い記念SSなんです(笑)

 ひとまず、達成記念SSは、別に書いてますが、枠付きが恐くて…
 …もとい、ちょっくら書いとこうかなぁと、簡単なのを書いてみました。
 もちろん、簡単に書く場合はコッパですよ、お客さんヾ(^^;)


                       はぐ[multi@suki.net]

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