SSのお部屋に戻る   トップのページに戻る


「…ふぅ」

いつもの神社。いつもの夕暮れ。いつもと同じ練習風景。

一つだけ違うのは、ここに先輩がいないこと。

「先輩…どうしちゃったんだろ…」


< 許してあげない >


 先輩が練習にあまり顔を出さなくなったのはここ一月くらいのことだ。
それだけでなく、休みの日にいろんなところに連れていってくれたり、一緒にいてくれたり、
いわゆる…その…デート…に誘ってくれることもなくなってしまった。

 どうしちゃったんだろう…ひょっとして練習するのに飽きちゃったのかなぁ。
それとも…私と一緒にいるのが嫌になっちゃったのかな…。

 ううん、そんなことない。先輩に限ってそんなことあるわけないよね。
先輩、私のこととっても大事にしてくれるし…それに、それに…

 もしそんなことが…なんて考えたくもないし。
先輩がいなくなったらなんて考えただけでおかしくなりそう。

 理由はわかんないけど…信じていいですよね、先輩。
ちゃんと帰ってきてくれるって。



 今日も長い授業が終わって、私は神社へと向かう。
「…今日も先輩、来ないのかな…」
とぼとぼと学校を出ようとしていると、目の前に見覚えのある後ろ姿があった。
「あ、せんぱ…」
声をかけようと思った瞬間、校門の影から人が飛び出してきた。
「遅いぞ、浩之ぃ」
あれは…綾香さん。なんで綾香さんがこんなところに…。
「わりぃわりぃ。これでも忙しくってな」
「なにがどう忙しいっていうのよ。全く…こんな可愛い女の子を待たせるなんて犯罪よ犯罪」
2人はとても楽しそうに話をしている。そんな様子を見ているだけなのに、
何故かとっても胸が苦しい…。
「よくもまぁしゃあしゃあと…まぁそれがいいところなんだろうけどな」
「そうそう。さすが、わかってるわねぇ。そういうとこ好きよ。じゃ、行きましょうか」
そういって2人はそのまま歩いていった。私はしばらくそのまま立ちすくんでいた。

…そんな…練習に来ないで綾香さんと会ってたなんて…。

…やっぱり練習が嫌になったのかな…。

…それとも私と一緒なのが…。

…そんなの…そんなの嫌…。



 そしてその日の練習の帰り。
一人でやる練習はちっとも身が入らなかった。
きっと理由はそれだけじゃないんだろうけど…。

 先輩が…綾香さんと…。

 重い足取りで家へと向かっていた。

 …はずだった。
気がつくとそこは私の家の近くではなかった。
といっても知らないところというわけではなく、確かによく知っている風景だった。

「ここは…確か先輩の家の近く…」

 いつの間にか先輩の家の近くに来ていたらしい。
いや、きっと偶然ではないだろう。
先輩に会いたい。
会って本当のことを聞きたい。
その気持ちが無意識のうちに私を突き動かしていたのだろう。

 私はその気持ちに正直になることにした。
先輩に会えばきっと、この重い気持ちも晴れるに違いない。
そう思って、先輩の家へ向かう最後の曲がり角を曲がった。


 …自分の目が信じられなかった。

 そこには先輩と綾香さんがいた。
それも…二人体を寄せ合って。まるで恋人同士のように。

「せんぱ…い?」
私の声に最初に気づいたのは綾香さんだった。
「葵…なんでこんなところに…あっ!」
自分たちの状態に気づいて、綾香さんが慌てて先輩から離れた。
先輩もようやく私に気づいたらしく、顔を上げた。
その顔がひどく疲れていたことに気づくほどの余裕はその時の私にはなかった。
「あ、葵? あのね、これには深い理由があって…あ、待ちなさい葵!!」
綾香さんの言葉を聞き終える前に、私はその場から駆け出していた。

 そんな…ホントにそうだったなんて…。

 いつものあの優しさは嘘だったんですか?

 私なんかのために…って思ってたのは私の思いこみだったんですか?

 あの暖かな胸の中は私のいる場所じゃなかったんですか?

 ……「好きだよ」って言葉は嘘だったんですか…。


 いつの間にか自分の家まで帰ってきていた。
お母さん達と顔を合わせるのも気まずかったのでそのまま部屋へ向かい、鍵をかける。
服を着替えもせずにそのままベッドに倒れ込む。

 ………せんぱい……。

 どれくらいの時間がたっただろう。ドアをノックする音が聞こえた。
お母さんかな…私は起きあがり、ドアに近づこうとした。

「……葵? 起きてる?」
聞こえてきた声はお母さんのものではなかった。
「…綾香…さん?」
「よかった…起きてたみたいね。何とか間に合ったわね。これで間に合わなかったら浩之の苦労も水の泡だもんね」
「先輩の…苦労?」
何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「そうよ。浩之ってばこのところ連日遅くまでバイトばっかりしてたからね。練習までサボって」
「…バイト? 綾香さんと会ってたわけじゃないんですか?」
「はぁ…やっぱり完全に勘違いしてたわね。あの様子だとひょっとして…とは思ってたけど」
「え…かん…ちがい?」
「そうそう、勘違い。別に葵が心配するようなことはないから安心して。今日はたまたま浩之に買い物につきあって
くれって頼まれただけよ。さっきのアレは…バイトのし過ぎで疲れて倒れそうになってただけよ」
「そうだったんですか…それを私…すみません、綾香さん…」
「いいのよ別に。せっかくの浩之の苦労を無駄にはしたくなかったから」
苦労…?
そうだ、先輩は一体何のためにバイトしてたんだろう?
「葵…今日は何の日か知ってる?」
「何の日って………あ……」

 私自身もすっかり忘れていた。

今日……そう、今日は私の誕生日…。

ということは…もしかして…。

「先輩…まさか私なんかのために…」
「やっと気づいたみたいね。さ、葵、今ならまだ間に合うわよ…あ、そうだ、いいもの貸してあげる」


 色々あった今日一日。
大変だったけど、改めて気づいたことが一つある。
それは、自分が思っていた以上に、私の中の先輩がかけがえのない存在だということ。
なくして初めて分かる大切さ。そういうこともあるんだなぁと思った。


 大変な一日だった。
だけど、まだ終わりじゃない。このままで終わらせたくない。


 電話を手に取る。すっかり覚えた順番でボタンを押す。
数回コールした後、今一番聞きたい声が聞こえてくる。
「もしもし、藤田ですけど」
「…先輩ですか?」
「あ、葵ちゃん?」

「…綾香さんから聞きました。そういうことだったんですね」
「ごめん…どうしても葵ちゃんには秘密にしておきたかったから…」
「駄目です。許してあげません」
「…やっぱり怒ってるか…ホントにごめん…」
「許して欲しかったら、ちゃんと今日中にお祝いしてくださいね。私のそばで」
「…え?」

「私の誕生日のために一生懸命頑張ってくれた先輩の気持ち、すっごく嬉しいです。
その気持ち、私の勝手な勘違いで無駄にしたくないです。だから…ちゃんと今日中に
プレゼント…渡してください。そして私の目の前で『おめでとう』って言ってください。
だから…先輩に会いたかったから…先輩の大切さが分かったから…」




「会いに来ちゃいました。先輩、外は寒いです。早く中に入れてくださいね」
そういって私は綾香さんに借りた携帯を切った。

 先輩が慌てて玄関に駆け下りてくる音が聞こえる。
私の大好きな先輩が。

 そしてドアは開いて…。


  < 終 >





  (後書き)

 …ふぅ…半年…長かった…ホントに長かった…(^_^;;;;)

 というわけで、実に半年ぶりの葵ちゃんSSの新作です(核爆)。
さすがにクリスマスや正月は越しても誕生日は越せまいと言うことで
難航してるシリーズものをほっぽってとっとと書き上げ…。
うーん、ネタさえしっかりしてれば割と楽に書けるのね(笑)。
…2時間ってところかな(爆)。

 まぁ単純にらぶらぶで書くのもなんだなぁということでちょっとだけ
ひねってみました。どこがじゃーとかいわれそうですが。

 ま、たまには葵ちゃんをいぢめるのもよいかなと(滅爆)。

 …剃刀や不幸のメール等は勘弁してね(^_^;;;)

 それでは…なるべく早く次が書ければいいなぁ…((((((((;;;^_^)


  トップのページに戻る  SSのページに戻る