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〜 失いゆくもの 〜


空気は冷たいが陽射しは強く、過ごしやすい冬の日であった。

時計を見ると、2時を回っている。
今日もまた、大会の模様を開会式から見学に行くことは出来なかった。
午後からでは少なくともベスト4には残っていなくてはならないが、
あの娘のことだから、普段通りの実力を出していればそのくらいは軽いだろう。

(…また、土壇場で緊張してなきゃいいけどな)
そんな心配も、今ではほとんど笑い話として気軽に話せるくらいにはなっている。

高校を卒業してからは思っていた以上に時間が取れず、
格闘技同好会からはやや疎遠になった。
当然、葵との時間も以前に比べて減りはしたが、
それでも交際が続いていた理由はやはりお互いの想いの強さ、という事になるだろうか。
浩之自身としても、葵があそこまで素直な娘でなかったら
葵を信頼し続けることは出来なかったかもしれない。


会場が迫る。
中の喧騒と熱気が、外にまで溢れ出てくるようである。
気持ちが昂ぶる。自然と歩みが速くなっていた。





「ただ今より、エクストリーム個人戦女子の部、決勝戦を始めます。
 来栖川、松原両選手、入場してください」

廊下。
一際、アナウンスが響く。

足が、手が、震えている。
もう何度も経験したはずなのに、完全に慣れ切ることは出来そうにない。
この雰囲気は、やはり苦手だ。
ひょっとしたら、生まれつきなのかもしれない。
考えが暗い方に行きかけたので、慌てて頭を振った。
胸の鼓動がうるさい。

(…なんとかしなくちゃ…)

そう思えば思うほど、なんとも出来ない自分に焦りを感じる。

突然、肩を叩かれた。
振り返る。

あ ────

「また緊張してるのか?」
優しい声。聴き慣れてるはずなのに。
「は、ハイ…やっぱりちょっと…」
「でも、前に比べたらずいぶんマシになった方だよ。
 最初の試合のときなんかホントにこの世の終わりが来たんじゃないかって顔してたからね」
頬が赤くなるのが判る。無意識に俯いてしまった。

頭を撫でられた。暖かい、手。

「大丈夫だよ」

はっきりと、そう言われた。
その一言だけで。胸の霧が晴れていく。
顔を上げる。

「普段の練習通りの力が出せれば、負けっこないよ。松原さんは強いんだから」
正面からまっすぐに見つめられた。
恥ずかしい。が、目を逸らす事が出来ない。言葉に詰まる。

唇に、暖かいものが触れた。

「頑張れよ」

鼓動は、おさまってはいなかったが、先程までとは質が変わっていた。
自信が、沸いてくる。

「ハイ!がんばります!! 岡島さん!」

背中をぽんと押された。
「よーし行ってこーい!
 …は、いいんだけど、そろそろ敬語は何とかならない? 同級生なんだしさ」

ごめんなさい。クセなんですよ。
振り返りながら、微笑んだ。

手足の震えは、止まっていた。





浩之は、呆然と立ちすくんでいた。
目の前の光景を、にわかには信じられなかった。
二人の関係は、途中から想像がついた。そして、自分がどんなに卑怯な行為をしているのかも。

それでも。
目が離せなかった。
足が動かなかった。
声が出なかった。

まるで夢を見ている時のように、体の自由が利かず、出来事だけが着実に進んでいった。





暗澹たる気持ちで、会場を出る。
試合自体は途中までしか見なかったが、結果は簡単に予想できる。
あの動きが出せているなら、負ける事など無いだろう。
恐らくは、あの来栖川綾香にすら。

その要因はまさに。
彼によるものなのだろう。

…あの時の様に。


こんな時が来ることは、半ば想像できていたはずである。
そのための覚悟も、自分ではしていたはずだった。
が、やはり想像と現実とでは。

重みが、違う。



現実を現実としてはっきりと享受することも出来ず、
かといって先程の光景を否定することも出来ず、
満足な思考も出来ないままに、
辺りには冬の寒さと暗さが妙に際立っていた頃、
いつのまにか家に辿り着いていた。




薄暗い。
電気をつける気もしなかったが、惰性で体がそう動いた。敢えて消す気力も起きなかった。
なんとなく、戸棚に目をやった。ガラス瓶。
──── 酒、か。
手を伸ばす。
そんなに飲む方ではなかったが、気分を紛らわすことくらいは出来るのではないか、とは思った。
グラスに軽く一杯注ぎ、一気に空けてみる。
液体自体は冷たいが、喉は熱くなった。

視界が、少し広がる。
写真が、目に入った。

二人の男女が、中央に寄り添って映っている。
女の方は、恥ずかしさと嬉しさが抑えきれないような表情をしている。
卒業式に、葵と一緒に撮った写真だ。

(…あの時は…志保の奴が何かと冷やかしながらシャッター切ったんだったな…)

無意味な回想が頭をよぎる。
そんなものを思い出したところで、今の状況には何の関係も無い。

(…あの娘もやっぱり…成長…していくんだな…)

そう考えたところで。玄関のドアが開く音がした。



「…どうしたんですか? お酒なんかそんなに好きじゃなかったでしょう?」
心配そうな顔つき。
「…いや…今日はなんとなく、な」
一瞬困ったような顔を見せたが、すぐに微笑んでくれた。

やや救われた気持ちになる。

「そう言えば、試合、どうでした? 見学に行ったんでしょう?」
正直、あまり答えたくはなかった。
「まあ、な…」
「?」
ややあどけなさが残る顔。正面から見つめられると、嘘が吐けない。
気付けば、幾分か気持ちが落ち着いている。
酒のおかげか。それとも───。
瞳は依然、まっすぐこちらに向けられている。

観念した。

「…正直、似てるな、と思ったよ。『血は争えない』って言葉、本当だね」



依然不思議そうな眼差しをこちらに向けている葵に笑いかけながら、
娘、碧の成長を寂しくも思いながら嬉しくも思う、松原浩之であった。




どうも、赤右京です。
1億ヒット予定SSです。あと99900000ヒット!(笑)
まあそれは良いとして。

例によって、状況伝わりますでしょうか?
表現力に乏しくて申し訳ありません。
つーかどこが葵SSか。(笑)

良かったら感想ください。
それでは。


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