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〜ごめんなさい…来栖川先輩〜

                          writed by Hiro





「はぁ、やっと授業が終わったぁ〜
 今日はお掃除当番もないし、すぐ神社にいけるな。
 先輩より早く行って準備しとかなきゃ」
 
学校での長い一日がおわり、後は先輩との練習が待つばかりです。

「先輩、準備はしておきますからね。すぐ練習に入れますよ」

些細なことですけど、先輩のために何かしてさしあげたいんです。
さあ、急がなくっちゃ。

「靴紐はしっかり結んで…っと。
 今日はタイムを縮められるかな?」

あ、わたし、ウォーミングアップも兼ねて神社まで走って行くんです。
へへへ、知らなかったでしょ?

「ホント、カバンが邪魔だなぁ。デイバックで通学しちゃいけないのかなぁ?」

よし、スタートです。って、あれ?

「来栖川先輩だ」

来栖川先輩が校門の所でたたずんでいます。
お迎えでも待っているのかなぁ。
挨拶ぐらいはしないといけないよね。

「失礼しまーす!」
「……」

え…?手招き?

「あの…わたしに御用ですか?」
「……」(こくこく)

うなずいてる…
なんだろ。

「なにか?」
「………」
「え?付き合って欲しいんですか?」
「………」(こくこく)

練習があるんだけどなぁ。

「………」
「もうすぐ、迎えの車がくるから一緒に来て欲しい…ですか?
 でも、わたしこれから…」
「………」
「藤田先輩も一緒に来られる…って…」

先輩、そんなこと言ってたっけ。

「………」
「わたしが来るからって、誘ったわけですか?」
「………」(こくこく)

いったい、なんなんだろう?

「先輩、おまたせ…って、あ、葵ちゃん。なんだ、もう来てたのか」
「…先輩…」
「何の用だか、聞いてる?」
「いえ、まだですけど…」
「ねぇ先輩、いい加減何の用か教えてよ」
「………」
「今は内緒?…
 あのね、オレと葵ちゃんはこれから神社へ行かなきゃなんないんだけど」
「………」
「時間はとらせないって…ホント?」
「………」(こくこく)

ちょっと残念だな。
これから先輩とふたりっきりになれると思ったのに…

『キキ〜ッ!』

突然、おっきなリムジンが目の前に止まりました。

「お嬢様、お待たせいたしました」
「お、じじい、久しぶりだな」
「うぬ、あのときの小僧か。
 いっとき、お嬢様につきまとってくれおって、えらく迷惑したわ」

つきまとって…ですって!?
『ギロ!』
思わず先輩を、にらみつけちゃいました。

「じ、じじい、や、やだなぁ。つきまとうなん…
 あれ、葵ちゃん、目つきが怖いよ…」
「先輩!来栖川先輩につきまとっていたんですかぁ?」

ぶるぶる!
先輩が懸命に首を振っています。

「を、をい!じじい、人聞きの悪いこと言うなよ!」
「かぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
 じじいではなぁい!セバスチャンという愛のニックネームがあるわぁ!」 (ぽ!)

せ、せばすぅ?…
なにそれ?
それに…顔が赤くなってる。

「………」
「な、なんですとぉ?このような下賎な輩どもをご自宅に連れてまいると申される?
 なりませぬ、なりませぬぞぉ!旦那様に叱られてしまいまするぅ!」
「やい、じじい!さっきから聞いてりゃ、言いたいこといいやがって…」
「だからじじいではぁ!」
 ズサ!
「ないわぁ〜〜〜!」
 ヒュ!
「うわ!」
「先輩、危ない!」
 ビシ!

思わずわたし、勝手に体が動いて、このじじ…いけない、セバスチャンさんの
右ストレートを払いのけちゃいました。先輩のことになると、つい…

「ほほう、そちらのお嬢ちゃんは、なかなかやるのぅ。
 さてはおぬしも、戦後の焼野原で…」
「こら、じじい!この子が、てめぇと同年代に見えるか!?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ほんのシャレじゃわ」
「こんの、じじい!」
「だから、じじいでは…」
くいくい!
「………」
「お嬢様、この小僧に鉄槌を…は?時間がもったいない…ですと?」
「………」
「もう、旦那様のお許しを頂いてます?
 それを先におっしゃっていただきませんと…」
「………」
「わたくしめが、暇を与えられませんでした?
 それはそれは申し訳ございませんでした」
「………」
「おい、小僧。お嬢様のお許しを頂いたぞ。
 さっさと車に乗るがいい。ただし、助手席じゃぞ。そこのお嬢ちゃんもな。
 貴様如きが後部座席に乗ろうなぞ、100年早いわ」
「だ・か・らぁ、さっきから先輩は一緒に来いっていってるじゃねーか!」
「有り難く思え」
「この、くそじじい!全く人の話聞いてねーな」
「せ、先輩、早く御用を済ませて練習に行きましょうよぉ」
「お、それもそうだな…ほら、じじい、とっとと車を出しやがれ」
「せんぱぁい!」


「ねぇ、先輩」
「ん?」
「いったい、御用って…」
「見当もつかないなぁ」
「行けばわかりますよね?」
「だといいけどな…」


「ほれ、小僧、着いたぞ。本来ならな、貴様のような下賎な…」
「うるせーぞ、じじい」
「だから、せんぱぁい」
「………」
「おう、先輩、こっちか?」

うわぁ、おっきなおうち。
わたしも、いつかは先輩とこんなおうちで…
やだ、わたしったら…


「で、先輩、用ってなんだ?」
「………」
「エクストリーム?なんで先輩が…って、そっかスポンサーか」
「………」
「妹の綾香が出る?まぁ、優勝候補だもんな」
「………」
「で、葵ちゃんの実力も大した物だ?ま、まぁな…照れるぜ」

先輩ったら、自分の事みたいに…
ちょっと、うれしいな。

「……」
「そこで、悔いのない試合をして欲しいから…ふんふん」
「………」
「え、練習場所を提供したい」
「………」(こくこく)
「それって、不公平じゃ…」
「………」
「スポンサーの特権?……いいのかぁ?」
「………」(こくこく)
「葵ちゃん、どうする?」
「どうする?っていわれても…」
「………」
「綾香さんの、たっての願い…って。本当ですか?」
「………」(こくこく)

ガチャ

「あ〜ら、葵。お・ひ・さ〜」
「綾香!」
「綾香さん…」
「あおい〜、元気してた〜?」
「お前は相変わらずカルイな」
「浩之、ずいぶんなご挨拶ねぇ」
「綾香さん、こんなとこでなにしてるんですか?」
「ちょ、ちょっと、葵ちゃん」
「?」
「ココ、どこだ?」
「えぇっと、ここは…来栖川先輩のおうちですけど…」
「その来栖川先輩の妹ってのは、誰だ?」
「……あ」

そうか…ここは、綾香さんのおうちでもあるんだよね。
性格が正反対だから、いまだに信じられない…

「葵の天然ボケも困ったものねえ〜」
「ま、まぁ、葵ちゃんの天然ボケはいつものことだからいいとして…
 こ、こら、葵ちゃん、人の足をつねるなって。痛いよ。
 綾香、なんでまた急に…」
「あ〜ら、姉さんから聞いてない?」
「おめぇ、その『あ〜ら』ての、やめないか?
 近所のおばはんの井戸端会議を聞かされてるみたいだ」
「いいの!それより、姉さんから聞いてないの?」
「いや、聞いたよ。確かに聞いたけどさ、ちょっとヘンじゃないか。それ」
「何がヘンなの?」
「だってよぉ、大会に出る人って、それこそ血のにじむほどの努力をしてるんだろ?
 葵ちゃんだけ、特別扱いというのも…な」
「出場者は、みんな神社で練習しているのかしら?」
「……いや、そうとは言わねーけど…」
「あたしが言いたいのはねぇ…」

綾香さんが言うには、神社での練習じゃわたしの実力を出し切れないんじゃないかと。
やはり、設備の整った施設で、合理的なメニューに基づいてトレーニングしたほうが、
よほどわたしの為になる。
そして…

「葵、雨の日でも練習できるわよぉ〜〜」


「せんぱぁい、どうしましょう」
「オレからはなんとも言えないね。葵ちゃんが決めることだろ?」
「先輩、なんか怒っているみたい…」
「…べつに…」

先輩…なぜ怒っているんですか?

「ほれ、小僧、着いたぞ。本来ならな、貴様のような下賎な…」
「うるせーぞ、じじい」
「先輩、さっきと全く同じ会話ですよ」

結局、セバスチャンさんに神社まで送ってもらいました。

「よぉーし、葵ちゃん、まずサンド…」
「……」
「葵ちゃん!」
「…は、はい!」
「どうした?」
「い、いえ!なんでもありません」

いけない…今は練習だ。

『ばしぃっ!』『ばしぃっ!』『ばしぃっ!』『ずば〜んっ!』
『ばしぃっ!』『ばしぃっ!』『ばしぃっ!』『ずばばば〜んっ!』

……
……
……

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「はぁ、はぁ…とりあえず、ひと休みするか?」
「はい」



「なあ、葵ちゃん?」
「なんですか?」
「さっきの話、どう思う?」
「…大変良いお話だと思いますけど…」
「なんか、歯切れが悪いな」
「い、いえ!そんなこと…」
「ま、オレとしちゃ、葵ちゃんがいいんなら文句は言わないよ。
 早速、明日にでも来栖川先輩へ話しておくよ」
「すいません」


「はぁ〜」

お風呂の中で、今日のことを振り返ってみる。

「たしかに、良いお話なんだけど…」

たしかに願ってもないお話だ。大会出場の為には出来る限りのことをしたい。
でも…でも、神社で先輩との練習が…せっかく、ふたりで頑張ってるのに…

「いいや!お願いすることになっちゃったし」



翌日の昼休みです。

「せ・ん・ぱい」
「おう、葵ちゃんか。もう、オレ、飯食っちゃったぞ」
「違いますよぉ。お願いに…行っちゃいました?」
「んにゃ、まだだよ」
「じゃ、これから…」
「そのつもりだけど」
「わたしも、ご一緒していいですか?」
「そりゃ、かまわないよ」
「やはり、わたしの為に綾香さんもああ言って下さるんですし…ですからわたしも」
「よし、行くか」



「あの〜」
「なにかしら?」
「来栖川先輩を…」
「あ、ちょっと待っててね。…芹香ぁ、二年生の…えーと、藤田君が」

なんでこの人、先輩の名前を…

「………」
「先輩、こんちは」
「こんにちはぁ」
「………」
「え?…昨日の話だけど…」
「………」
「うん、お願いしようかな…って」
「お願いします」
「………」
「綾香も喜ぶ…はは、こりゃどうも」
「………」
「いつから?って、ん〜出来れば今日からでもいい?」
「………」
「そうなると思って、もう準備してる?はぁ〜、手回しのいいこって」
「………」
「予知だぁ?それじゃ、琴音ちゃんだって。
 ん!琴音ちゃんは、念力だぞ…さては、仕組んだな」
「………」(ふるふる)
「…仕組んでない?ま、いいか。
 放課後、一緒に帰ろう?じゃ、お願いするかな」
「………」
「とにかく、そーゆーことで」


放課後になりました。

「お嬢様、おまた…こ、小僧!」
「あんだよ、くそじじい」
「先輩!また…」
「おのれぇ〜、昨日ならず今日までも」
「あ〜、わかったわかった。下賎な輩は前の席だろ?勝手に乗るぜ」
「誰が乗って良いと…」
くいくい
「………」
「は?お嬢様が?左様でございますか。おお、そうでしたな。旦那様のお許しはもう…
 おい、小僧、さっさと乗れ。あまり、こちらに寄るのでは無いぞ」
「誰がすき好んで、こんなくそじじいに寄り添うんだよ」
「お、おのれぇ、いずれかは決着を付けねばならんな」
「せんぱ〜い、やめましょうよぉ」
「葵ちゃん、だいじょぶだよ。
 このくそじじいは、ストリートファイトで顔を殴られ過ぎてツラの皮が厚いんだ」
「先輩ったら…」
「ぬぅ〜、お嬢様の前でなかったら、この場で叩きのめしてくれるものを…」
「へ・へ・へ〜…上等だぁ、このくそじじぃ!!!」

…どうしよう…なんとかしないと…

「………」
「お、お嬢様、お止めになっても無駄でございますぞ。
 この小僧の腐った性根を叩き直さないことには、わ、わたくしめの気持ちが
 おさまりませぬぅ!」
「おめぇよぉ、な〜に一人で時代劇みて〜なことやってんだ?」
「………」
「もうそろそろ、やめろってか。そうだなぁ。
 こら、そこのじじい、いい加減やめよ〜ぜ。アホらしくなってきた」
「ぐふーぐふー」

セバスチャンさん、血管が切れなければいいけど…


「ふぅ〜、着〜いた、着いたっと。
 まったく、このじじいの運転は乗り心地が悪いなぁ。
 先輩、毎日こんな目に遭ってんのか?同情するぜ」
「ねえせんぱぁい、そんな敵意むき出しにしなくても…」
「いいんだって。このじじいは、コレぐらいしてやんないとボケちまうんだよ」
「小僧、いつかは…」
「さ、先輩、中に入ろうぜ」


「おぉ、さすがは来栖川コンツェルン。すっげー設備だなぁ」
「………」
「お気に召しましたか?って、充分だぜ」

あ、来栖川先輩がちょっと笑顔を見せたような…

「葵、早速来てくれたのね」
「おっす」
「こんにちは。お世話になります」
「い〜の、今度の大会は大した顔ぶれは揃ってないし。
 私は葵と必ず当たると信じてるからね。
 どうせなら、ベストな状態で臨みたいでしょ?」
「はぁ…」
「それにね、葵」
「はい?」
「葵がどれくらい成長したか、自分の目で確かめてみたいのよ。
 そのためには、後で組手に付き合ってもらうわよ。わかった?」
「はい!」


「ねぇ、綾香さん」
「なにかしら?」
「いろんな道具がありますね」
「そりゃそうよ。私だって必死だもん…
 一人だけね、手強い子がいるの。その子だけには負けたくないから」
「え?さっき、大した顔ぶれは揃ってないって…」
「葵」
「…なんですか?」

綾香さんが、『やれやれ』って顔してわたしのことを見ています。
また、馬鹿にされるのかな?
やだなぁ…

「あんたってほ〜んっとに、鈍いわねぇ。
 そんな事じゃ、浩之に逃げられちゃうわよぉ
 もっとも、葵が鈍いお陰で姉さんにも勝ち目があるってことか……」
「………」(ぽ!)
「こ、こら!綾香、なに言ってんだ」

え?あれ?来栖川先輩が顔を赤くしてる…
先輩も目を白黒してる…
へんだなぁ。
でも、わたしが鈍い事となんの関係があるんですかぁ?

「私がね、負けたくない相手って」
「……」
「あなたの事よ」
「え?」
「ハッキリ言って、他の連中は大したこと無いわ。
 でもね葵、あなただけは油断できないと思ってる」
「え?え、え、え、でも…わたしなんてそんなに強くないですよぉ」
「あなたねぇ、謙虚が美徳なんて考えたら大間違いよ。
 葵には実力があるの。ただ、大事なときにあがるなんて馬鹿な癖がなければ
 今までの大会で優勝していてもおかしくなかったのよ」
「”馬鹿な”はよけいです…」
「いいから聞きなさいって。あなたの、その馬鹿な癖が…」
「ですから、”馬鹿な”は…」
「いいから!でね、その癖が無くなれば、私の足下をすくわれるのは目に見えてるの。
 そうすると、私も必死にならざるを得ないってわけ。わかった?」
「まぁ、それはわかりました。
 でも、なぜわたしに場所を提供して下さるんですか?」
「オレも同感だな」
「あ〜ら、この間説明しなかったかしら?」
「なんか、話が上手すぎるぞ」
「ううん、別に他意はないわよぉ〜」
「その、語尾をのばすのが怪しいんだよな」
「さあ、そろそろ始めるわよ。浩之も姉さんも邪魔にならない所に行ってよ」




「先輩、綾香、今日はさんきゅ!」
「本当にありがとうございました」
「………」
「いいのよぉ。それより葵、あなた、また腕を上げたわね」
「いえいえ、まだわたしなんか」
「あなたねぇ、謙虚が美徳なん…ま、いいか。
 ここらへんが、葵らしいところだものね。
 そうそう、明日も来るんでしょ?」
「はい!出来れば…」
「じゃ、そろそろ行くか。
 あ、帰りはあのくそじじいの世話にはなんねぇよ。
 よけいに疲れちまう。じゃな!」
「さようならぁ」


夕方。もう、あたりは薄暗くなっちゃってます。

「葵ちゃん、今日はお疲れ」
「先輩こそ」
「オレは何もしてないさ。ただ見てただけだし」
「そういえば、来栖川先輩とずいぶん親しげに話してましたね」

そうなんです。練習の時、先輩のことが気になって、
ちらちらと見ていたんです。
綾香さんには怒られちゃいましたけど。
「ちょっと葵!よそ見してるとケガするよ!」って。

「そ、そーかー?んなことないと思うけど…
 ちょっとヒマだったんで、話をしていただけなんだけどな」
「ヒマ…だったんですか…」

わたしのこと見ていてくれなかったんだ…

「葵ちゃん、なんか様子がヘンだぜ」
「…そんなこと無いです…あ、それより、お腹が空いてません?」
「そりゃ、この時間だからさすがに…」
「じゃ、夕ご飯ご一緒します」
「え?葵ちゃん、家でたべんじゃないの?」
「ううん、いらないって言ってきました。
 たまには先輩と、って思いまして。ご迷惑でした?」
「とんでもない!光栄の至りでございます」

先輩、そんな大袈裟な…

「で、どこ行く?毎度ヤックじゃ芸がないしなぁ」
「この近所に、スーパーなんてあります?」
「へ?スーパー?ん〜、たしか、商店街の方まで行かないと無いと思ったけどなぁ。
 なんでまた。まさか葵ちゃん、試食コーナーで済ませようなんて…」
「変なこと言わないでくださいよぉ。わたしがお作りしますので…
 先輩のおうちでご飯たべましょ。ね?」
「え?え?え?葵ちゃんが作ってくれるの?イャッホ〜〜〜〜〜!!!
 うぅ〜、生きててよかったよぉ!葵ちゃんの手料理が、作りたての手料理がぁ…」

先輩、踊り狂ってます。そんなに嬉しいんですか?

「やっぱ、生きててよかっ…ん!まてよ、葵ちゃん、練習が終わったばかりで…」
「大丈夫ですよぉ。最近、お料理の勉強をしているんです。
 この間、お母さんに言われちゃいました。
 『葵、あんたも女の子なんだから、好きな男の子のために料理ぐらいは…』あ!」

やだ、また変なこと言っちゃった…わたしって、内緒ごとができないのかなぁ…

「そ〜か、そ〜か、好きな男の子のために…当然、オレのこと…だよな?」
「……そんなこと…言うまでも…ありません…よぉ…」

わたし、だんだんと、声が小さくなっちゃって…

「嬉しいな、葵ちゃん。ほれ、ご褒美だ」
『ギュ!』
「あ…」
『チュ!』
「!」

先輩が、わたしのほっぺに…
でも、ほっぺか…少し残念…

「せせせ、先輩!こんな道のまんなかで」
「ははは、照れてる葵ちゃんって、ホントにかわいいな。おかわり、いる?」
「こ、ここではもういいです。とにかくお買いものに行きましょうよぉ」
「ここでは…ね。おっけ〜、んじゃ、行くか」


「せんぱぁい、何が食べたいですか?」
「ん、なんでもいいぞ。そうだ、葵ちゃんにスタミナ付けてもらいたいから、
 肉にしよう。にくニク肉…」
「そんな…欠食児童じゃないんですから、にくにくって騒がないでください」
「お、ワリィワリィ、とにかく、葵ちゃんの食べたい物で」
「そぉですねぇ…」

結局、先輩に押し切られた形になり、お肉にしました。



「ふぅ、やっとウチに着いた」
「おじゃましま〜す」


「調味料は大体揃ってるっておっしゃってましたよね?」
「ん?ま、まぁな」

せんぱい、そんな気にしなくてもいいですよ…

「じゃ、遅くなっちゃうので始めちゃいますね。
 先輩はシャワーでも浴びちゃいますか?」
「別に、まだ早いような気もするけど…一緒に入りたいの?」
「そ、そういうわけじゃ!」

もう、先輩ったら。

「いいや、テレビ見てる」



「はい、出来ましたよぉ」
「いやいや、悪いね。疲れているのに」
「いいんですよぉ」
「いっただきま〜す!」
「いただきま〜す」




「いや〜、食べた食べた」
「ごちそうさま〜」
「葵ちゃん」
「はい?」
「とっても、うまかったぜ」
「先輩に喜んでもらえて、わたしも嬉しいです」
「よし、よし、ご褒美の続き。こっちおいで」
『ギュウ』
「葵ちゃん、目をつぶって」
「……」
「…ん」
「…はぁ…」
「…ふぅ…」

「葵ちゃん?」
「……はい?」
「二階へ…上がる?」
「抱っこ…」
「え?」
「抱っこして…連れていって…下さい」

その日、初めて先輩に……
わたし、がんばりました…せんぱいのために…


「…先輩?」
「ん…なに?」

気怠そうな先輩の声が返ってきます。

「この間、セバスチャンさんの言っていたこと…」
「なんだっけ?」
「あの…その…来栖川先輩につきまとっていた…って」
「…あぁ、あれか」
「……」

先輩、なにか言いにくそう…やっぱり本当だったのかな。

「…隠しても…仕方ないな。そうだよ、事実だ」

やっぱり…

「葵ちゃんが入学する前のことさ。ちょっとね……色々あって」
「色々って…」
「ん〜、実は…」
「言わないでください!」
「葵ちゃん…」
「今は、今はその色々というのは…今でも…その、色々…」

わたしって、何言ってるんだろう?…何が言いたいんだろう…

「葵ちゃん!落ちつけって」
「でも…でも、でも、でもでも…今でも…あ…」
『ギュ』

先輩が…わたしを抱きしめて…

「葵ちゃん、頼むから落ちついてくれ。ホントに頼むから」
「…ごめんなさい…わたし…」
「葵ちゃん、オレを信じて…なっ」
「はい…」

不思議だ…先輩に抱きしめられると…落ちつく…

「葵ちゃん、これだけは言っておく。
 オレは何があっても、葵ちゃんの前から消えない。
 必ず…何があっても…」
「……」
「だから…どんな時でも…オレのことを…」
「…わかりました…」

そう、先輩のことを信じなきゃ…
先輩だけは…




「じゃ葵ちゃん、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
「あ、っと…それから、今日はごちそうさま」
「大した物が作れなくって」
「それだけじゃ無いんだけどな」

先輩のいじわる…

「……キライです!」
「ははは、ごめんごめん。また明日な」
「はい!失礼します」


「ただいまぁ」
「おかえりー。あれ、帰ってきたんだ」
「え!お母さん、どーゆー意味?」
「だって、今日は藤田君とデートでご飯もいらないって言うから
 てっきり、帰ってこないかと思ってた」
「なによぉ、それ。ちゃんと帰ってくるわよぉ」
「ふーん…じゃ、お風呂に入って寝なさい」
「はーい」


『ぽちゃん』

「ふぅ」

今日は、いろんな事があったなぁ。
来栖川先輩との事が少し気になるけど、今は信じておこう。
…信じなきゃ…ね。
それから…

「わたし、初めて先輩に…」

この夜のことは、一生忘れません。
先輩がキスしてくれた唇…
先輩が優しく触れてくれた胸…
だから…
わたしが優しく包みこんで差し上げたあの温もりを、決して忘れないで下さい。
そして、いつまでも先輩のそばにいさせて下さい。

「大好きです…せんぱい…」


「ふぁ〜、眠いな」

夕べはあれこれ考えすぎて、なかなか寝付けませんでした。
それに、今日は早起きをしなきゃいけなかったし…

「あ、先輩だ」

っと、神岸先輩もいる…
ちょっと、照れくさいな…
でも、挨拶しなくちゃ。

「おはよーございまーす」
「あ、松原さん。おはよう」
「お?あ、あぁ、葵ちゃんおはよう」
「今日もいい天気だね」
「ふふ、そうですね」
「あれ〜、なんか松原さん、御機嫌だね」
「え?そうですかぁ〜」
「うん、晴れ晴れとした顔してる」
「はい、心の整理が出来たものですから」
「?」

そう、これはわたしと先輩だけの秘密…

「そういえば、来栖川先輩の所で練習しているんだって?浩之ちゃんに聞いたよ」
「そうなんですよ。設備がすごく整ってまして、びっくりしちゃいました」
「へぇ〜。浩之ちゃん、そんなにすごいの?」
「へ?あ、い、いや、そう、うん、す、すごいぜ。ありゃ、大したもんだ。
 あかり、葵ちゃん、オ、オレ、ちょっと用があるから、先に行ってるわ」
「え?ひ、浩之ちゃん…行っちゃた…どうしたのかなぁ?」
「くすっ。さあ?」

先輩も照れくさいんだなぁ。



「せんぱ〜い」
「あ、葵ちゃん」
「今日はパンですか?」
「いや、雅史のヤツが弁当持ってきてるから、学食かなって」
「ちょうどよかったです。お弁当あるんですよぉ。屋上へ行きませんか?」
「うぅ〜、二日連続で葵ちゃんの料理が食べられるなんて…
 オレってもしかしたら幸運の星の下に生まれてきたのかなぁ?」
「せんぱぁい、昨日から大袈裟ですよぉ」
「ん〜、それだけ嬉しいってことさ。屋上へ行こうぜ」


「ねぇ、先輩?」
「ん?」
「昨日は…そのぉ…」
『チュ!』
「あ!」

また、ほっぺに…

「さんきゅ!」
「え?」
「かわいかったぜ」
「……」

どうしよう…顔がだんだん赤くなって…

「とにかく、来栖川先輩との事は忘れろ。で、オレを信じること。わかった?」
「…はい!」

『キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン』

「五時間目、始まっちゃうな。行こうか」




それから五ヶ月間、わたしが道場へ行く日を除いて、毎日のように来栖川先輩の
おうちへ通いました。

「葵、いよいよあさってからね」
「はい」
「お互いにベストを尽くしましょうね。ってそれから…
 あ、浩之、ちょっとあっちに行ってて」
「なんで?」
「葵と打ち合わせよぉ〜」
「よくわからないけど、まぁいいや。終わったら呼んでくれよ」


「で、綾香さん、打ち合わせって…」
「馬鹿ねぇ、ここまで来てなんの打ち合わせがあるの?」
「でも…」
「葵、私たちの負けみたい」
「?」

わたし、綾香さんの言っていることがわかりませんでした。

「浩之が姉さんと付き合っていたって知ってる?」

あ…あの、”色々”のことだ…

「い、いえ…」
「昔ね、浩之と姉さんは付き合っていたの。
 でもね、ウチって自分で言うのもなんだけど、お金持ちじゃない」
「…はい」
「それで浩之が『自分ではつり合わない』って別れたの。
 姉さんの体面を考えた末のことだと思うけどね。
 別に気にすることもないのに…」
「……」
「もっとも、姉さんにはそんなこと、一言もいわなかったわ。
 何か、他の理由をつけたみたい。
 とにかく、浩之が一方的に悪者になって、姉さんをふった形になったわけ」

そうだったんだ……

「それから姉さんはしばらくの間、目も当てられない状態だった。
 ただでさえ、ボ〜っとしてるでしょ?姉さんって。
 そんな姉さんが、目に見えて落ち込んでるんだもん。
 私、浩之のこと責めたわ。
 『どうして?なんで姉さんを…』って
 そうしたら、教えてくれたわ。さっきの理由を。
 かなりきつく口止めされたけどね」
「……」
「でもね、姉さんは諦めきれなかったみたい。
 なんとか、昔みたいに戻りたいって。
 そんなことがあって、私に相談してきたのよ。
 どうすればいいかって…」
「それで…」
「そう。葵をウチで練習させておけば、少なくともは姉さんは浩之のことを
 独り占めできる。その間になんとかしちゃいなさいって。
 もっとも、私にもメリットがあったんだけどね」
「どんなメリットですか?」
「決まってるじゃない。葵、実戦に一番近い練習法はなに?」
「はい…組手です…」
「そうね。組手は一人じゃ出来ないでしょ?」

そんな…そんなの、ひどすぎます。

「だからって…そんな…」
「確かに今回のことは葵を利用させてもらった形になったわ。
 それは謝る。でもね」
「……」
「私ね、姉さんのあんな嬉しそうな顔を見たの初めて。
 この五ヶ月間、姉さんってば、とてもイキイキとしていた。
 やっぱね、妹としても嬉しいよ」
「でも…」
「葵、人の話は最後まで聞くこと。
 いい?さっき『私たちの負けみたい』って言ったの、覚えてる?」
「…はい」
「昨日ね、もうすぐ最後だからって、姉さん、アプローチしたの。浩之に」

続きを聞くのが…恐い…な。

「見事にふられちゃったわ
『オレには葵ちゃんがいる』っていわれて…」

…だから…来栖川先輩は今日、いないんだ…

「姉さん、泣いてた。それも、大きな声で…『藤田さんにふられちゃった』って。
 『来栖川の名前を捨てる覚悟も出来ていたのに』って。
 気がついていたみたいね。別れなければならなくなってしまった本当の理由を。
 夕べはなだめるの、大変だったんだから。
 まさか私も、半年も満たない間に、姉さんの一番嬉しい顔と一番悲しい顔を見るとは
 思わなかったなぁ」
「……」
「もう、昨日は大変。大騒ぎだったわよ。姉さん、すっかり取り乱しちゃて」
「わたし、何と言っていいか…」
「あ、別に私は葵を責めてるわけじゃないの。もちろん、浩之のことも。
 この事については、悪者は誰一人としていないわ。
 ただ…お互いの立場が微妙に違っていただけ。
 姉さんは来栖川家の長女で、いずれはお婿さんを取り、家を継がなければならない。
 浩之は浩之の立場がある。それだけなの。
 そう、それだけ。
 以上よ。私の話って」
「わかりました…」
「あ、それからね」
「…はい」
「浩之って、馬鹿みたいに優しいから、今まで通りに姉さんに接すると思うの。
 でもさすがに、これから何日かは…ね。
 姉さんは私の方で何とかする。さて、浩之は誰が面倒見るのかしら?
 なんだったら、彼も私が…」
「……」
「葵!」
「!」
「あなたねぇ、いっくら天然ボケっていっても、ここまで話を聞いてわからないんじゃ
 天然ボケを通りこした、ただの大馬鹿者よ!何をぐずぐずしてるの。
 早く浩之の所へ行きなさい。わかった?」
「はい!わかりました」
「ゴメン!もう一つ」
「なんですか?」
「明後日から、気合いを入れてがんばるのよ。
 たぶん、決勝は三日目になると思うの。待ってるわよ」
「綾香さん」
「なによ」
「すごい自信ですね」
「あなたが登ってくることを信じてるからね。だから、私は誰にも負けない。
 格闘技では…ね。
 呼び止めてゴメン。早く行きなさい。
「はい!失礼します」

そっかぁ、そんなことが…



「先輩!」
「なんだ?打ち合わせはもう…」
「そんなこと… それより、綾香さんからお話を伺いました」
「え?綾香から?まさか…」
「はい、昔の、あの…来栖川先輩とお付き合いしていたこと、わたしに練習場所を
 提供してくれた本当の理由、そして…」
「……」
「この五ヶ月間になにがあったか…全てのお話を…です」
「…あのおしゃべり女が…」
「綾香さんを責めるのはやめて下さい。
 綾香さんだって、何か考えがあっての事だと思います。
 たぶん…この事で一番辛かったのは先輩だったんじゃないかな?って」
「でも…な、オレは来栖川先輩のことを…」
「先輩!!」
「え?」
「何を言っているんですか?
 先輩は、今、その…誰のことを一番…あの…好き…なんですか?
 来栖川先輩ですか?それとも?…」
「き、決まってるじゃないか…当然、あお…」
「それを聞いて安心しました。それだったら、結構です。
 私が言いたいのは…人と別れる時、その話をきりだした人間が、
 一番辛いことを知ってるから…」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「今はそんな話じゃないんです。ですから、先輩も辛かったんですよね?
 当然、来栖川先輩も辛かったと思います。でも…でも…」

あれ?なんで涙が出てくるんだろう…

「せ、せんぱいも…つら…かった…んですし、わたしが少しで…もお力に…
 なれ…れ…ばと、思いまして…」
「葵ちゃん…」
「ひっく、ぐす…」
「ゴメンな、心配をかけて…この事は、オレと来栖川先輩との問題だから、
 葵ちゃんを巻き込みたくなかったんだ。だから…」
「それでも先輩は、今日、一緒についてきてくれました。
 来栖川先輩と顔を合わせるのは、かなり抵抗があったかもしれないのに…」
「だって、オレは葵ちゃんのトレーナーだし…
 ついて行かないわけにはいかないだろ?」
「でも辛かった…んですよね?」
「まぁな。正直言って、今日は来たくなかったよ。
 ただ、いきなり来なくなったら、思いっきり不自然じゃないか。
 葵ちゃんにも心配かけちまうしな」
「ごめんなさい…」
「なんで葵ちゃんが謝るんだよ。謝るとしたらオレの方だよ」
「わたしのために…」
「だから、さっきも言ったけど、コレはオレと来栖川先輩の問題だって。
 葵ちゃんが気にする事じゃないんだ」
「葵ちゃん」
「…はい」
「もう、この事は済んだことなんだ。気にするな」
「……」

本当は、私が先輩のことを元気づけなきゃならないのに…
わたしって、ダメだなぁ。

「さぁ、もう帰ろうぜ。いい加減お腹も空いたよ」
「…そうですね。わたしも…」
「今日、夕飯は?」
「おうちにはなにも言ってきてませんけど…
 ちょっと、電話してきます。今日もいらないって」
「いいの?」
「はい!先輩のためにご飯を作って差し上げたいです」

(逆に慰めてもらっちゃいましたしね)

「じゃ、行こうか」
「はい!」

今日も先輩にご飯を作って差し上げられます。
うれしいな…

「先輩」
「なに?」
「これからもよろしくお願いします」
「なんだよ、あらたまって」
「うふふふ」

ずっと、ずっと一緒にいてくださいね。
…だいすきです…せんぱい…


                             おしまい



あとがき

みなさん、こんにちは。Hiroでございます。
五本目、上がりました。
疲れたです。
あとがきを書く気力もないぐらいに。
でも、それだけじゃいくらなんでもなんで…

相変わらずタイトルがお粗末…
どなたかの作品のタイトルに似てしまいました。
ゴメンナサイです。
やたら、長くなった…反省…
エンディングが不満…(これ以上、思いつかなかったんです)
とりあえず、こんなとこで。
次回の時、まとめてあとがきを書きます。

では、またお披露目ができる日まで。


1999年5月 会社にて(…なんて罰当たりな…) Hiro


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