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〜プロポーズ…〜


                            writed by Hiro

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「おかーさん、おっはよー」

日曜日の朝、風がとても爽やかです。
えへへ、わたしって詩人みたい。

「なによ、ずいぶんと機嫌がいいじゃない」
「うん!」
「何かいいことでもあったの?」
「え〜?実はねぇ…」

おととい、先輩をお買いものにお誘いしたんです。
今度の日曜日は道場がお休みなんで…って。ウソですけど…

「なになに?話してごらんなさいよ」
「先輩と…」
「なんだ、ずいぶん楽しそうだな」
「あ、お父さん。おはよー」
「あらあら、やっと起きてきたわね」
「いや〜、テレビが…で、何話しているんだ?」
「葵が朝から御機嫌なのよ」
「なんだ葵、どうしたんだい?」
「え?あ、今日ね先輩と…」
「なに!藤田君か。おーそうかそうか。で、だいぶ進展したのか?」
「進展って?」
「いや、例えば…手を握ったとか…」
「なによそれ…何もありませんよぉっだ」

うぅ〜、ちょっと罪悪感が…

「お父さん、話が進みませんよ」
「あ!悪い悪い…葵の御機嫌な理由だったな。今日、どうしたって?」
「うん、先輩とお買いものに行くの」
「ほほう、なかなか青春してるじゃないか」
「へへへ」
「それで、どこに?」
「まだ決めてないよぉ」
「お父さんも一緒に行っていいか?」
「なに言ってんのよ!だめに決まってるでしょ!!」
「そうか…とても残念だなぁ…」

そんな悲しそうな顔しなくても…

「じゃ、ご飯食べたら行くね」
「もう出来てるわよ。早く食べなさい」
「はーい」


「なぁ、葵」
「なあに?」

お父さんが、目玉焼きをフォークでつつきながら上目遣いでこちらを見ています。

「ホントに、今日一緒に行っちゃ…」
「だめ!」
「はぁ〜」


「行ってきま〜す」
「あまり遅くならないようにねぇ〜」
「は〜い」

今日は遅刻しないようにしなきゃね。




「せんぱ〜い、おまちどうさまー」
「よ!おはよー」
「あ、おはようございます。すいません、突然お誘いしちゃって」
「いや、それはかまわないけど…最近、道場は休みが多いな」
「え?あははは…そ、そうですね」

うぅ〜、また罪悪感…

「ま、いいか。で、何買うの?」
「あ、あの…特に決めてないんですけど…」
「へ?」
「…ウィンドウショッピングなんていいかな?って思いまして…」
「ふーん。じゃ、とりあえず行くか?」
「はーい」


「なんか欲しい物あるの?いや、今日って意味じゃなくて…」
「はい、そろそろ夏物が欲しいなと思いまして」
「そうすると…まずはブティックかな」
「そうですね」


「せんぱぁ〜い、こんなのいかがですか?」
「ん〜…それもいいけど、葵ちゃんだったらこっちのほうが…」
「え〜、そんなフリルのいっぱい付いたのですかぁ?」
「絶対似合うって」
「そうかなぁ?」

久しぶりです…こんなひととき。


「ふぅ、いい加減疲れたな。どっかで休むか」
「はい」


『カラ〜ン』

「いらっしゃいませぇー」

「ご注文は何にいたしましょう?」
「オレ?…アイスコーヒー」
「じゃ、わたしアイスオーレお願いします」


「おまちどうさまでしたー」

「そうだ、さっきも聞いたけど…最近、道場は休みが多いな」
「あ?え、は、はい、そうですねぇ…」
「先生も忙しいのかなぁ」
「はぁ…なんか色々とあるようでして…」
「そうなんだ…」
「あ、そんなことより…今朝、お父さんったら…」
「お父さん?あぁ、その節はどうも…」

そういえば、先輩が初めておうちに見えたとき、お父さんってば舞い上がってたなぁ。

「いえいえ、こちらこそ。あの時はご迷惑をおかけしちゃいましたね」
「そうかぁ?結構楽しい時間を過ごさせてもらったぜ」
「二日酔いになりませんでした?」
「少しだけ…」
「すいませんでした…」
「いいよ。気にすんな」
「はぁい」
「で…お父さんがどうしたって?」
「今日、一緒についてくるって駄々を…」
「駄々ぁ?」
「はい…『今日、先輩とお買いもの行くんだ』ってお母さんと話していたら
 いきなり『一緒に行きたい』と…」
「で?」
「もちろん、断りました」
「そうだろうなぁ…ねぇ、葵ちゃん?」
「はい?」
「ユニークなお父さんだな」
「…ごめんなさい…」
「謝ることないよ。変な言い方だけど、なかなかいいキャラだと思うよ」
「それって…褒め言葉ですか?」
「そうだよ」

なんだかなぁ。

「ただ、気になることが…」
「気になること?」
「もしかして…尾行してるかも…」
「そんな馬鹿な」
「でも…先輩だって、うちのお父さんが変わってるってご存じですよね?」
「…うーん。否定はしないなぁ」
「だったら…」
「いや、オレはお父さんを信じる」
「……家に電話してきます」
「え?ちょ、ちょっと葵ちゃん…」

「すいませ〜ん。あの、電話は…」
「あぁ、そちらにありますよ」

『ピ・ポ・ポ…トゥルルルルルル…ガチャ!』

「はい、もしもし、松原…」
「あ、お母さん?わたし、葵」
「あぁ、葵。どうしたの?藤田君とケンカでも?」
「なんでそんな悪いほうに取るのよぉ!そんなことで電話なんかしないわよ!
 それより、お父さんを出して!今すぐ」
「なによいきなり…お父さんね。まってて」

『♪チャララララ〜ン…』

「お待ちどうさま…おかしいのよ。さっきまでいたのに…」
「わかった。ごめんね」
「あ、葵…もしもし、どうした…」

『ガチャン』

あ〜ん。ホントについてきてるかも…


「せ、先輩!お父さん、家にいない…」
「え?タバコ買いに行ったか、パチンコかなんかじゃ…」
「ちがいますよぉ!お父さん、タバコ吸わないし、賭事は嫌いだって…」
「まさかなぁ…」
「とにかく、ここを出ましょう」
「心配すること無いと思うけどなぁ」
「先輩、早く!」
「お、おう」


「さて…出てきたのはいいけど、どうするの?これから」
「どうしましょう…」
「う〜ん…考えていても仕方ないか。他に行きたいとこある?」
「わたしは特に…先輩は?」
「そうだなぁ…天気もいいし、公園でも…」
「そうしましょうか」


一つだけ、空いてるベンチを見つけました。

「よっこらしょっと」
「あれぇ、先輩って中年のおじさんみたいですよぉ」
「こらこら、10代の好青年をつかまえておじさんはないだろ」
「えへへ、すいませーん」
「まったく…」
「あ、それよりあの子…」

そこには、3歳くらいの男の子が、お母さんの方に向かって一所懸命に走っています。

「かわいいですね…」
「そーかぁ?生意気そうなツラしてると思うけど」
「でも、なんとなく先輩に似てるような…」
「似てないって」
「似てると思うけどなぁ…そうそう、先輩ってお子さんは好きですか?」
「ん〜、なんとも…葵ちゃんは?」
「わたしですか?わたしは好きですよ。かわいいじゃないですか。
 あと…目がとてもきれいですよね。あんな目で見つめられたら、心の中を
 全て見すかされてるようで、とてもウソなんかつけません」
「葵ちゃん、うそつきなの?」
「例えば、の話です。いじめないで下さいよぉ」
「ごめんごめん。いやー、意外だったなぁ」
「何がですか?」
「葵ちゃんが、子供好きなんて」
「わたしぐらいの年の女の子は、みんなそうだと思いますけど」
「そんなもんかねぇ」
「そうですよ…それに、先輩との子供ならなおさら…」
「え?なに?よく聞こえなかったけど…」
「あ!いえ、あの…な、なんでもありません!」

ふ〜、危なかった…聞かれたら恥ずかしいもんね。
あ、いけない…だんだん顔が…

「どうしたの?顔が真っ赤だぜ」
「だから、なんでもありませんよぉ」
「ヘンなの…そういえば、さっきの…」
「はい?」
「お父さんの話さ」
「…」
「まぁ、心配する気持ちもわかるけど…まさか、娘の買い物の後を
 尾けて廻るほど常識外れじゃないと思うけどな」
「先輩…」
「ん?」
「先輩は二つの間違いを犯しています」
「なんだそれ?」
「一つは、心配じゃなくてただの好奇心です。
 二つ目は、うちのお父さんに一般常識を求めるのはやめた方がいいと思います」
「おいおい、葵ちゃん…」
「なんですか?」
「そんなに嫌わなくても…」
「嫌いじゃ…ないんですけど…」
「オレ、こーゆー時、なんて言ってあげればいいんだろ」
「…」
「とにかくな、せっかくのデートなんだからそんな暗い顔すんなって。
 もっと、楽しいこと考えようぜ」
「…はい」
「な!…ところで葵ちゃん、お腹は?」
「そうですねぇ。ご飯にしましょうか」
「何にする?」
「いいですよぉ、先輩の食べたい物で」
「…そうだ!パスタはどう?」
「あ、大好きです」
「近くにうまい店知ってるんだ」
「そこにしましょうか?」
「そうと決まればレッツゴー」



「素敵なお店ですねぇ」
「へっへー、いい店だろ」
「よくご存じでしたね」
「あぁ、前にあか…い、いや、ちょっとな…」
「あー、神岸先輩と」
「ん、まぁな…」
「先輩…気にしなくてもいいですよ。
 今、先輩はわたしの目の前にいてくれてるじゃないですか。
 昔のことは関係ありませんよ。
 ですから、あまり気を使わないで下さいね。
 わたしは大丈夫ですから」
「…ごめん…」
「謝ることなんかないですよ」
「…」
「さぁ、せっかくのデートじゃないですか。
 そんな暗い顔しないで下さい。
 もっと、楽しいこと考えましょうよぉ」
「あぁ…ってそれ、さっきオレが…」
「はい!元気だして下さいね!」
「う〜ん、やっぱ葵ちゃんの方が一枚上手だったな」
「技有り一本!というところ…ですか?」
「まいったね。こりゃ」

なんて強がってみたけど…切ないな。少しだけ…
このお店で、神岸先輩とどんなお話をしたんだろ。
わたしの知らない二人だけの世界…ぐすん。寂しいな…

「葵ちゃん?」
「…え?あ、はい!」
「どうかした?」
「い、いえ…」
「早く食べた方がいいよ。冷めちまうぞ」
「そ、そうですね」

だめだ、こんな事じゃ。昔は昔、今は今…だよね。
……あれ?今、慌てて顔を伏せた人が…
もしかして…


「さてと、飯も食ったし…どうする?またウィンドウショッピング?」
「はい!よろしいですか?」
「別にかまわないよ。今日は一日中付き合うつもりだから」
「ありがとうござます」

結局、それからずっと先輩にお付き合いしてもらいました。


「葵ちゃん、お疲れさま」
「すいません、いつも送って頂いちゃいまして」
「い〜よい〜よ。少しでも永く葵ちゃんと一緒にいたいんだって」

先輩にそう言ってもらうとうれしいな…

「あ、あは…ありがとうございます。 ところで…今日、お母さまは?」
「へ?おふくろ?…今日は帰ってこないけど。なんで?」
「あ、あの…よろしかったら、夕御飯食べていきません?」
「え?わ、悪いよ。それに…もうビールは…」
「大丈夫ですよ。お父さんには釘を刺しておきますから。
 実は…さっきお母さんに電話して、先輩をお連れてするって…
 ね!いいですよね!お母さんも張り切っていましたから」
「いいのかなぁ…」
「さ、早くあがってください」
「それじゃ、お邪魔しようかな」
「やったぁぁぁぁ!」

「ただいまぁ〜」
「お帰りなさい。あ、藤田君も来てくれたのね。いらっしゃい」
「こんばんは。お邪魔いたします」
「さっきね、葵ったら『ふ、藤田先輩を連れてくるから!』って電話してきて…
 なに慌ててるのかしらねぇ?どう思う、藤田君」
「は?あの…いや…」
「お母さん!変なこと言わないでよぉ。あ、先輩、どうぞこちらに」


「今、ご飯の支度してるから待っててね。とりあえず、ビールでも…」
「だめ!!なんでお母さんまで…それじゃ、お父さんと一緒だよぉ」
「冗談よ。まじめにとらないの」
「もう…そうだ、お父さんは?」
「そういえば、帰ってこないわねぇ。すっかり忘れてた」

なんなのよ、この無関心さは…
…まって…本当に尾行していたのかな…?
うそでしょ…

『ガチャ』

「あら、帰ってきたのかしら?」
「ただいま」
「お父さん、どこに行ってたの?黙って出て行っちゃったから、心配したわよ」

うそつき…

「あ?あぁ…ちょっとな…」
「お父さん…」
「ん?なんだ、葵」
「パスタ…おいしかった?」
「へ?パスタ…ってなんだ?」
「スパゲッティのたぐいよ」
「あぁ〜、結構うまいな。あの店は…あ!」
「…お父さん」
「…お、おう…葵、どうしたんだい?にっこりして。
 でも、ちょっと顔がひきつってるなぁ…せっかくの笑顔が台無し…」
「なんなのよぉぉぉぉ!やっぱり尾行してたのぉ!信じられないわよ!まったく…
 先輩、わたしの言った通りでしたでしょ!尾行してるかもしれないって…」
「あ…あは、あはは…そのようだったね…」

先輩まで顔をひきつらせて…

「わたし、朝も言ったよね!一緒に来ちゃだめだって。なのに…
 なんで後を尾けてくるのよぉ!なんで…なんでなの?」
「葵…」
「聞く耳なんか、ぜぇぇぇったいに持たないからね!」
「お父さんはな、お前達がどのように健全な交際をしてるか、この目で…」
「で、その目にどんな風に映ったのよ!」
「そ、それはもう、言うことなかったな」
「だったらいいじゃないの!今度したら…今度したらね、この前も言ったけど…」
「今度したら…?」
「永久に親子の縁を切るからね!いい?絶対忘れないでよ!」
「ほらほら、葵。もう、いいじゃない。お父さんも悪気があったわけじゃ…」
「お母さんは口を挟まないで!この場でハッキリ言っておかないと、また…」
「葵ったら…お父さん、もうしないわよね?」
「う、うん…」
「まったく…立場が逆じゃないの。なんで娘に説教されるのよ」
「…」
「葵ちゃん、お父さんも反省されている様だし…許してやれよ」
「…はぁい…」
「さぁ、ご飯にしましょ。今日は藤田君が来るっていうから、張り切ったのよ」
「そ、そうだな。飯にしよう。飯に…」
「お父さん!」



「どうもお邪魔しました」
「いえいえ、お構いもしませんで」
「大変おいしかったです」
「あらら、お世辞が上手いのね」
「お世辞なんて…そんなことないですよ」
「ほら、玄関で立ち話なんかしてないで…そこまで先輩をお送りしてくるね」
「気を付けてね」
「じゃ、本当にごちそうさまでした」
「またいらっしゃいね」
「は、ありがとうございます。では」


「先輩…」
「なんだい?」
「重ね重ね、うちのお父さんったら」
「オレは気にしてないから…葵ちゃんも…な!」
「…」
「やはり心配なんだよ。年頃の娘を持つ父親として。
 オレだって…女の子が生まれたら、たぶん同じ事をすると思う。
 それで、葵ちゃんにしかられるんじゃないかな…っと、いかん、余計な事を」

え?わたしにしかられる…?
それって…それって。

「せ、せ、せ、先輩!今のは…」
「へ?あの…い、いや!その…例えば、の話だよ。そう、うん、そうなんだ」
「…あのぉ…」
「な、なんだよ!」

先輩、たこさんみたいですよ…
わたしもそうなんだろうな…きっと。

「…わたしは…将来、先輩をしかりたいです…
 いえ、しかるのが目的じゃなくて…わたしってば何が言いたいんだろ。
 その…わたしの言いたいことは、先輩が送って下さるために来られるんじゃなくて
 もっと別の目的で…そう、真剣なお話をするためにおうちへ見える日を…
 あの、何というか…そんな日を…」

これって…もしかして、逆プロポーズ?…

「……葵ちゃん…」
「…はい…」
「オレも聞き返すけど、今のは…」
「……」

だめだぁ。胸が…心臓が、破裂しそうにどきどきと…

「ねぇ…」
「ご、ごめんなさい!今のは忘れてください!!」

わたし、いたたまれなくなって…

「あ!葵ちゃん、まてよ!」

『ぐい!』

「い、痛いです…手首をそんなに強く掴まれたら…」
「…ごめん…いきなり走り出したから…」
「…わたしこそごめんなさい…変なこと口走っちゃいまして…あ…」

『ギュ!』
せんぱい…そんなに強く抱きしめられたら…

「まいったなぁ」
「すいません…あの…忘れて…」
「いいや、忘れない。忘れられるわけないだろ?
 それより、オレがまいったって言ったのは…」
「…はい…」
「オレが言わなきゃならない事を、葵ちゃんに言われたことだよ」
「……」
「先…越されちゃったな」
「…せ…んぱい…」
「オレが大学を卒業したら、タキシード着て…花束もって…
 万全な準備を整えてからお邪魔しようと思っていたのにな」
「ひっく、ぐす…せんぱ〜い!」
「あ、葵ちゃん…む、胸が痛いよ。ぐいぐい顔を押しつけるなって…」
「嬉しいんです…とても…とても嬉しいんです…
 先輩が、そこまでわたしの事を想って下さるなんて…
 それがわかって、わたし…わたし…」
「予定が狂っちゃったな。6年ほど」
「…待ってます…先輩が、タキシードを着ておうちに見える日を…」
「もう少し先だけど…ホントに待っててくれるか?」
「はい!もう何十年だって待っちゃいます!」
「おいおい、オレだってそんなに気長じゃないよ」
「えへへ…ごめんなさい」


「さぁ、ここらでいいよ。今度は、オレが葵ちゃんを送って行きたくなっちまうよ。
 それでと…葵ちゃん」
「はい?」
「明日の夕方、時間はある?」
「いくらでも作りますよぉ!先輩のお誘いですから」
「ん、さんきゅ。じゃ、5時に今日待ち合わせた場所で…
 あ、一回家に帰って、着替えてきてもらったほうがいいかな」
「着替えてから…ですか?」
「うん」
「はい…わかりました」
「じゃ、おやすみ。今日はごちそーさんでした」
「はい、おやすみなさい」

それにしても…着替えてからっていうのが気になるなぁ。
まぁいいや。明日になればわかることだし。



月曜日…また、おさぼりです。

『キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン』

はぁ〜、やっと学校が終わったぁ。
早くおうちに帰って着替えなきゃ。


「ただいまぁ」
「あ、お帰り。なんか今日はずいぶん早いわねぇ」
「うん。着替えたら、ちょっと出かけてくるね」
「え?出かけるの?ご飯は?」
「わかんないから、先に食べてて」
「あ、そう。ふ〜ん、また藤田君ね」
「い、いいでしょ。そんな事…時間が無いんだから」

ふぅ、お母さんったら詮索好きなんだから。


「行ってきま〜す」
「はーい」



「先輩、お待たせしました」
「悪いね」
「別にいいんですけど…どちらへ?」
「ないしょないしょ」

いったいどこに…


「先輩、そろそろ教えて下さいよ」
「着いてからのお楽しみだって。もうすぐだから」

もうすぐって…気になるなぁ…え?

「先輩…ここって…」

そこは…

「さ、中に入ろうぜ」
「せんぱい…ここ…宝石屋さんじゃないですか…」
「そうだよ」
「なんで…なぜ宝石屋さんに…?」
「ん?夕べの事…」
「はぁ…?」
「おいしい所は、葵ちゃんにとられちゃったからな…
 なんてのは冗談で、急に指輪を買ってあげたくなった」
「なんで指輪なんですか?」
「…葵ちゃん、もうオレ二度と言いたくないけど…
 その天然ボケはやめてくれ。お願いだから。ホントに頼む!」

せんぱ〜い、拝まれても…わたし、困っちゃいますよぉ。

「だって、本当にわからないんです…」
「…仕方ないな…昨日の夜、オレは葵ちゃんに送ってもらった」
「はい」
「そのときの会話、まさか忘れた訳じゃ…」
「あ…」
「だから…」
「でも…そんな」
「いらないの?」
「い、いります!」
「じゃ、入ろうぜ」
「…はい!」

「すいません。あの…指輪は…」
「いらっしゃいませ。指輪ですか?」
「はい」
「こちらになっておりますが」

うわ〜きれいだなぁ。

「お気に召したものがあれば、遠慮なくお申しつけください。お出ししますよ」
「ん〜と、予算の都合もあるし…葵ちゃん、悪いけどこの一角で選んでくれないかな」
「先輩…本当によろしいんですか?」
「いいの。ただ…できれば早く決めてほしい…
 結構恥ずかしいんだよ。慣れてないし、こーゆーとこ」

そうだよね。先輩が宝石屋さんに通い慣れてるなんて考えたくもないし…

「あ、でも、慌てることはないぞ。焦ってヘンなの選ばれても後で厄介だしな」
「ホントにいいのかなぁ…」

う〜ん、迷うなぁ。目移りしちゃう…
あ、そうだ!たしか…

「先輩、これ…」
「え?これ?初めて見る石だなぁ。淡い乳白色…」
「ムーンストーンですね。今、お若い方に人気があるんですよ。お値段も手頃ですし」
「むーんすとーん?聞いたこと無いなぁ…これでいいの?」
「はい!ぜひこれが」
「すいません、これを見たいんですが」
「少々お待ちくださいませ」

『カチャ…カラカラカラ…』

「こちらですね?おはめになりますか?」
「あ、おねがいします」
「サイズを見なければなりませんが…どちらの指に?」
「え?どの指…」

考えてなかったな…

「葵ちゃん、左手の薬指だろ?」

えぇぇぇぇ!左手の…薬指ぃ…?

「せ、先輩…」
「恋人同士ですか?うらやましいですね。
 なんでしたら、そちらの方からおはめになってあげますか?」

それじゃ…結婚式だよぉ…

「あ、いえ…それはちょっと…」
「くす…そうですか…ではどうぞ、お客様…お客様?」
「…え?あ、はい、すいません」

頭の中が真っ白になっちゃった…

「せんぱ〜い、本当に左手の薬指に?」
「無理にとは言わないよ」
「…じゃ、この指に…」
「はい、左手の薬指ですね…ぴったりみたいですけど、きついところは?」
「ちょうどいいです…」
「こちらになさいますか?」
「せんぱい…」
「葵ちゃんが決めないと…はめるのはオレじゃないよ」
「…これで…」
「そのままでよろしいですか?」
「え?」
「はめたままお帰りになりますか?」

ちょっと恥ずかしいけど…せっかく買っていただいたんだし…

「…そうします」
「ありがとうございます。お会計はあちらで…」
「葵ちゃん、ここで待ってて。お金払ってくる」



「先輩、あの…なんて申し上げていいか…その…とにかくありがとうございます。
 とても嬉しいです。指輪なんて買って頂いちゃって…いくらお礼を言っても…」
「いいよ。沢山の言葉より、葵ちゃんの笑顔。そっちの方がよほど嬉しいんだって」
「そうなんですか?でも、もう一度だけ。ありがとうございます。大切にします」
「こちらこそ。喜んでいただいてなによりです。ところで」
「なんでしょうか?」
「なぜそれに?あ、別にケチつける訳じゃないぜ。結構、決まるまで早かったから。
 なんか、その石に思い入れでもあるの?」
「わたし…昔にこんなお話を聞いたことがあるんです…」
「どんな?」
「はい…好きな人から初めて頂いた宝石類がムーンストーンなら、その二人は
 一生離れずにいられるって。そのことを思いだしたので…」
「え?そうなの?」
「迷信かもしてませんが…」
「ふーん。じゃ、葵ちゃんは一生オレのそばにいてくれるわけだ」
「わ、わたしはそのつもりです!」
「うわ!びっくりした…そんな大声出されたら、驚くって」
「…ごめんなさい…でも先輩」
「なに?」
「…わたし…先輩と離れることなんて…とても考えられないんです。
 ずっと、ずぅっと、先輩のそばにいたいんです…ですからムーンストーンを…」
「わかった」
「……」
「ありがとな。葵ちゃんの気持ち、本当に嬉しいよ。
 で…だ、6年後は本物のエンゲージリングだな。待っててくれよ」

『ぽろ…』
また涙が…最近、わたしって泣き虫だな…

「…はい。その日まで、この指輪を大切にしています」



「ただいま〜〜」
「おかえ…あれ、めちゃくちゃ上機嫌ね」
「えへへ…じゃぁ〜ん!」
「あ〜!指輪ぁ!それも左手の薬指になんかにして…
 いったいどうしたの!? まさか、盗んで…」
「なによぉ!せっかくいい気分で帰ってきたのに…」
「ごめんね…で、どうしたの?それ」
「え…先輩に…」
「藤田君に頂いたの?よかったわねぇ」
「うん!素敵でしょ」
「あ、ムーンストーンだ。きれいね…ちょっと意味深…」
「ねぇ、お母さん」
「なに?」
「ムーンストーンのお話って知ってる?」
「知ってるわよ。初めてもらったのがこれだったら…ってヤツでしょ?」
「あ、知ってたんだ…なんだぁ、つまんない」
「だって、葵は誰に聞いたの?その話」
「え?誰だっけ…あ…」
「お母さんがが教えたんでしょうが。そういえば…ふふふ…」
「どうしたの?思い出し笑いなんかして」
「ふふふ…葵に、この話をした時のことを思い出したの。いつだったか覚えてる?」
「いつだったかなぁ。もう忘れちゃったよ」
「中学1年生の頃だったかな。その時に、葵がなんて言ったか教えてあげましょうか」
「え、わたし…変なこと言ってた?」
「別に変なことじゃないけど…こう言ったのよ。
 『わたし、好きな人が出来て、お付き合いできたら、絶対ムーンストーンを
  プレゼントしてもらうんだ!もう決めた!』って…大騒ぎしてたじゃない」
「そうだった…?」
「そうよ。なんだ、騒いだ割に覚えてないのね」
「……」
「とにかく良かったじゃない。ところで…藤田君はムーンストーンの話は?」
「……話しちゃった」
「あーそー。ふ〜ん…おとーさ…」
「や、やめてよぉ〜 また騒ぎになる…」
「だって、婚約決定でしょ?おめでたいわよ。だったらお父さんにも…」
「気が早すぎるよぉ。もう少し、先のことになると思う…」
「なんだ、もうその気になってるんじゃない」
「…う…ん、このまま、一緒にいれればいいな…って思ってる」
「相手が藤田君なら、お母さんは反対しないわよ。がんばりなさいね」
「…ありがとう、お母さん」

物わかりのいいお母さんで、よかったな。

「…で…お願いがあるんだけど…」
「なにかしら?」
「このことは…お父さんに内緒で…」
「なんで?」
「さっきも言ったけど…今話したら、騒ぎになるから…」
「そうかもしれないわね」
「ごめんね」
「わかったわ、お父さんには黙ってる…ところでご飯は?」
「あ、食べてない」
「一応とっておいたけど、食べる?」
「うん、もらう」
「じゃ、お母さんはもう寝るから。戸締まりと火の始末、お願いね」
「えぇ?まだ8時過ぎたばかりだよ」
「なんかねぇ、今日はやたらと眠いのよ。お父さんは、すでに寝ちゃったわよ」

なんで、夫婦そろってこんな時間に眠いなんて言ってるんだろ?
へんなの…

「ん、わかった。おやすみなさい」
「おやすみ」

ご飯を食べながら、頂いた指輪を見つめてみる。
ホントにきれいだなぁ。
そういえば、指輪って初めてもらったな。
すごく嬉しい…

「大切にしますね。先輩」





翌日、ホームルームが始まる前です。

「すいません…神岸先輩」
「松原さん、おはよー。浩之ちゃん?」
「お願いします」
「いいよ。浩之ちゃーん!」
「あ〜?」
「松原さんだよぉ〜」
「え?…あ〜、今行く…」
「…葵ちゃん…おはよう」
「おはようございます。先輩、ちょっといいですか?」
「ん?あ、あぁ、いいよ」
「神岸先輩、ちょっとごめんなさい」
「朝から仲がいいね。妬けちゃうなぁ」
「すいません…先輩、こちらへ…」

「昨日、お母さんに話しました」
「何を?」
「指輪のことですよ!」
「い!話したの?」
「いけなかったですか?」
「いけなくはないけど…ちょっと恥ずかしいな…」
「あまりにも嬉しくて、お母さんに見せちゃったから…ごめんなさい」
「いいさ、悪いことしてる訳じゃないし」
「それなんですが…お母さん、『婚約決定ね』って…」
「はぁ〜?」
「左手の薬指に、ムーンストーンの指輪をしていればもう…みたいな感じです」
「あっさりしてるなぁ。反対とかは?」
「相手が…先輩なら特には、って」
「ふ〜ん。ま、頭ごなしに反対されるよりは、はるかにありがたいけど…
 で、左手の薬指にムーンストーンで婚約決定?お母さんはそう思ってるんだ」
「そうですね」
「ダイヤだったらわかるんだけど…」
「だってあの話、お母さんに聞いたんです」
「あっそー。う〜ん…」
「ただ、救いなのが…」
「お父さんは、まだ知らないと」
「よくわかりましたね」
「誰だって、それぐらいしか浮かばないと思う」
「もっとも、耳にはいるのは時間の問題ですけど」
「まぁ、当然だわな」

『キ〜ン〜コ〜ン カ〜ン〜コ〜ン』

「チャイムが鳴っちゃたな。続きは後にしよう」
「はい」

お父さんか…また、大騒ぎになるんだろうなぁ。
は〜。溜息が…




『ばしぃ!』『ばしぃ!』『ばしぃ!』『ばしぃ!』
『ばしぃ!』『ばしぃ!』『ばしぃ!』『ばしぃ!』
『ずばびしぃ〜〜!』

「はぁ、はぁ、はぁ」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

気のせいか、練習も久しぶりのような…

「はぁ、はぁ、そろそろおしまいにするか」
「ふぅ〜、ふぅ〜、はい」


「…なぁ、葵ちゃん」
「なんですか?」
「お父さんにはオレから話すよ」
「え?」
「なんとなく、その方がいいような気がする」
「…」
「オレの口から聞いた方が、お父さんも安心するんじゃないかな」
「…別の意味で騒ぐかも…」
「ん?」
「あ、ごめんなさい。何でもないです」
「とにかく、お父さんの都合を訊いておいてよ。
 オレはいつでも時間を空けられるから」
「…はい」



その夜。

「ねぇ、お父さん」
「なんだ?」
「いつでもいいんだけど、空いてる時間ある?」
「空いてる時間かぁ…毎週水曜日は残業自粛日だから、その日なら…」
「水曜日…明日だね。わかった」
「何かあるのか?」
「う…ん、先輩が、お話したいことあるんだって」
「藤田君?なんだろうなぁ…お前、内容は知ってるのか?」
「え?さ、さぁ…」

わたしの口からは、とても言えないよぉ。
恥ずかしいもん…

「じゃ、明日ね。7時頃でいい?」
「7時な。わかった」
「あと…」
「まだ何かあるのか?」
「…大した事じゃないんだけど…」
「言いにくいことか?」
「そ、そんなこと無いよ。あの…お母さんから何か聞いてる?」
「いや…特に何も」
「それだったらいいの。明日7時ね。忘れないでね」

先輩に伝えなきゃ。

『ピ、ピ、パ……トゥルル……トゥルルル…』
『ガチャ』

「もしもし。藤田です」
「あ、先輩ですか?葵です」
「おぉ、葵ちゃん。どしたの?」
「お父さんの都合を訊き出しました」
「あれ、ずいぶん早いね。オレ、まだ心の準備が…」
「今更そんなこと言わないで下さいよぉ」
「ご、ごめん…で、いつ?」
「明日…水曜日の7時に」
「明日の7時な。おっけー。わかったよ」
「お願いします」
「ん」
「じゃ、失礼します」
「おやすみ」

なんか、今からどきどきしてきた。

「うまくいきますように…」

その夜、お星様にお祈りしちゃいました…





問題の水曜日です。

「た、ただいま!」
「あ、おかえり」
「お父さんは?」
「こんな時間に帰ってくるわけないでしょ?」
「あ、そうか…」
「そういえば…今晩、藤田君が見えるのよね〜」

うぅ、その目つき…なにやら楽しそうな口ぶり…
やだなぁ。

「え?そ、そうだけど…」
「用件は何かしらねぇ」
「な、なんだろ…」
「この間の、指輪に関係あることかしら…」
「…」

お母さん、絶対に用件の見当はついてる…
わかってて、知らないふりしてるんだ…
いじわる…

「あぁ〜!もしかしたら、『葵さんを僕に下さい』ってやつかしら?」

ぎっくぅ!

「お母さん、憧れていたのよ。ある日突然、娘の彼氏が訪ねてきて、
 『お嬢さんを…』っての。きゃ〜、わくわくしちゃう」
「ちょ、ちょっと!…まだ、そんな話と決まったわけじゃ…」
「え?違うの」
「だから…わかんないって」
「他に何か用があるかしら…?
 それとも…お世辞じゃなく、本当にお料理がおいしくて、また食べに来るとか…」

この人…絶対に確信犯だ…そうに決まってる。

「と、とにかく、見えればわかることだから…ね!待ってましょ」
「それもそうね。その時がくればわかるか…
 じゃ、ご飯の支度しなきゃね。葵、手伝って」
「はーい」


「ただいまー あ〜疲れた」
「あ、お父さん、おかえり。約束守ってくれたんだ」
「へ?約束?」
「…まさか、覚えてなかったの?」
「い、いや、覚えてるぞ。え〜と…そう、藤田君が来るんだったな。ははは…」

……忘れていたみたい。
わたしの話なんて、どうでもいいのかなぁ

「さあ、もう7時になるから…早く着替えてよ」
「あ、う、うん」

『ピ〜ン ポ〜ン』

「あ、見えたかな」

『ぱたぱたぱた…』

「あ、先輩、いらっしゃい」
「お邪魔するよ」
「どうぞ」

「いらっしゃい。藤田君」
「こんばんわ。お邪魔いたします」
「私のお料理、そんなにおいしかったかしら?」
「は?」
「違ったの?」
「あ…先日は大変ごちそうになりまして、ありがとうございました。
 とてもおいしかったです。なんか、手料理なんて久しぶりで…」
「そう…よかったわ。今日も用意してあるから、たくさん召し上がってね」
「…はい、ありがとうございます。遠慮無く…」

先輩、大丈夫かな?すでにお母さんのペースに…

「あ、あの…お父さんは?」
「今、着替えてるわよ。待っててね」
「はぁ…」

『ガチャ』

「よぉ、藤田君。いらっしゃい」
「あ、お、お、お、お邪魔しています!」
「俺に話があるんだって?」
「え?そうだったの?てっきり、ご飯を食べに来たかと…」

そっかぁ、わたしの天然ボケはお母さんの遺伝だったんだ…

「なんだ、母さんは知らなかったのか?」
「葵ったら、何も言わないんですもの」
「ちょっと、言い忘れていただけよ…」
「ふーん…で、藤田君の用件は何かな?」
「え?はぁ…じ、実は…」

まずい!先輩、ガチガチになってる…
時間、稼がなくちゃ。

「ね、ねぇ!その前に、ご飯にしましょ。お料理が冷めちゃう…」
「そうね、今日も張り切ったんだから、暖かいうちに食べて欲しいな」

ふ〜、危ないとこだった。

「藤田君、嫌いな物は?」
「あ、特には…」
「そう、よかったわ」
「お父さん、ビール」
「お、葵がお酌してくれるのか。悪いな」

先輩、落ちついて下さいね。
お願いしますよ!

「あ、あの…」
「せ、先輩!唐揚げお取りします」
「え?あ、ありがとう」
「唐揚げってね、火加減がなかなか難しいのよ」
「へぇ〜、そうなんだ」
「葵も、お料理の勉強をもっとしなきゃね」
「はーい」
「すいません…今日、お伺いしたのは…」
「お、お父さん!ビール、もう一本持ってこようか」
「なんだい葵、ずいぶんサービスがいいなぁ」
「そ、そうかしら…ちょっと待っててね」

『ぱたぱたぱた…』

「…お食事中すいません。トイレお借りします」
「あ、そこを突き当たったところね」
「恐れ入ります」


「葵ちゃん。ちょっと…」
「あ…はい…」
「どういうつもりなんだよ」
「…」
「さっきから、話を切り出そうとすると…」
「…」
「葵ちゃん!」
「…ごめんなさい」
「どうしたんだよ」
「…恐いんです…」
「は?」
「…恐いんです…」
「オレが?」
「ち、違いますよぉ!」
「何が恐いの」
「この場が…」
「この場ぁ?…ごめん、意味がよくわかんないよ」
「わたしも、よくわからないんですけど…なんとなく」
「でもな、話が進まない」
「はい…」
「とにかく…席に戻ったら話すぞ。このままじゃ、オレの決心が鈍ってしまうよ」
「…はい…」


「すいません。お待たせいたしました」
「おぉ〜、来た来た。葵と二人で消えちまったから、心配したぞ」
「お父さん、酔っぱらってるの?」
「そんなことないぞ。ビールの一本や二本で…」

お父さん…ロレツが怪しいなぁ。
まともに、人の話聞けるかな。

「お父さん、本日僕がお邪魔したのは…」

来た!

「なんだい?急にあらたまって…」
「実は…葵さんと、結婚を前提にした交際をしたいと思いまして…」
「!?」
「な〜んだ、葵。やっぱりそうだったんじゃないの」
「…うん」
「お母さんの言った通りだったわね…お父さん?」
「……」

お父さん、固まっちゃった…

「お父さん?…どうしたのかしら…」

お母さんが、目の前で手をヒラヒラさせてます。

「お父さん、どうしたの」
「…あ…ご、ごめん…気を失ってた…」
「気を失ってたなんてそんな… 藤田君のお話は聞いてたの?」
「…あぁ」
「で、どうなの?」
「母さんはどうなんだ」
「え?私?…私はそうねぇ…」
「どうなんだ?」
「私は賛成よ。たぶんこうなると思ってた」
「そうか…」
「俺は…」
「あ、い、今すぐってわけじゃないからね!
 先輩が大学を卒業したら、改めて正式に…」
「わかった…」
「え?じゃぁ…」
「今日は飲み過ぎた。もう、飯はいらん。風呂入って寝る」

お父さん、部屋に行っちゃいました。

「お父さん…行っちゃったわね…」
「お母さん、どうしよう…」
「大丈夫よ。急にこんな話になったから、混乱してるだけだと思う…
 一晩寝れば、落ちつくんじゃないかしら」
「そうだといいけど…」
「葵は心配しなくてもいいわよ。明日になってガタガタ言うようだったら…」
「…」
「私の方から、離婚届叩きつけてやるわ」
「お、お母さん。いいんですか?」
「藤田君、いいのよ。
 娘の幸せを、正面から受けとめられない人なんて、こちらから願い下げだわ」
「お母さん、少し過激すぎだよぉ」
「え?あはは、そうかしら」
「うん」
「まぁ、今は心配してても仕方ないでしょ?」
「う…ん…」
「さぁ、食べましょ」

結局、お父さんは部屋から出てきてくれませんでした。

「どうもごちそうさまでした」
「先輩、今日はお送りできなくて…」
「いいって。一人で帰れるよ」
「すいません。お父さんが心配で…少し、ナーバスになってるみたいです」
「…そう…」
「じゃ、先輩、また明日」
「ん、おやすみ」
「おやすみなさ〜い」





木曜日になりました。

「せ〜んぱい!今日はお弁当を持ってきましたよぉ」
「ありがと。たまには、中庭に行くか」
「はい」


「昨日、どうだった?あれから」
「えぇ、一歩も部屋から出ませんでした」
「風呂は?」
「入ってないみたいです。それで…朝も、そそくさと出かけちゃいました」
「そうか…」
「お父さん、おへそ曲げちゃったんでしょうか?」
「さぁ…」
「どうしましょう…」
「うーん、様子みるしかないな」
「…そうします」



そして金曜日。

「おはよございまーす」
「あ、松原さんだ。おはよー」
「あれ?今日、先輩は…」
「え?浩之ちゃん?うん、今朝電話があってね
 『今日は早く行くから迎えにこなくてもいい』って…
 でも、ヘンなんだ。なんか、外からかけてきたみたい」
「外から…確かにヘンですね。そんな早くから出かけていたんでしょうか」
「そうだよね…というわけで、私も一人で退屈だったんだ。ね!一緒に行こう」
「はい、お供します」
「お供しますなんて…松原さん、大袈裟だよぉ」
「えへへ、すいません」
「ところで、先輩、朝からどうしたんですかね」
「私もわかんないんだ」
「ふーん…」


「じゃ、ここで」
「はい!」
「浩之ちゃん、来てるかなぁ?…あれ?」
「どうしました?」
「下駄箱に靴がない」
「え?」
「まだ来てないんだ。いったい…」
「おかしいですね」
「…そのうち来ると思う。さ、教室に行かなきゃ。ホームルーム、始まっちゃうよ」
「…はい」

朝からどこに…



『キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン』

一時間目、終わったけど…先輩、遅刻しなかったかな?

「あおいー、藤田先輩が来てるわよー」

先輩?

「先輩、今日は…」
「ん、ぎりぎりセーフ。詳しいことは後で話すけど、
 葵ちゃんが心配してるってあかりに聞いたから…顔だけ見せに来た」
「はぁ」
「昼休み、屋上に来て」
「はい、わかりました」



昼休みになった。
なんだろ、お話って。

「先輩」
「すまんな、呼び出して」
「いえ、構いませんが…それでお話って」
「朝、お父さんと話をしてきた」
「は?」
「悪いと思ったけど、家の前で待ち伏せさせてもらったよ」
「…」
「で、つかまえて話をさせてもらった」
「何を…」
「この間の一件さ」
「…水曜日の事ですか?」
「そう」
「でも…様子をみるって…」
「そのつもりだったんだけどな…こんな、中途半端な状態じゃいやだし…」
「はぁ…」
「勝負をかけてみた」
「それで…お父さんはなんと…」
「ん、時間がなかったんでゆっくりとは話せなかったけど
 なんとかわかってもらえた…と思う。半分、逃げられていたんで…」

先輩、そこまでして…

「最初は、あれこれ言われたよ。
 『若いんだから、あせることない』とか『もっといい子はいっぱいいるぞ』なんて」

お父さん、自分の娘をなんだと思ってるのかしら…

「さすがに『もっといい子はいっぱいいるぞ』って言われたときは、苦笑したけどな」
「お父さんったら…」
「で、明日の夜、改めてお邪魔させてもらうよ。土曜日は休みだろ?お父さん」
「リターンマッチですか」
「そうそう…って、何でも格闘技に例えるなよ」
「ごめんなさい…」
「というわけさ」
「なんか申し訳ないです」
「オレも必死だしな」
「ありがとうございます」
「じゃ、そんなとこで」
「はい」

一歩前進…かな?


運命の土曜日です。

「ただいまぁ」
「おかえりなさい。今日、藤田君見えるんでしょ?」
「…うん」
「いよいよね」
「……」
「なんか、どきどきしちゃうな」
「……」
「どうしたの?黙りこくって…あれ!葵…」
「……」
「顔が真っ青だよ」
「…どうしよう…」
「え?」
「お父さんが、またわけのわからない事言い出したら…」
「葵…」
「先輩は、わかってくれたって言ってくれたけど…」
「大丈夫よ」
「なんでわかるの」
「いざとなったら、お父さんだって変なこと言わないわよ。それに…」
「それに?」
「朝から脅しをかけてたの」
「脅し?」
「うん、『今更ガタガタ言うんだったら、明後日、役所に連れて行くわよ』って」
「それって…」
「無理矢理、離婚届けに判を押させる」
「…お母さん、恐い…」
「なに?」
「あ、何でもないの」
「まぁ、なるようにしかならないから」
「そうだよね…で、お父さんは?」
「ずぅーと、部屋に閉じこもってるわ」

そういえば…今日は顔を合わせてないなぁ。

「藤田君が来るまで待ちましょ」
「うん…」



夜になっちゃたな。
先輩、そろそろかな…

『ピ〜ン ポ〜ン』

!!…見えた…

「あおいー、藤田君が見えたみたいだから、お出迎えお願い。今、手が放せないの」
「はーい」

「先輩、いらっしゃい」
「や、やぁ」

動きがぎこちない…また、ロボットみたいになってる…

「と、とりあえずあがってください」
「お、おう」
「今、お父さんとお母さんは手が放せないみたいで…ちょっと待っててもらえます?」
「ん」

そういえば…お父さんは何をしてるんだろう。
さっき、出かけていたみたいだけど…
なんか、細長くて重そうな物を持って帰ってきたなぁ。


「……」
「……」
「……」
「……」

この雰囲気、なんとかしなきゃ。

「せ、先輩」
「…何?」
「また、お母さんったら張り切っちゃってるんですよ」
「へ?」
「先輩が見えるからって…ここの所、ごちそう続きで嬉しいです」
「悪いな、食事をタカリに来てるみたいで」
「あ、いえ、そんな意味じゃ…」

馬鹿バカばか!わたしって大馬鹿!
こんな話題をふったら、先輩が気を使っちゃう…
あーん、また重い雰囲気になっちゃったよぉ。

「おまちどうさま〜 いらっしゃい、藤田君」
「すいません。立て続けで…」
「いいのよ、気にしなくても。お食事って人数が多いほうが楽しいわよ」

『ガチャ』

お父さんが来た…
あれ…一升瓶なんか持って…
なに…

「あ、お、お邪魔しています」
「あぁ…母さん、コップを持ってきてくれ」
「え?コップですか」
「お、お父さん…」
「はやく!」
「わ、わかりました」
「お父さん…いったい何を…」
「葵は口出しするな。黙って見てろよ」
「…はい」
「はい、コップね」
「わるいな」

『コポコポコポ』

「藤田君、飲め!」
「は?」
「お父さん!」
「葵は黙ってろ!」
「これを飲み干したら、葵をくれてやる」
「え…はい…いただきます」

せんぱい…

『ゴクッ…ゲホ!』

「どうした」
「い、いえ、大丈夫です」

『ゴクッゴクッゴク…』

「の、飲みましたよ…ガハ!ゲホゲホ!」
「…よし、葵を持ってけ」
「先輩!大丈夫ですか?」
「…大丈夫…心配ないよ」
「お父さん!何考えてるのよぉ!」
「葵…」
「なによぉ…」
「お前は幸せ者だぞ」
「え?」
「飯はいらない。今日も食欲が無いんだ。先に寝る」
「え?せっかく作ったのに…」

『ガチャ』

「あ…お父さん…」
「先輩、本当に大丈夫ですか?」
「…まいったな…」
「…」
「藤田君、お水でも…」
「あ、お願いできますか?」
「ちょっと待って」

『ぱたぱたぱた…』

「…ごめんなさい…」
「なんで謝るの?」
「…お…おとう…さ…んが、無茶な…ぐす…」
「いいお父さんじゃないか。それだけ、葵ちゃんの事を大事にしてる証拠だよ」
「ぐす…で…も…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!…」
「だから、謝らなくてもいいよ。オレは大丈夫だから」
「はい、お水よ。ごめんね、お父さんったら…」
「気になさらないで下さい。本当に大丈夫で…あれ…?」

『ばった〜ん』

「先輩!」
「ふ、藤田君!」
「お…かしい…な…急に…」
「お母さん!救急車!」
「だ…大丈夫だって…少し、めまいが…ちょっと、休ませてもらえば…」
「とにかくお水飲んで、それでトイレで…ね」
「すいません…お借りします」
「肩、貸さなくても大丈夫?」
「…いえ、そこまでは…ちょっと失礼します」


『じゃ〜』


「お騒がせしました…」
「先輩…本当に、本当に大丈夫ですか?」
「ごめん…少し横にならせてもらえれば…」
「葵、あなたのお部屋に連れて行きなさい」
「え?…私の?」
「まさか、ここってわけにはいかないでしょ?フローリングだし…」
「…わかった。先輩、こちらへ。立てますか?」
「…葵」
「なに?」
「どさくさに紛れて、変なことしないのよ」
「ば、馬鹿なこと言わないでよ!こんな時に」


「わたしのベッドで申し訳ないんですけど…」
「いや、オレもかえって申し訳ない」
「いいんですよ…それで、何度も聞くようですけど…大丈夫ですか?」
「う…ん…」
「お父さんったら…ホントに何を考えて…」
「葵ちゃん、お父さんを絶対に責めるなよ」
「なぜですか?」
「オレ、お父さんの気持ち、なんとなくわかるんだ」
「…」
「父親として当然だと思う。今まで大切に育ててきた娘を取られるんだもんな」
「だからって…」
「ごめん…少し休ませてくれないか?」
「え?…あ、はい。じゃ、先輩、わたし…あちらにいますから」
「ん」


「どう?藤田君の様子は」
「うん、大丈夫だと思う」
「よかった…」
「お料理、どうしよう…」
「仕方ないわね、私たちだけでも食べちゃいましょうか」
「わたし…食欲が…」
「いいわよ、私だけでも食べるから」
「ごめんね…」

それから2時間程経って、先輩もやっと元気になってくれました。



「本当にお騒がせいたしました」
「先輩は悪くないです。悪いのは…」
「葵ちゃん、さっきも言ったけど…」
「…はい」

そうだ、お父さんを責めるなって言われてたっけ。

「今日はお送りします」
「すまないな」
「俺も行く」
「お父さん…」

お父さん、いつの間に…

「彼に話すことがあるんだ」
「お話…ですか?」
「あぁ。葵も一緒に来い」
「うん」
「…それでは、お邪魔しました」
「気をつけてね。それと…お父さん」
「なんだ?」
「もう、あんな…」
「心配するな」
「…はい。行ってらっしゃい」


「藤田君…悪かったな。さっきは」
「いえ…」
「本当は、あんなことするつもりじゃ無かったんだが…
 ただ葵を、そのままくれてやるのはくやしくてな。本当に悪いことをした」
「……」
「それでな、一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「君が大学を出るまでのこれから6年間、いいか?最低6年あるんだぞ。
 その間、気が変わったりすることは無いんだろうな?誓えるか?」
「この気持ちは変わりません」
「そうか…よし。…葵をよろしく頼むよ。藤田君」
「え?それでは…」
「お父さん…」
「こんな、まともに料理もできない娘だが、根は素直に育てたつもりだ。
 これだけは自慢できる。だから…幸せにしてやってくれ」
「はい、どんなことがあっても、必ず幸せにしてみせます」
「お…おとう…さん、ありがとう」
「馬鹿だなぁ、泣くやつがあるか」
「ひっく…だって…だって…」
「話はそれだけだ。葵、俺は先に帰ってるから」
「ぐす…はい」
「じゃあな」
「失礼します」

「せんぱい…わたし…わたし」
「葵ちゃん」
「…はい」
「これからもよろしくな」
「こ…こちらこそ」

とても長い一週間だったけど…
忘れることのできない一週間になりました。

「先輩?」
「なんだ?」
「大学…ストレートでお願いしますね」
「え?…ごめん。自信…無い…」
「そんなぁ…」





 あとがき
みなさん、こんにちは。Hiroでございます。
9作目をお届けします。

長かったぁ〜。
本当は、500行ぐらいの軽い読み物にするつもりだったんですが…
気がついたら、こんなにも増殖してしまいました。^_^;
で、内容です。

葵ちゃんにプレゼントを贈るまでの流れは、少しだけ実体験が入ってます。
さすがに逆プロポーズってことは無かったですが…(^^ゞ

ムーンストーンの話、ウチの奥さんから聞いてました。
ホントかどうかは知りませんけど…
いつかは、このエピソードを盛り込んだSSを書きたかったんですが
やっと書けました。よかったです。

自分で書いててナンですが…
高校生で、結婚を前提にしたお付き合い…
早くも人生を捨てています。
いいのかなぁ?
結婚なんて、端で見ているほどいいもんじゃないんですけどね。
なんて、こんな事書いたら、夢が壊れる方がいらっしゃるかもしれませんね。
ごめんなさいです。
それと、お父さんもヤル時はヤリます。(謎)

こんなとこでしょうか。
最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございます。
そして、お疲れさまでした。
今度は10作目でお会いしましょう。


                1999年6月 会社近くのマックにて Hiro


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