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Semi-Original Short Story from “To Heart”what presented by Leaf……

Vol,3 Like a Distresssignal


Written by アウトロー場末趣味





「あ――――――――――――――――っ!!!!!!!!」

険悪だった空気を割って、あの女の声が、森中に響き渡った。おそらく、高校の運動場あたりまで届いていたかと思われた。間もなく、烏の群れが蜘蛛の子を散らすように羽音をやかましく立てて、鳥の影が遠くへと消えていった。烏も蹴散らすこの声の主は、志保だった。

志保(以下;志)「ちょっと、ヒロ!やっぱあんたそっちが目的だったのね!!あんた自分がなにやってんのかわかってるの?えぇ?あんたノゾキやってるのよ!女の子が二人いる所を影からこそこそ隠れて覗いてるのよ!!しかも、あんた、あんたってヤツは!!」

浩之は後ろから例の金切り声で突然怒鳴られたショックからか、すくんでしまいただただ呆然と見守るような状態にあるばかりで、目はいつもより大きく見開き、ゲーセンでビートマニアやってる男みたいに口をぽかんと開け、格好はさしずめ、親に抱えられ、足を半分曲げて開き、小便をさせてもらっているような体勢でいた。

志「あんたってヤツは、変態よ!!………ノゾいた先は、こうやって女の子二人が罵り合ってるところでしょうが!!しかも、一人は体操服にブルマーの子よ!!あんたの性癖おかしいんじゃないの!!?女の子が怒鳴りあってるところ見て何が楽しいのよ!!おバカーー!!」

浩之(以下;浩)「じゃ、じゃあおめーは、この二人を見ないでよくズケズケと一人で話題飛躍させて、勝手な事言えるよなぁ!!だいたい、『志保ちゃん情報』なんて信憑性の低いワイドショーバラエティーみたいなウソ情報垂れ流し取るけどなぁ、おめーの情報的中率がせいぜい4割止まりなのはなぁ、こういう早とちりが一番の原因なんだよ!木を見て森全体がわかったような気になってるんじゃねえよ!カス!!」

唖然としてすくんだままだった浩之が突然口を開いた。そして、いつものような口調で口先の格闘技が始まるのだった。

志「う、ウソ情報ですってーー――――!!カスですってーー!!あんたなによ!なにが『もっと青春を輝いてみろ!』よ!!こうして部活も行かないで勉強も赤点でぎりぎりで進学しといて、あまつさえ、木陰から女の子の罵り合いを、眉間にシワ寄せながら覗きに興じときながら、なにが『もっと青春を輝いてみろ!』よ!!なにが勝手な事よ!!こうやって木陰から二人に気づかれないように覗いてるじゃないの!!事実でしょ!?あんたの『青春』なんて、どうせリッシン扁のなのよ!!『愛と性春のモロ出し』っていうタイトルのAVと同じなのよ!!」

浩「うるせえ!!おめーになにがわかるってぇんだよ!!じゃあ、おめーはこの子たちと話したことあんのかよ!?この子達を何にも知らないで、デタラメ情報だけでなんでわかったような気分に浸ってるんだよーーー!!この子たちはなぁ、自分たちの格闘技に対する熱い思いとプライドを懸けてなぁ、熱い火花を散らしあってるんだよ!!ド素人のおめーが入り込む余地なんて、隙間もねぇんだよ!!」

志「きゃはははは!!なにそれ?ドラマ仕立てに持っていくつもり?そうやっていつか隠し撮りしてインディーズAVで売りたいっていうの?あんた、頭もアソコも小学生並よねーーーーー!きゃはははは!!」

浩「おめぇ………それはタヴーじゃねえのか?ああ!?」

志「なによぉ!このあたしとやろうってんの?きゃははは!あれほどちびりそうな顔してたのに、あたしとドンパチするのね!?いいのかなぁ?『志保ちゃん情報』のネットワーク、なめない方がいいわよ。あんたのノゾキ情報なんて、明日にでも学年全体に広まってるわよ〜〜〜。そしたらあんた、新学年早々、登校拒否のヒッキーなんてあだ名付いちゃったりしてぇ?」

 堪えきれず、遂に浩之の堪忍袋の緒が切れる。

浩「ズケズケと言わせておけばっ!!」

言葉と共に、拳が力任せに志保に飛んでいく。そのときだった。

 「もうやめてくださいっ!!」

 この一喝にも似た制止の言葉に、一瞬境内の空気は水を打ったように静まり、そして、ゆっくりと時が再び流れ始めたような気がした。慣性に従って、浩之の拳は前へと流れ、ヘッドスライディングの体勢で地面に倒れこんだ。浩之は、照れくさそうに学ランに付いた砂を払い落として、葵の方を見た。

浩「うゎ、ごめんごめん。その………なんて言ったらいいんだろ………」

 この場を取り繕おうとする浩之に、坂下と呼ばれた女が割り込む。

坂下(以下:坂)「あんたたち!長岡志保と、B組の藤田ね。」

志「あらっ!あたしってやっぱり有名なのよね〜。」

浩「お前は黙ってろ。坂下!さっきから大人しく聞いてりゃ、葵ちゃんが弱くなっただの、追随者だの好き勝手なこと言いやがって!!」

坂「これは私と葵の問題よ。あんたたちが介入する隙間なんて許さないわ。ましてや、長岡志保に首突っ込まれて面白半分に騒ぎ立てられるのも、うっとうしい話だから。」

浩「葵ちゃん!俺は葵ちゃんを一人だけで解決させないぜ!俺は、俺は、格闘技同好会の部員だからな!!」

葵(以下:葵)「先輩………」

 一時的に、場の雰囲気が漫画のスポ魂のいいとこだけを切り抜いたように変わったような気がした。しかし、スポ魂は現実的には、簡単にもいかない。

坂「甘えてるんじゃないわっ!!」

坂下の一喝に、現実のスポ魂という雰囲気が一気に戻り、いつもの練習場は、非日常の空気を帯びてくる。

坂「はっきり言わしてもらうわ。あんたのそういうところが最大の弱点なのよ!わかってんの?最終的な実力は、結局自分ひとりで舞台に立って、そこで勝つことで証明されるのよ!あんたは、人に頼ってこのままやっていくつもりなのね!?」

葵「でも、藤田先輩と組むまでは、自分でも鍛錬を続けてきたつもりです!!」

坂「そうかしら?まあ、今までのあんたはそうだったかもしれないわ。葵は昔っからの努力家で、わたしが道場から帰宅するときに、走りこんでる葵をよくみかけたもんだわ。でも、問題はこれからのことよ!どうするつもりなの?葵!」

葵「わたしは………藤田先輩についていきます!」

坂「なっ!?」

 しかし、そこで番狂わせの志保が茶々を入れにかかる。子供が祖母にためになる話を聞いて感心したような顔で、

志「へぇー。ヒロも隅に置けないわねぇー。次の『志保ちゃんニュース』のネタはこれでいこ〜っと!ヒューヒュー!!熱い熱いねェ!」

浩「無視していいぞ。ていうか、絶対無視。」

坂「ここだけは同意するわ。」

葵「先輩、長岡さんって話以上の人でしたね…………。」

崩れかけた雰囲気を立て直す。

浩「本気でそう言ってるのか!?」

葵「はい!だって先輩と一緒に練習してると、先輩が私の力を引き出してくれるような気がして、毎日が達成感があって、充実してます!だから最近、自分が弱くなってるなんて悲観的に感じることはない…いいえ、感じさせることがないところが、藤田先輩にはあるんです。」

浩「葵ちゃん、俺のことをそんな風に………」

坂「そう、よかったわね。葵。いい練習相手がいて。」

思わず、先輩冥利に尽きるといった感じの表情を隠しきれない様子の浩之。しかし、それを、受験に受かった友人を我が事のように静かに喜んでやるように見せかけて、水をさすように坂下が思わぬことを口走る。

坂「ところでさっきの話に戻るけどね。『大人しく聞いてりゃ』じゃなくて、『大人しくせざるを得なかった』んじゃないの?ノゾキのためにはね。葵、あんたはこんなノゾキ魔について行こうなんて言ってるのよ。考え直したほうがいいんじゃないの?」

浩「は?ちょっと待て!だから俺はそんなことしてねぇってば!!」

 なぜわからない?なぜ志保の言ってることを簡単に信じてしまうんだ?といった疑問を浮かべつつ、浩之の表情は明らかに動揺していた。自分を弁護するように、半ば必死に、今までの経過を並べる。

そして、弁護人のように、葵も浩之に加勢する。

葵「藤田先輩は、ノゾキをするような人じゃありません!私、信じてます!」

坂「だから………どうしてそんなこと言い切るのよ?だいたい、目撃者がいるのよ。それに、私達のやりとりをはっきりと聴いてそれに意見できてるのよ。確実に証拠物件が揃ってるじゃない。」

葵「そんなこと、そんなこと絶対にありません!!」

坂「なんで断言できるのよ!?あんたには見えてたって言うの?だから、繰り返すわ。あんたはこんなノゾキ魔について行って、ノゾキ魔を相手にして、空手世界から離れた護衛術の練習をしてるにすぎないのよ!藤田は、あんたにやさしく接するふりして、近づいてあんたを陥れようと考えてる周りの軟派な男と同じなのよ!」

葵「もうやめてくださいっ!!もう藤田先輩を責めるのはやめてください!!」

 見たことがない位の紅潮を帯びてくる、葵の表情。目は今に泣き出しそうな、周りが見ても半泣きと言えるほど潤んでいるように見えた。浩之は、いままで聞いたことがないくらい、声を荒げて抵抗する葵に怯えたようで、何も言えず黙り、内面、俺がこの場を治めないと、と思い、激しく葛藤していた。

 志保はといえば、自分は知らないわ、というように、彼らと目を合わさないように顔を背けていた。障らぬ神に祟りなし。赤の他人を決め込んでいた。普段おちゃらけて振舞っているだけに、こうした張り詰めた空気に慣れていない。

坂「しつこく忠告するけど、藤田はあんたを駄目にしようとしているのよ!」

 坂下のこの言葉を境に、葵はうつむいて、小刻みに震え出す。依然紅潮したままの表情を、うつむいて隠れた顔からは読み取る事は困難だった。

坂「どうしたの?急に黙っちゃって。あんた、こうやって何も言わず波風立てず黙ってるのが得だって思ったのね?あんたにはそんな賢いところもあるんだから、さっさと藤田と関係を断って、練習に専念することね。」

 ところが、ここで意外なほど声のトーンを落として、葵が口を開いた。くわえて、彼女にしてはあまりにも意外な台詞を発する。

葵「誰のおかげでここまで行けたと思います?」

坂「は?………なに言い出すのよ急に。」

葵「私がここまで来れたのは、周りにいた、みんなのお陰じゃなかったんですかっ!?ねぇ!!」  

これは最早怒髪が天を突く様に立つといった感じの怒り方だ。周りの誰もが見てもそれがわかったくらいだった。言葉を発すると同時に、葵は坂下の制服の胸ぐらを?みにかかり、次の瞬間には半殺しにしかねないという勢いだった。

坂「ちょっと!葵!やめなさいよ!!離せっ!離せっ!!くっ!」

 坂下の胸ぐらに絡んだような葵の両腕を、辛うじて離すことができた。制服の胸のリボンが一部裂け、伸びてしまったことは、あの引き裂かれる音とともに確認できた。

葵「こうやって綾香さんや好恵さんやたくさんの目標になる人がいたから…だから、こうやって頑張れたんじゃ、頑張れたんじゃないんですか!?好恵さん!!ねえ!そうなんでしょ!?」

 坂下が迎え撃とうと体勢を整える間もなく詰め寄られ、葵は勢い余ってつんのめり、坂下に将棋倒しのように共倒れしてしまう。体勢を立て直し、立とうとし抵抗を続ける坂下。それに?みかかって、とにかく殴る事に躍起になっている葵、共倒れになってからは、抱き合うように、ほどけるように、横に回転しながら覆面詰め将棋のようなじゃれ合いを繰り広げていた。じゃれ合いとはいっても、あまりにも御幣があって、これを若いアヴェックが臭い台詞を吐きながらノロケ合うのは、微笑ましい光景だが、こう、目が血走って、感情が抑えられなくなっているバーサーカー状態の女子と、空手部の先輩では、『新部長刑事 アーバンポリス24』の一シチュエーションにしか見えない。むろん、ポリスメンからは、喧嘩両成敗だ。

浩「おいっ!もうやめろ!!くっ!ちょっと冷静になれよ!!」

 このときの浩之の選択はただ一つだった。坂下に?みかかって、頬をグーで殴ろうとしている葵を、身を挺して止めることだった。すぐさま、浩之は葵を羽交い絞めにする。

葵「うっ!離せぇ!!離してください!!」

浩「やめろっ!今ここで傷害なんかになったら、俺達の同好会は間違いなく廃部だ!!」

 聞き分けのない子供を止めるようでありながらも、この小さな体には並から外れた力が躍動していた。まるで、暴れ牛の背にロデオして、必死にしがみつこうとしてるようだった。微妙に葵の力に押されながらも、なんとか、葵を止めるのには一役買っていたという感じだが、それでも、一手間違えば、大惨事になりかねない現状だった。

浩「落ち着け!落ち着けよ!!坂下はそんなつもりで言ったんじゃないってぇ!!悪気はなかったんだ!!」

葵「じゃあ、先輩は好恵さんに言われて悔しくないんですか!!?」

浩「今はそれよりも………うげっ!!」

 そのとき、浩之を振り払おうとした葵の右腕が、浩之の、右頬にクリーンヒットした!一瞬だけひるみ、羽交い絞めが解ける。葵は坂下に再び?みかかろうとする。浩之に葵が抑えられている間に、距離を置いていた坂下だったが、すぐに葵に詰め寄られる。

葵「それなのに………それなのに藤田先輩まで否定されたら……私の今までやってきたことは何だったんですかっ!?」

 葵の眼から大粒の涙がひとつ、ふたつ……とこぼれ落ちてきていることは、誰が見ても判別がつく位だった。間もなく浩之が止めに入る。右頬を押さえ、ヒットした衝撃で歯に挟まってしまい切れた唇から、ティッシュで拭き取らないと追いつかないほどの血がほとばしっているにも拘らず、葵と坂下の間に割って入った。

葵「だから、好恵さん!あなただけは…………」

浩「頼む!もうやめてやってくれ!!」

 葵が右ストレートの構えを取る。すぐさま、坂下に拳が突き刺さろうとする。…………もうだめだ、これで傷害は確実、葵は停学か何らかの処分を受け、同好会は解散へ追い込まれる…………

 と、これから起こるだろと予想されるヴィジョンが高速回転で浩之の脳裏を駆け巡ったとき、浩之の下腹部の一点に、激しい戦慄と激痛が走った。正確には、葵と坂下の間に割って止めに入った浩之が、葵の一撃によって、吹き飛ばされたのだ。

浩『もうだめか………?』

浩之の後ろにいた坂下も案の定吹き飛んだ。浩之がクッションになって痛みはなく、痛みは浩之が後ろに倒れ、地面に挟まれるときだけで、浩之に比べれば大したことはなかった。だが、浩之はもう虫の息同然。一瞬血を吐いたように見えたが、実際は切れた唇から溢れた血が、一気に飛沫になって吹き飛んだのだが。しかし、後ろに坂下がいなかったら、2メートル強は飛ばされただろう。それを力の方向に逆らって受け止めたものだからその衝撃は原付に後ろから追突された位になろうか。

葵「…………はっ!!藤田先輩っ!!………好恵さん!?」

そのとき、二人を吹き飛ばしたことで、葵はわれに返った。一時キョトンと狐につままれたような顔をした。さっきの怒り顔からは温度差が激しすぎるくらいだった。顔から下が血みどろの浩之を見て、葵はうすうすことの重大さに気づいていく。そうして、慌てふためいた表情へと崩れていくさまは、坂下から見ても、滑稽に映った。それがある種一服の清涼剤に変わったのか、いつの間にか、坂下は自分が主張していたことが馬鹿らしく思えてきた。葵の表情の変化のギャップにいつの間にか含み笑いしている坂下がいた。

坂「…………………ふっ、………ふふっ。葵、なにその顔は!?」

葵「好恵さん……?な、なんで笑っているんですか?……私、好恵さんと言い争ってたのに。いつの間にか、なにがなんだかわからなくなっちゃって…………。……だから、なんでまだ笑っているんですか!?私の顔に何か付いてるんですか!?」

坂「だって、あんたの慌て方、いきなり鬼軍曹みたいな顔から子供みたいに慌てるのよ。笑わないわけないじゃない。」

葵「そんなぁ…………………」

自分の状況を把握したのか、葵は急に恥じだした。それも坂下の笑いの対象になるところだったのは言うまでもない。

葵「はっ!藤田先輩は!?どうなったんですか?」

坂「さっきから見てると、あいつはあんたの一撃程度で死ぬようなタマじゃないわ。のびてるだけじゃない?」

 もう一方の浩之は、気絶して伸びきったままだった。後でわかったことだが、病院で検査を受けたところ、奇跡的に大きな怪我はなく、医者に冷やかした客を追い返すときの顔をされたという。

葵「先輩!先輩!!起きてください!!」

 浩之を起こそうと試みる葵。最初は揺さぶってみるが、そのうち頬を軽く叩いてみたり、つねってみたり軽く刺激を与えてみるものの、起きる気配はない。

坂「安心して、息はあるみたい。死なないわよ。」

葵「でも、先輩がこうなったのは私のせいで………」

 返事が一向にないので、薄々涙目に変わっていく。それでも浩之は起きようとしない。

坂「葵、あんたの弱いところっていうのはね、思い込みが強すぎて、感情に振り回されがちになるところよ。」

 浩之を起こそうとする声が一瞬止まる。自分の弱さを激しく指摘されたようで、はっとしたからだ。

坂「あんな見え透いたの挑発に易々と乗るなんてね。あんた、まだまだ私に追い着いていないわね。」

葵「そんなぁ………。じゃあ、あれは私を試すためにだったんですか?」

坂「当たり前じゃない!あんたの実力を試す小手調べみたいなものだったの。」

 そのとき、安堵にも似た気持ちからか、それとも、短時間の間に起こった感情の変化が激しすぎたためか、葵はその場に力なくへたれこんでしまう。

坂「だけどね、葵、あんたのコーチ、藤田浩之ってやつは意外とやるわね。あんたの攻撃にはひるんだけど、すぐ止めに入る体勢に入ってたわね。始めて一ヶ月たたない新人なのに、あの回復力だったら、あの一撃からそろそろ立ち直る頃ね。」

葵「そうだ!先輩!!せんぱーーい!!起きてくださーーい!!」

坂「それに、私以上にあんたのこと思ってるみたいだし。あんたの言ってたことも確かかもね。もしかして、あんたのこと好きなのかもね。ふふっ。葵、あんたも隅に置けなくなったわね。」

葵「好恵さん!か、からかわないでくださいっ!!」

坂「勿論冗談よ。でもね、藤田についていって、実力が落ちたなんてことになったら、承知しないわよ。私がやっと認めるくらいまでになったんだから。わかったわね?」

葵「………わぁ……、はいっ!がんばりますっ!」

 しかし、やっとのことで認められたからか、すぐさま目を輝かせて立ち上がる。

坂「いいわ。今日のところは引き分けってことにしておくわ。だけどね、次にやり合うときには私に追い着いておくことね。…………………こんな小細工しかけて失敗するくらいだったら、もっと手っ取り早い方法があったわね。」

葵「えっ!?それってまさか………?」

坂「そうよ、あんたと直接戦うわ。あんたのフィールドのルールでね。葵、あんた受けて立つわね?」

 驚きと戸惑いの中だったが、意外と早くに、葵は答えを出した。

葵「………わかりました。その勝負、お受けします!!」

坂「あんたならそう言うと思ってたわ。…………、あんた、次やるときは私を超えてるかもね。」

 一瞬手で含み笑いを隠して、坂下は境内から去っていった。葵が引きとめようとする前に。

葵「好恵さん!それって、…………。」

 坂下が去ってからの境内は、いつもの静けさを取り戻したようだったが、5分後には、冒頭のような喧騒が訪れることを、葵は知らなかった。

葵「そうだ!先輩!藤田せんぱーい!!」

 浩之の両脇を持ち上げ、揺さぶってみようとする、そのとき、5分が経過していた。

浩「はっ!…………。」

 朝、寝過ごしたことに気づいて慌てて起き上がったように、そして、その日は休日だとわかったように、起き上がり、そして一瞬の間があいた。

葵「先輩!!……よかったぁ。ごめんなさい!私の…………」

浩「葵ちゃん!落ち着いて!!ここで抑えなかったら、何もかも終わってしまう!だから!!」

そういって、葵を再び羽交い絞めにしようとする。どうやら、浩之は、まだ葵が暴走していると思っているらしい。

葵「うわぁ!落ち着くのは先輩の方ですよ!!好恵さんはもういませんよ!!」

 浩之の伸ばした両手を、かわして浩之を説得しようとする。

浩「はぁ!?…………そういや、坂下はいないし、葵ちゃんもなーんか、いつもの顔に戻っちゃって…………。なあ、本当に怒ってないよな?」

葵「はいっ!もう全然そんなことはないですよ!」

 浩之も、短時間の間に喜怒哀楽の変化が激しかったので、冷静になろうと試みてみても、混乱が残る。次いで、安堵の表情が浮かび、緊張が解れたような笑い方をする。

浩「は、はははは…………なんだよそれ……ははは、はぁ。」

葵「今度はなんで落ち込んでるんですか?」

 笑いが漏れきった末に、浩之は頭を片手で抱えるように落胆してしまう。

浩「坂下の言葉が気になって……。葵ちゃんがここまで坂下に責められるのは、俺が悪いんじゃないかって…………俺が弱すぎたからじゃないかって…………情けなさすぎる…………」

 もう片方の手は、握り拳となって、しばらく震えが止まらなかった。今度は浩之が泣きたかったが、涙は見せずこらえていた。

葵「…………ですけど、先輩だったら、私を支えてくれるっておもうんですっ。確かに、誰かが参加しないと、練習にもならないんですけど、先輩は先輩独自の雰囲気があって、その、フィーリングがあうっていうか…………」

 今度は、なんとかして浩之を慰めようと、葵は奔走する。

浩「…………俺は弱すぎた。だから、俺は強くなるよ。今までは、葵ちゃんが言うみたいに、葵ちゃんを引っ張れるかもしれない。だけど、それも今のままじゃ、限界が来る。だったら、これから肉体的にも、精神的にも強くなれれば、俺は確実なコーチになれると思うんだ。だから、…………頼む!!これから本気でやりたいって思ってるんだ!俺につき合ってくれ!!」

 そのとき、葵は胸の奥から、不慣れな新しい感覚が生じたのを確かに覚えた。それに当惑しているのか、うつむきかけて、涙が溢れかけてることを隠そうとしたが、隠し切れず、手で拭い去ろうという仕種からわかった。

葵「先輩………うれしい……嬉しいです。」

浩「おいおい、……泣くことないだろ。でもさぁ、こんな俺のわがままみたいなもんだけどさ、よろしく頼むぜ!」

 泣き崩れる葵の肩を抱こうとする。

 しかし、そのとき茂みの向こうから、忘れられたはずの厄介が再び騒ぎ出す。

志「見たわよ!!決定的瞬間を!!」

 そして、茂みから顔をがばっと出して、今日びの高校生としては派手に登場した。

志「今度の『志保ちゃんニュース』のトップはこれで決まりね〜〜!見出しは『ノゾキ魔、後輩と多様な付き合い―上から下まで』がいいわね。」

浩「志保!!おめぇ消えたかと思ってたのに!!」

 じつは、葵が坂下に詰め寄ったことに恐れをなした志保は、境内から一時退散はしたものの、並外れた野次馬精神が許さないのか、茂みに隠れて機を伺っていたのだ。

志「ふっふっふ……。こんなことであたしの野次馬魂は死なないわよ〜〜。」

浩「……くそぉ…………。」

 一方、葵は忘れられていた呼ばれざる客に動揺したのか、再び無言になって、恥ずかしそうに俯いてしまう。加えて、事を大きくしてしまったのは志保のせいだというのは、周知の事実だったため、今更になって反感が湧いていた。

志「ヒロぉ、あんたこの子がいきなり黙っちゃうから、『折角いいところで』なんて思ってるんじゃないの?」

浩「だっ、誰がそんなこと思うかいっ!!」

 バレバレの図星だった。

浩「だいたい、オメーもノゾキノゾキ言ってるけどな、茂みに潜んで『見たわよ!!決定的瞬間を!!』なんてもっともらしい台詞を吐いてたら、オメーも立派なノゾキじゃないのか?」

 その瞬間、ばつの悪い顔に変わる。そのとき、やけになったのか、自信に満ちた言動から、根拠のない自信が随所に現れだす。

志「なによう!!じゃあ、あんたが証拠物件を押さえたところでねェ、『志保ちゃんニュース』のネットワーク力には所詮勝てないのよ!!」

浩「うっ!オメー、汚ねえぞ!!このド・ヒマ人!!穀潰し!!」

 浩之の言動も、この時点で志保レベルに落ちてしまう。省略したくなるほど下らないガキの喧嘩同然だ。

志「うっさいわねぇ!!あんたどうせ、うまいこと言っておいて、この子と美味しい思いしたいって思ってるんでしょ?やりたい盛りの年頃だから、仕方がないわねぇ〜〜。」

浩「同い年のオメーが言うな!アホ!それに、そんな出鱈目が2度通じるほど単純じゃねえんだよ!!」

志「きぃ〜〜〜〜〜っ!!じゃあ、あんた…………………!!」

その時、志保が再登場して以来、口を閉じていた葵が、口を開いた。

葵「も、もうくだらない事で言い合うのは、もうやめてくださいっ!!」





(The End)






対談形式:後書 Like a Distressignal



作者・アウトロー場末趣味(以下;作)「はい、こんちわぁ。壊れかけのラジオで徳永英明の寿命を探る仕事、主任。阿部野橋の蟻地獄ことアウトロー場末趣味でっす。前回、主人公・ヒロ公に俺のプライドをズタズタにされたんで、二度と呼びません。いつものように、ヒロイン(!)の松原葵ちゃんと、今回はゲストを呼んでまーす!!長岡志保―――――!!!」

志「こらっ!初対面のくせに、呼び捨てで呼ぶかいっ!!あらぁ!?………志保ちゃんでっす!」

葵「こん平さんの真似ですか?こんばんは!松原葵です!!」

作「おいおいおい!!こん平ちゃうで、三瓶やで三瓶!!三瓶、左手モロ挙げてへんがな!例のヒロ公に教えてもらっとるんかいな?気ぃ悪いわぁ。」

葵「先輩は間違って教えてたんですか!?」

志「そうよ。あいつはねえ、知らない子に出鱈目吹き込んで楽しんでるヤツだから、あいつは最低の………」

作「やめときや!よう無事やったわ、ジブン。」

葵「でも、アウトローさん、書かれた後、あんまり機嫌がいい風に見えないんですけど、なにかあったんですか?」

作「せやねん。前作「There'll be finish for unexpected result」は、自分で言うんはなんやねんけどな、ゲームSSであんまりやらへんような表現技巧とか、ギャグやったり、ちょっと趣味に走ってみたり、それなりに自分が出せてたんよ。それやねんけど、なんか、今回正統派SSに近づいてもうたし、キャラクタの性格にはまったコンボが目立ってしもうて、お約束みたいで、自分の思う通りにいかへんかったんで、不満やねん。」

志「台詞が一つ一つ白々しかったもんね。」

葵「でも、アウトローさん、書いてるときは山と谷があって、もの凄く書けるときとそうでないときがあって、大変だったんですね?」

作「白々しいんは、文章能力不足やねんな。」

葵「加えて、アウトローさんのストリートライブの原稿を書いてたそうですから。春休み入っても忙しかったみたいですね?」

作「さらに、専攻分野の勉強やったり、調べ物したり、合作で別にSS書いたりで、マジでハードやねんよ。」

志「ストリートの方は、わけのわかんないことばっかしやってるのにねえ。」

葵「アウトローさん。今回のSSは、最初のアイデアよりも、後で思いついたのが採用されたんですね?」

作「前回もそうやってんよ。で、急に思いついて、15分で8割纏まるってなパターン。深夜の電話リクエスト番組聴いてて、テレビの話題になってんよ。『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ 土曜13:00〜14:00)の中の企画で、同じ事務所の先輩後輩同士がペア組んで、後輩が先輩をあの手この手使って、キレさせて、出演者が誰が早くキレるか予想するやつやってたんよ。で、TKOっていう漫才コンビの木本と、海原はるかかなたの海原はるか、ほら、髪の毛を相方に吹かせて笑いを取ってるやつね。あれが、まあ、松竹芸能同士やからね、先輩後輩のコンビ組んで、やってたわけよ。」

志「全然わかんないわよ〜〜〜!関西タレントなんて、桂小枝とか、北野誠とか、石田靖くらいしか知らないわよぉ!」

作「おおっ!流石『探偵 ナイトスクープ』は全国区やな!!で、そのコンビな、木本が海原はるかをいくらけなしてもキレへんのよ。で、ナイトクラブで、『たかじん胸いっぱい』のスタッフをけなしだしたら、静かに切れ始めて、で、木本が謝ったら、海原はるか、大泣きしてもうたんよ。『いままで、失礼なこと言うてごめんなぁ〜』言うて。」

志「50代のおっさんが、大泣きしてたらちょっと、引くわよねぇ〜。」

作「で、その終わりのほうのトークで木本が『あの人は自分が傷つけられたときより、人が傷つけられたときにキレんねんな。キレ方にもようけえあるねんなぁ。』くらいのこと言うてたんで、俺は、これや!!って思ったんよ。」

葵「でも、それって暗に先輩の悪口を言ってたってことですよね?」

作「だって、憎たらしいやろ?毎日怠惰に過ごしてるイキがり高校生がよ、大して努力せえへんでも、女の子が寄って来てモテルんやで。気い悪いやん?」

志「いわれてみれば、あの態度ムカツクわね〜〜〜!なにが『思いっきり青春を輝いてみろ』よ!」

作「で、イザてときに臭い台詞吐きようてからに、どんだけ調子ええやつやねん!?で、そういう話書いてみるけど、そのままいったらオチつかへんから、結局ハッピーエンドに持ってかれるねんな。せやから、今回は志保との口論でヒロ公がちょっと押され気味のところで止めといたんよ。せやから、このまま行けば志保の勝ちやってん。」

葵「じゃあ、長岡さんと先輩は仲良くしないんですか?」

志「ちょっと!気持ちの悪いこと言わないでよぉ!!想像してみてよ!あたしとヒロが仲良くしてるところをよ!あたしとヒロが街でお揃いの柄のセーター着て、占い行って相性がいいって言われて、ラヴラヴになって、イチャついてるところよ!!想像しただけで気味悪いわ!」

葵「長岡さん、ひょっとして先輩のことが…………」

志「んなわけないでしょ!!あたしは、ヒロと葵ちゃんがうまくいくようにって、陰ながら見守ってるだけよ!!」

作「ノゾキをそう言い換えるんかい。折角、志保とヒロ公がくっついて、葵ちゃんから離れるって期待しとったのに。」

志「あんたに、葵ちゃんを満たせるほどの実力なんて無いじゃないのぉ!」

作「ちっ!住む世界が違いすぎたんやな……………葵ちゃんは格闘技。一方俺は、ストリートパフォーマンス、フランス・スペイン語、ラジオに投稿して常連、鉄道、変な音楽を作曲、etc………引っかかるもんなんて一つもあらへんがな…………」

葵「で、でも、こうやって自分を持ってる人って、私好きですよ。私みたいに一つのことしか見えないより、こんなに広い視野持ってて、こんなに多趣味な人って、ちょっと憧れたりします…………」

作「…………そうかい、そうかいなぁ。それが少しは救いになるわ…………」

志「じっ!!…………ちょっとぉ。好きって言っても“like”のほうで、“love”じゃないわよぉ。」

作「なんやねん!!少しは俺に夢見させてぇな!」

志「じゃあ、折角大阪まで出てきたことだから、いい店紹介してよぉ〜。あんた、京橋によく行くそうね?」

作「そやな。そんじゃあ、そこで二次会と行こかいな!京橋の「L’ebauche」っていうお洒落な居酒屋があるねん。そこで、パリのミュゼットをBGMにグラス傾けつつ語ろうや。な?」

葵「私、お酒が飲めない年頃です!!」

志「貧乏学生がキザな台詞吐くんじゃないわよぉ。」

作「志保なんざ、純喫茶「和泉ヶ丘」で十分や!!純喫茶のくせにてっちり鍋が出るし、サイドメニューは裏の同系列の中華料理店からオーダーして出す喫茶店や。常連客とヨタ話しとき!行くで!葵ちゃん。」

志「ちょっと〜〜〜〜!!待ちなさいよぉ〜〜!!わかってるわよねぇ〜〜、あんたは一生つまはじきなのよ〜〜!!」

作「殺生なこと言わんといてーーー!!」



(了)



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