TO HEART SIDE STORY
"The Winner have not been in this World"
Epiloge
空が高く、雲一つない青空の下で、葵はベンチに腰掛けていた。ちぎれ雲が浮かぶ空で雲雀が鳴き、燦々と太陽が輝いていた。木々の間から降り注ぐ木漏れ日に目を細め、腕時計に視線を落とす。
「悪い、待ったかい?」
声と共に影が落ちる。見覚えのある顔がそこにあった。
「いえ、今私も来たところですから」
顔を綻ばせ、葵は浩之に答えた。
「・・・・・・何ヶ月でしたっけ?あの日から」
歩く道すがら、葵が問うた。
「今日で丁度3ヶ月だったはずだ」
浩之が答える。街は初夏の様相を呈し、あの騒ぎが嘘であったかのように彼等はすっかり日常へと立ち戻っていた。特にどうという事のない日常、それに深く埋没してゆくにつれ、あの3日間が遥か遠い日の出来事に思えてきてならなかった。それが喜ぶべき事なのか、哀しむべき事なのかは今だ解ろうはずもなかったが。
「何か進展はあったんでしょうか?」
「なんもない・・・バイオテックは再生中だし、ラケシスの国は容疑を否認している・・・まあ、認めたら国際問題どころの騒ぎじゃなくなるからな。認めるわけもないだろうが」
聞くだけ無駄だと言わんばかりの態度だったが、これが浩之のスタイルなのだから葵は気にせず再び訊ねた。
「ラケシスといえば・・・どうなったんでしょう、あの人」
葵の表情に影が落ちる。残骸からラケシスと思しき死体は発見されなかった。というよりむしろ部隊の構成員や警備員達の死体とごちゃ混ぜになっており、誰が誰だか判別できなかったというのが正直なところだったが。
「さあな・・・」
気になるか、という言葉を飲み込む浩之。それは愚問であり、葵を傷つけるということが判っていたからだった。そして言葉を濁し、再び歩く2人。
2人が辿り着いたのは、白い壁に覆われた巨大な建物の前だった。入口置かれた御影石のプレートに『来栖川総合病院』と刻まれている。勝手知ったる他人の家、とでも言いたげに看護婦や医師達に挨拶を交わしながら、病院内を歩いてゆく。やがて2人は一つの病室の前に立ち、葵が扉を叩いた。
「開いているわよ」
聞き慣れた声が扉の奥から聞こえてきた。
「よお」
「元気?」
扉を開けて入る2人。
「なんとか、一般病棟にももうなれたわ」
ベッドに腰掛けたまま外を見上げていた那智が答えた。彼女はあの後綾香と芹香の口添えで治療技術は最高レベルだが、本来なら有力者かその関係者しか治療を受けられないこの病院に入院し、幾度にも渡る大手術にも耐えて今こうして彼女たちの前にいた。
「はい、お見舞いだよ」
葵が鞄からリンゴの入った袋を取り出し、傍らのテーブルに置いた。
「俺からも」
あかりに選んでもらった花束を浩之は手元に置いた。
「あ、私リンゴ剥こうか」
いそいそとリンゴの入った袋を抱え、立ち上がる葵。
「ナイフなら給湯室にあるわ。右に出てつきあたりよ」
「ありがとっ」
袋を抱えて、葵が小走りで駈けてゆく。そんな葵を微笑ましげに見つめる浩之。
「・・・・・・いい子だよな」
「ええ・・・」
浩之の言葉に那智が頷いた。
「何カ所切ったんだっけ?」
「7カ所よ、見たい?」
やや悪戯げな笑みを浮かべて、パジャマの襟元に手をかける那智。
「止めろ・・・葵ちゃんに誤解される」
「そりゃそうね。葵がキレたら浩之、あなたなんかあっというまにボコボコよ」
その様子を想像すると余程おかしかったのか、那智が『くっくっ』と笑う。
「ふう・・・ま、冗談はともかく、どうすんだあんた?」
回復はしてきているが、その後が問題だった。この国に彼女の帰るところはないのだから。
「しばらくは師匠の所に厄介になるつもりよ・・・後のことは、ゆっくり考えるわ」
「・・・・・そうか」
*
「ねえ先輩?」
帰る道すがら、葵が言葉を発した。
「うん?」
「私・・・色々考えてみたんです。あの事件のこと」
やや伏し目がちに言う葵。
「先輩は以前仰いましたよね、勝つこととは・・・負けることとは何かって」
「・・・ああ」
決意したように瞳をあげ、浩之を見る葵。
「あの戦いで、那智ちゃんや師匠と会って、ラケシスと戦って、その意味が少し解った気がします」
「ラケシスか・・・」
あの炎の中に消えていった男の姿が浩之の脳裏をよぎった。
「・・・動けないわけはなかったと思うんです。急所は外しましたし」
「殺したと思っているのか・・・・・・あの男を?」
葵は黙して答えない。それは無言の肯定。
「いつかラケシスが言っていたように・・・本質的に格闘技とは生き残るための手段・・・・・・そして、その究極は命の奪い合いだと・・・そんな気がしました・・・私は、とんでもないことをしている・・・そう思うんです」
小さな肩を震わせ、葵は言う。
「葵ちゃん・・・・・・」
そんな葵の肩に、そっと手を置く浩之。潤んだ葵の瞳と、真摯な輝きを帯びた浩之の瞳が向き合う。
「先輩?」
「確かに葵ちゃんの言ったことは正しい・・・・・・だが、それは半分だけだ」
「え?」
予期せぬ答に、葵が目をしばたかせる。
「確かに格闘技は生き残るための手段だ・・・・・それは真実だ」
「はい・・・」
頷く葵に、浩之は更に言葉を続ける。
「だが、それが命の奪い合いになるのかってことは、別問題だ」
「・・・どういうことでしょう?」
気がついたらいつもの神社に2人は来ていた。境内に腰掛け、浩之は葵を見つめる。
「あいつは確かに動けなかったわけじゃないだろう・・・だとしたら、死を選んだのはあいつの意志だ。それは葵ちゃんが気にする事じゃない」
「ですけど・・・」
「君は殺戮者になりたくてエクストリームを始めたのか?」
「そんな、違います!!」
大声で否定の意を示す葵。
「ならいいんじゃないか?確かに戦いの中で、命を落とすこともあるだろ。だけど葵ちゃんは、その覚悟をしていないのか?」
「え?」
「少なくとも格闘技を生業とすることは『そういった』ジレンマを抱える事だと俺は思う・・・君は知らないだろうが、俺は他人をこの手で傷つけたことがある」
「どういう・・・ことです?」
葵はわけが解らない。
「俺は、この手で友達を傷つけたことがあるんだよ・・・まあ、別に殺したとか、再起不能にしたとかそういうことじゃないが」
「それは一体?」
「雅史だよ」
「佐藤先輩・・・?」
「ずいぶん前の事さ。俺と雅史がサッカーをやっていた頃、俺があいつにスライディングをかけて、誤ってあいつの足に3針も縫う大けがをさせたことがあってな・・・」
そしてあいつの足にはまだその傷が残っているはずだ、と浩之は続けた。
「その話をあいつにすると、あいつは笑うんだ。『怪我をしたのは僕が未熟なせいだ、浩之が気にすることはない』ってな・・・そうは言っても割り切れるもんじゃない。俺はそれ以来サッカーは止めた」
遠い目をして、空を見上げる浩之。太陽は西に傾き、空を赤く染め始めていた。雲も合わせて赤く染まり、黄昏の空に鴉が舞っていた。
「先輩・・・」
そんな浩之をただ見つめる葵。浩之はかつて自分と同じ道を通り抜けてきた事がある。それが身にしみて解った。
「確かに生きるには、何かをするためには誰かを傷つけることもあるだろう。自分が傷つくこともあるだろう・・・・・・だけど、それらは全て覚悟の上でのことなんだ」
「覚悟の上・・・」
「そうだ、何かをするために払った犠牲を考えると、確かにこの世界に勝者なんて存在しない。それでも、そのために前に進み続けることが重要なんだと俺は思う。たとえ誰かを傷つけたとしても、そんなことは些末なことだ」
言って、浩之は立ち上がった。
「先輩・・・」
「答えを急ぐ必要はないさ・・・・・・その答えは、俺達が進む道で見つけよう」 そう言って、浩之は笑った。
戸惑う葵。
浩之はそんな葵を穏やかに見つめる。
浩之の瞳を見つめる葵。
その眼差しが迷いを消してくれる・・・そうとすら思えてきた。
駆け出し、浩之の横に立つ。
そして2人は、夕闇に染まる街へと歩いていった・・・・・・
*
瓦礫に埋もれた廃墟。
ぐらり。
瓦礫の一つが傾く。
自らの体を押さえつける瓦礫を押しのけ、立ち上がる1人の影。
「・・・・・・死にぞこなったか」
だれにともなく呟き、影は辺りを見回す。
そして彼は、遠く耳に届く波の音を頼りに、
あてどなく彷徨い始めた・・・
TO HEART SIDE STORY
"The Winner have not been in this World"
THE END
SPECIAL THANKS TO
HIRORIN
LEAF
AQUA PLUS
AND
YOU.....
PRESENTED BY
OROCHI
参考資料一覧
基本設定関係
プレイステーション用ソフトTO HEART/LEAF/AQUA PLUS
パソコン用ソフト 初音のないしょ/LEAF
TO HEART VISUAL FAN BOOK /メディアワークス
トゥハート 公式ガイドブック THE ESSENCE OF TO HEART/アスペクト
追加設定関係
現代用語の基礎知識/自由国民社
天獅子悦也/カーマンに指令を/新声社
世界ふしぎ発見/TBS
その他
上遠野浩平/ブギーポップ・シリーズ/メディアワークス
あとがき
私の尊敬する作家の1人に、上遠野浩平という作家がいます。アニメや映画にもなったブギーポップシリーズの作者で、彼の作品を読みながら、今回の話のコンセプトを考えてみました。
今回のコンセプトは「葵ちゃん達の冒険」であり、そしてテーマは、彼女たちにとって避けては通れない問題であろう「勝利、敗北とは何か?」ということです。この辺り「ストリートファイター」のリュウ辺りにも共通する所があるのですが(笑)葵ちゃんはそういう問題にいつかぶちあたるのではないかという事を考えて、あえてこのテーマを通しました。
とまあ意気込みはよかったのですが、結果が・・・・・・・なんかえらく中途半端で支離滅裂な話になってしまったと自分では結構反省点が多くなってしまいました。ブギーポップは、登場人物達がそれぞれの悩みや問題と向き合って、最後にそれらの結末を見つけだすというものです。
今回彼等は様々な問題に直面します。友情、貧困、技術、格闘の意味・・・などなど。が、結局彼等は答えを見いだせたのだろうか?ということを考えるとやはり中途半端になった気がします。更に途中まで出ていた清瀬師匠と坂下も結局最後で出すことが出来ませんでしたし(当初の予定では、あの2人も最終決戦に関わる予定でした)・・・まだまだ修行が足りないと言うことですね(苦笑)
ともあれ、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。次に現れるのは何処でどのような作品になるか解りませんが、どこかでまた私の作品を見つけたら、できれば読んでやってください。
それでは、また何処かで。
2001年5月
OROCHI