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              お祝いは?

                          はぐ☆マルチ


『勝者、藤田!』

「やったぁっ!」
 相手が倒れた瞬間、主審が先輩のサイドへ手をあげた瞬間。
 先輩の下に駆け寄る私の姿が映っていました。
 先輩のところまで駆けて、呆然としてる先輩の背中に抱きついてる。
「先輩、先輩、やりましたね。おめでとうございますっ!」
 しがみついてる私から、そんな声が聞こえてます。
 ちょっぴり涙、流してたんですよね、あの時。

 カシャッカシャッ

 フラッシュが焚かれて、カメラマンがシャッターを押す音。
 でも、そんなことも気にならないくらいに興奮して、一生懸命抱きついてる。
 そんな中で、先輩ずっと呆然としたまま、右の手を見つめてます。

「なぁ、葵ちゃん」
「はい?」
「いいかげんやめようぜ、なんか恥ずかしいぜ」

 ピッ
 先輩、ビデオのリモコンを押してテープを止めちゃいました。
「あ…あぁ〜ぁ…」
 画面が切り替わってしまう。

「せっかく、これからいい場面だったのに…」
「あのなぁ、自分のああいうとこ見てたら、すっげぇ恥ずかしいんだぜ」
 そんなこと言われても、見たいのになぁ。
 先輩の優勝インタビュー…。

 エクストリーム大会から2日。
 祝日を利用して、エクストリーム大会を録画していたのを、先輩の家で一緒
に見ることになって、今まで見ていたんです。
 私は準決勝で綾香さんに勝てなくて、3位に終わっちゃいました。
 でも先輩は、並居る強豪を押さえて、見事に優勝してしまったんです。
 決して大きくない先輩と私が、こんな成績を残したんで、マスコミの方には
質問攻めを受けて…。
 先輩緊張してて…ふふっ…。
 今でも思い出したら笑い出しちゃいそうです。

「葵ちゃん…何考えてるんだ?」
 ふと、先輩の恐い声が聞こえて、横を向くと。
「あ、あはは、せ、先輩。なんでもないです」
 声以上に恐いです、先輩の今の顔。

「………」
 うぅ、先輩怒ってるのかなぁ…。
「………」
 ………。
「………」

「…ごめんなさい、先輩」
「…まぁ、いいけどな」
 ぷいっと横向いちゃいました。
 本当に怒っちゃったんだ。
「ごめんなさい、先輩嫌がってたのに」

 先輩、私の頭にポンって手を乗せて、
「…もういいよ、な」
 やっとやさしい声に戻ってくれました。
「ま、とりあえずはあのことは忘れろよ」
「ふふ、はい。わかりました」
 先輩の言葉に苦笑いを浮かべて返事をしました。

「さて、もう6時か」
「あ、もうこんな時間だったんですね」
 外を見ると、とっくに陽が落ちて、真っ暗になってました。

「今からなんか作るにもあれだし、インスタントもなぁ…。外で食うか?」
 振り向いて尋ねた先輩に。
「いえ、私が作ります!」
 って返したんです。
「え? いいのか?」
「はいっ、先輩の優勝お祝いです」
 そしたら、先輩は困った顔して。
「でもなぁ、材料がないんだ、これが」
 そう言って、台所のほうへ歩いて行きます。
 そして、冷蔵庫をあけると…。

「…ない、ですね」
「な」
 冷蔵庫の中には、ジュースと卵、他に数品の野菜があるだけでした。
 うーん、どうしよう。

「やっぱり、外に食いに行こうぜ。それかピザでも取ろうか?」
「…いいえ作ります、これでも十分作れますよ!」
 やっぱり、人がいっぱいいる中で食べるより、先輩と二人っきりで食べたいですし。
 先輩と二人っきり…二人っきり…二人…。

 ………あ、あはは。
 ほっぺが熱くなってきちゃいました。

「そ、それじゃぁ、作りますから。先輩はテレビでも見ながら待っていてくだ
さいね」
 赤くなった顔をごまかそうと、先輩に背を材料の選別を始めました。

「…うーん、久々に葵ちゃんの手料理食べたいしなぁ…じゃぁ、頼むよ」
「はいっ!」
 先輩のほうには顔をむけないで元気に返事しました。
 だって、顔がすごく熱いから。

 ジューーー、ジューーー

 ♪

 ハミングを口ずさみながら、急いで料理を作っていたら。
 不意に、背後から音が聞こえないなぁって思って。
 振り返ってみたら、先輩が、じっと見てるんです、私のほうを。

「あれ? 先輩。どうしたんですか? まだもうちょっと掛かりますけど」
「…あぁ」
 どうしたんだろうって思いながら、また料理に集中しました。

 それで、全部出来上がった時。

「先輩、できまし…あれ?」
「………」
 やっぱり先輩、ソファーに座ったままで私のことを見てたんです。
「どうしたんですか?」
 もう一度聞いてみたら。

「…いや、葵ちゃんが料理作る姿、初めてだったからさ、なんとなく、な」
「え? そ、そうでした?」
 そう言われてみれば、お弁当を渡した事はあったんですけど…。
 先輩の前でお料理を作るのって…なかったなぁ。

「鼻歌、歌いながらするなんてさ、可愛いなぁってな」
「え? あ、そんな…」
 本当にずっと見られてたんだ。
 そう思ったら、すごく恥ずかしくて。
 体をすくめて俯いちゃいました。

「せ、先輩。ご飯にしましょう」
「おう、そうだな」
 話題を変えて、二人で出来上がった料理を運び始めました。

 ………

「はぁっ、食ったぁー」
 手を後ろに投げ出して、天井を見上げています。
 私は、そんな先輩を見ながら、ちょっと嬉しい気分に浸っていました。

「やっぱ、葵ちゃんは上手だな、料理」
 後ろに倒していた体を前に戻して、先輩はそう言いました。
「え? そ、そんなことないですよ」
「いいや、普通、こういう格闘とかしてたら、おおざっぱでダイナミックなの
想像するけどさ、葵ちゃんの作る料理って繊細だもんなぁ」
 先輩の言葉に、そうなのかなぁ、先輩のためだし丁寧に作ったからかなぁ。
 そんなこと考えていました。

「ふぅ、それにしても、うまかったぁ。葵ちゃんからのお祝いだな、これ」
「え?」
「ほら、だってそうだろ。たったあれだけの材料から、こんなおいしい料理作
るなんてさ」
「そんな、そんなことないですよ。それに…」
「ん?」

 口ごもった私と、私の言葉を待つ先輩。
 何秒か、何十秒か、沈黙のひとときが過ぎました。

「それに…先輩へのお祝い、別に…」
「え? もしかして…」
「は、はい。その、お祝いのプレゼント、買ってきてるんです」
 両手を、お願いする時のように合わせながら、呟きました。

「うっわぁ…こんな料理の上に、プレゼントまでなんて…優勝するもんだなぁ」
「くすっ」
 先輩、ちょっと外れたことを言うから、おかしくなっちゃいました。

「それじゃぁ、取ってきますね」
 そう言って、リビングを出た私は、玄関先に出ました。
 チャイムを押す前に、玄関の影に隠しておいたんです。
 先輩に見つからないようにって。

 ブルーとホワイトのストライプの包みを纏った四角い箱。
 それを持って、リビングに戻りました。

「…あの、先輩。優勝、おめでとうございますっ!」
 その箱をさし出して、深々とおじぎしました。
「うん、ありがとう、葵ちゃん」
 先輩も受取りながらちょこんとおじぎ。

「な、見ていいか?」
「はい、もちろんです」
 先輩に気に入ってもらえるか心配だから…。
 すぐに見てほしかったんです。

 ガサガサガサ

 先輩、包装紙を破らないように気をつけながら箱を取り出しました。
「タオル?」

 そうなんです。
 先輩のためにって、スポーツタオルを買ったんです。
「へぇ、いいデザインだなぁ」
「そ、そうですか? 男の人っぽいのを選んだんですけど…」
 ちょっと自信がなかったから、先輩の誉め言葉にちょっと驚いちゃいました。

「前から思ってたけどさ、葵ちゃんって意外にセンスいいのな」
 先輩は感嘆のため息。
「うーん…」
 自分ではそういうのはわからないから、ちょっと返事に困っちゃいました。

「遊びに行く時でも、いい着こなししてるしさ」
「そうですか?」
「あぁ、これからは服とか買う時は葵ちゃんに頼もうか」
 先輩、そう言って笑いました。
 先輩にほめられて…ちょっと嬉しかったです。


 お話しも一段落したところで、不意に先輩が素っ頓狂な声を上げました。
「うわ、もう12時過ぎてるじゃねぇか」
 その言葉に壁の時計を見ると、確かに12時を回っちゃってました。
 もうそんなにおしゃべりしてたんですね。
「あ、本当ですね。明日の朝、起きれなくなっちゃいますね」
 時間たつのって早いあなぁ。

「そろそろ、寝るか…って、その前にお風呂入るか? 葵ちゃん」
「え? あ、はい。それじゃぁ、お借りしていいですか?」
「あぁ、もちろん。それじゃ、お湯張ってくるから待ってな」
「はい」
 先輩は立ちあがってリビングを出ていきました。
 しばらくして、お風呂場からジャバジャバという音が聞こえてきました。
 その音を聞きながら、じっと待っていたんですけど。
 1分、2分、3分。
 5分、6分、7分。

 音は止まらないで、先輩も戻ってこなくて。
 静かなリビングに一人っきりで。
 ついさっきまで楽しくお話してたのに、今はひっそりとしてて。
 どんどん寂しくなってきたんです。
 だから、先輩のいるお風呂場に向かいました。

「あれ? どうしたんだ?」
 お風呂場まできた私を迎えたのは、先輩の不思議そうな声。
「い、いえ。何もすることがなかったから、ちょっと…」
 とってつけたような言葉でごまかそうとしたんですけど。
「この、寂しがりや」
 先輩、にやついてそんなこと言ったんです。
 私の心の中見透かされてるみたいで、すごく恥ずかしかったです。
「………」
 何も言い返すことができないです。
 だって、本当のことだから。
 たった数分の間なのに、先輩がいないと寂しくなってきて。

「もうちょい待っててくれな…え?」
「先輩…」
 無意識に、先輩の背中に抱きついてました。
「…まったく。ホントに寂しがりやだな、葵ちゃんは」
 先輩の背中ごしに聞こえてくる声。
 さっきのからかうような言い方じゃなくて、優しい先輩の声。

「いつもと同じです」
「…何が?」
 ぽつりと出したつぶやきを、先輩は聞きのがしませんでした。

「いつも、先輩と一緒に帰ったり、先輩とお弁当食べたり。そんな時と同じです」
「………」
 先輩、今度は何も言わないで私の言葉を待ってる。
「先輩とお話して、別れた後、いつもこんな気持ちになるんです」
「…どんな?」
 肩ごしに私の顔を覗き見ようとする先輩から、隠すように背中に顔を埋めました。

「…言葉にするの難しいです」
「…そう」
 ぎゅっと先輩にしがみついたまま。
 そのまま、ずっと。

「さ、葵ちゃん。お湯、張れたぞ」
「…はい。着替えもってきますね」
 先輩の背中。ちょっとなごりおしいですけど。
 立ちあがって、リビングに戻りました。

 かばんから一回り小さなビニールバッグを取りだして、お風呂場に戻りました。
「あれ? 先輩、どうしたんですか?」
 お風呂場の扉にもたれかかるように、先輩がそこにいました。
「あ、いや。なんでもない」
「?」
 その時、先輩が考えていた事がわかるのはもう少し後のことです。

「タオルはそこの戸棚に入ってるから」
「はい、それではお借りしますね」
「あぁ」
 ぱたん。
 返事と同時に、脱衣場と廊下の扉が閉まりました。

 どうしたんだろう、先輩。
 出ていく前の、先輩の何か言いたげな顔が少し気になったんですけど…。

 服をひとつひとつ脱いで、折りたたんで、お風呂場に足を入れました。
 ひんやりとしたタイルの冷たさでちょっと体が震えます。
 寒さなんて毎日の練習で慣れてるはずなのに、こういう時の寒さは違うんですよね。
 洗面器一杯にお湯を汲んで、ばしゃーって体にあおりました。
 ちょっと熱めかな。
 先輩ってこれくらいが好みなのかなぁ。
 そんなこと考えてました。

 お湯につかって、ぼーっと2日前のこと思い出してみる。
 優勝した先輩へのインタビューのあの時のことです。

『格闘歴1年半での、制覇。ご感想は』
 先輩の後ろで待機しておくように言われた私を、ちらっと見てから。
『信じられないって言うか、優秀な…パートナーのおかげだと思ってます』
『女子の部で3位に入った松原選手のことですね』
『はい。彼女がいたからこの世界入ったし、彼女との練習で身につくものが多かったんです』
 先輩の話に、胸の中がくすぐったくって、あったかくて、恥ずかしかったです。
 もちろん、すごく嬉しかった。
 先輩の大きな背中を見ながら、どうしてかちょっと涙がこぼれちゃいました。
 たぶん、自分のこと以上に嬉しかったからだと思います。

『松原選手、松原選手』
 先輩ことばかり考えてぽーっとしてたKSら、突然インタビュアーの人に呼ばれたことにも初めは気がつかなかったんです。
『松原選手、ちょっとこちらにお越しいただけますか』
『あ、は、はいっ』
 ようやく気がついた私は、お立ち台の先輩の隣に立たされました。

『松原選手、藤田選手のパートナーとして、藤田選手の快挙、どう見られましたか』
『…あの、凄いです。私、先輩優勝して本当に嬉しいです』
 インタビュアーの人にではなくて、先輩を見つめながら。
『さんきゅ』
 感極まっていた私の髪をわしわしと撫でてくれた。
 もう、涙が止まらない。

『おっとおっと。松原選手の目から大粒の涙ですね。大会出場選手でも、共に小柄の部類に入る二人が成し遂げた快挙。みなさん、大きな拍手をお願いします』
 パチパチパチパチ。
 会場一体から沸き起こる拍手を聞きながら、顔を被って泣きつづけてました。
 そんな私を先輩は優しく抱きしめて、通路まで連れてくれたんです。

 頬で感じる先輩の鼓動が。
 すごく…安心できた。

 あれから、まだ2日しか経ってないんだ。
 もう、何週間も前の出来事に思えちゃいます。
 家に帰っても、昨日の学校でも。
 みんなに騒がれちゃって、少し疲れちゃいましたから。

 だから、こうして先輩と二人っきりでゆっくりとした時間を過ごしていると。
 昨日までが夢みたいに思えるんです。

 コンコン

「葵ちゃん」
「え? はい、何ですか?」
 すりガラスの向こう側に先輩の影が見えます。
「あのさ…もう洗ったか?」
「え? 洗ったって…体ですか?」
 聞き返してみると。
「あぁ」
「まだ、ですけど。それがどうかしましたか?」

 がちゃ
「なら、オレが洗ってやるよ」
「………」
 最初、何が起きたのかわかりませんでした。
 先輩がドアを開けて入ってきて…。
 入ってきて…。
 入って…。

「せ、せせせせせせせ、せんせ、せんっ」
「はいはい、上がった上がった」
 短パン半袖という格好の先輩が、お湯に手を入れて、私の腕を引き上げます。
「きゃっ、嫌」
 思わず、先輩の手を振りほどいて、躰を縮こまらせてしまいました。
 でも、あまりにも突然で。

「今日は葵ちゃんが晩飯作ってくれたしさ、お返しだよ」
 そんな、お返しって言われても、こんなの。
「で、でも、あれは先輩の優勝記念で…」
「うーん、ならこれは、オレが優勝できたのは葵ちゃんのおかげだし、その感謝ってことでどう?」
「だ、だ、ダメです。ダメ。恥ずかしいです」
 首をぶんぶん振って、イヤイヤしても、先輩引いてくれません。

「なんだよ、裸なんて何度も見てるだろぉ? 今さらなんだよ」
 それとこれとは別ですよぉ…。
 あの春の日から、先輩に何度も抱かれてますけど。
 お風呂に入ってる時を見られるのって初めてだし…。
 言い訳みたいなことを頭の中で考えながら、もごもごしてたら、先輩業を煮やしちゃって。
「あぁ、もぅ。はい、上がった。」
 私の両脇へ差し入れて、強引に立たせたんです。
「きゃっ」
 抵抗して、お湯に戻ろうとしたんですけど、先輩の力が強くて。
 結局、外に出されちゃいました。

「せ、せんぱぁい…」
 恥ずかしさで目が潤んできちゃいます。
「まったく…綺麗なんだから、恥ずかしがることないだろ」
「…先輩がそんなこと言うから恥ずかしいんですよぉ」
「はいはい。わかったから、ほれ」
 私の言葉も相手にしてくれないで、そう言って椅子を差しました。
「…わかりました」

「うーん。いつも思うけど、葵ちゃんってこんなことしてる割には、体綺麗だよなぁ。うん」
「せんぱぁい、意地悪言わないでくださいよぉ」
 後ろを振り返って、泣きそうな声で訴えました。

 ぷに
「へ?」
 先輩が、振り返った私のほっぺをくにってつまんだんです。
「??????」
 突然のことに頭の中は?マークでいっぱいになっちゃいました。

「よし、黙ったな。洗うぞー」
「あ、ひ、ひどいです、先輩」
「ははははは。それ」
 会話もそこそこに、いつの間にか泡だらけになったタオルで私の背中を擦り始めました。
 私の体を気づかってるのか、先輩の洗う力はすごく弱くて、こそばゆかったです。

「…あの、先輩。もう少し強くしてもらっても構いませんよ」
 もう、ここまでされたら拒否もできないし、先輩にそう言いました。
「ん? そうか? 女の子の肌だからなぁ、強いといけないかと思ってさ」
「大丈夫です。それに、なんだかくすぐったくて」
「弱すぎた?」
「…はい」
 コクンと頷いてみせました。

 ごしごしごし
 そうしたら、先輩はさっきより強めに擦り始めました。
 肩、背筋、腕、わき腹、腰。
 先輩の辿って行く奇跡が、ぽわぁって暖かくなっていきます。
 されるまではすごく恥ずかしかったけど。
 こうしてると、なんだか…。

「さて、終わりっと。じゃ、足だして」
 今度は私の前に回って、足を上げて洗い始めました。
 太ももから、ひざ、すね、足。
 別に体をまじまじと見るわけでもなくて、本当に真剣に洗ってます。
 そんな先輩を見ながら、心の中は不思議な気持ちでした。
 先輩に洗ってもらってるって思うと。

「よし、足も終わった」
 そう言って、先輩はにこりと微笑みかけてくれました。
「…さすがに、前は自分でやる?」
 苦笑いしながら、尋ねてきました。

 ………
 ふるふる
「…え?」
 先輩の笑みが固まりました。
「あの、今日は全部先輩に…やってもらいたい…です」
 恥ずかしくて先輩の顔も見れなくて、俯きながらぽそりと呟きました。
 どうしてそんなこと言えたのかわかりません。
 でも、不思議とそんな言葉が出てきたんです。
 そんなこと考えられたんです。

「いいの?」
「…はい」
「よし、じゃぁちゃんと洗ってやるからな」
 先輩も、ちょっとだけ顔が赤くなってました。
 その顔見て、急にはっとしちゃいました。
 私、すごく大胆なこといったのかもって。

「せ…」
 我に返って、先輩を止めようとした瞬間には、もう先輩の手が伸びてました。
「んっ…く、くすぐったい…です」
「は、はは。いや、ちょっと緊張しちまってさ」
 照れ笑い浮かべながら、私の体を洗っていく。
 先輩、耳まで真っ赤になってます。
 でも、私もすごく火照ってます。
 たぶん、真っ赤になってますよね。

 ごしごしごし
 先輩は黙りこくったまま、それでもちゃんと洗ってくれて。
 私も、そんな先輩に身を任せて。

 ざばー
「きゃっ」
 突然浴びせられたお湯に、驚いて声をあげちゃいました。
「あ、悪い。何も言わなかったな」
 先輩、そう言って笑いました。
「もぅ、先輩ひどいですよ…」
 ふくれてみせたら、先輩は。
「悪かったって。ほら、もう一回かけるぞ」
 ざばー

 結局、そのあと、先輩に押し切られる形で、シャンプーまでしてもらっちゃいました。

「ふぅ…ありがとうございました、先輩」
 最初の恥ずかしさも、ここまでくるとそんなに気にならなくなっちゃいました。
「さ、そんじゃ、ゆっくりつかってな」
 そう言って、先輩はドアを開けて出て行ってしまいました。
 ぱたん

「あ、あの、先輩っ」
 先輩が出ていって、すっと温度が冷えて。
 少し心細くなったのかな。
 思わず先輩を呼んでました。

「ん? 何?」
「…あの、一緒に…入りませんか?」
 さっきのことがあったから、ちょっと大胆なことも言えちゃいました。
 だって、一人でなんて…寂しくなったから。

「えっ…」
「あの、私も先輩の背中流します」
「ぶっっ!」
 ドアを挟んでも聞こえてきたその音。

「あ、あの、先輩?」
「い、いや、なんか今日は積極的でびっくりした」
 顔が見えなくてもわかります。
 先輩がすごく焦ってるの。
「…せ、先輩が悪いんですから」
「へ?」
「だって…強引なことして、終わったらすぐいなくなって」

 ぎぃー
「…寂しかった?」
 ドアを開けて、私を覗き込んでます。
「…少し」
 やさしい声で問いかけられて。
 そんな先輩の顔を、瞳を、じっと見つめて小さな声で答えるのが精一杯。

「…まったく」
 先輩が服を脱いで、戻ってきました。
 先輩に背を向けたまま、なるべく振り返らないようにして。

 ざばー
 先輩がすぐ後ろで、お湯をかぶる音。
「ふー、さて、先に湯につかるかな…」

 ざぶん
 先輩はそう言うと、すぐに湯の中に入ってしまいました。
「あ…」
「洗ってもらうのはさ、あがってからな」
「…はい」
「葵ちゃんも入りなよ。ちょっと狭いかもしれないけどさ」
 そう言って、手で私を招き寄せました。

「…いいんですか?」
「体冷えちまうだろ」
「はい、それじゃぁ」
 下半身を手で覆いながら、立ち上がりました。
 さっき見られたけど、やっぱり、こういうのは恥ずかしいです。

 そうして、立ち上がって湯船を見た瞬間…。
「きゃっ!」
 思わずしゃがんでしまいました。
 だって…。

「あ、しまった」
 私の行動に、はっと気づいたみたいですけど。
 しっかり見ちゃった後です、先輩。
「ご、ごめん」
「い、いえ…あの、ちょっと…驚いただけ…あの」
「さ、今度は隠してるからさ」
 照れ笑いを浮かべながら、促しました。

 ざぶん
 先輩と向かい合わせでつかるのには、ちょっと狭いかな。
 だから、先輩の胸に抱っこされるようにつかることになりました。

「なんだか、赤ちゃんになったみたいです」
「ははは」
 ずっと黙り続けたままで。
 でも、言葉はなくてもほっとできて。
 先輩の体のぬくもりと、お湯の熱さと。
 先輩の胸のたくましさと、伝わってくる優しさ。
 すごく…気持ちよかったです。

 その後、先輩の背中を流してあげて、お風呂を出ました。
 ちょっと長風呂になったのかな?
 出た時は、のぼせて頭がくらくらしちゃいました。

「う〜」
 ふらふらになってる私を見て。
「おいおい、大丈夫かぁ? 葵ちゃん」
「はい、なんとか…」
 そうは言ったけど、やっぱりふらふらして、まともに立てなかったです。

「ごめんな、長風呂にさせちまってさ」
「え、いえ。そんなこと…」
「よっ!」
「きゃっ…」
 突然、先輩に抱きかかえられて。
「あ、先輩…」

 先輩は何も言わずに、私に微笑みかけてくれて。
 そのまま、廊下、階段と過ぎて、先輩の部屋のベッドにおろされました。

「すみません、先輩」
「いいのいいの、無理しないことだよ」

 そう言って撫でてくれる先輩の顔を見てたら、
「…先輩、大好き」
 思わず言ってしまいました。
「私、大好きです。先輩が今までよりも昨日よりも、大好き…」

 先輩、目を見開いて私の瞳を見つめてる。
 しばらく呆然としてて、突然真っ赤になっちゃいました。

「ず、ずるいぞ、葵ちゃん。こんな不意打ちで」
 口元をさえながら、先輩すごく狼狽してます。
 その様子がすごく嬉しくて、おかしくて。
「大好きですよ、先輩」
 もう一度言っちゃいました。

「…あぁっっ! わかったから、早く寝る。まったく」
 先輩照れ隠しみたいに怒ってみせましたけど、ちっとも怖くないですよ。
 にこにこしながら、先輩の反応をじっと見てました。
 最後には、先輩も逃げるみたいに。
「それじゃぁ、早く寝るようにな。朝早いんだろ?」
「ふふ。はぁい。おやすみなさい、先輩」
 最後に先輩は扉を出たところで振り返って、こう言ってくれたんです。

「おやすみ、葵ちゃん。今日は楽しかったぜ」
 ぱたん

 ………

 先輩…
 嬉しいです。
 そう言ってもらえてとっても嬉しいです。
 だって、私も楽しかったですから。
 ちょっと、恥ずかしかったですけどね。
 また、今度お泊りさせてくださいね。

 おやすみなさい。
 また朝に会いましょうね。
 大好きな先輩。浩之さん…


                              END









 くしゅん
 あれ?

 目が覚めると、視界がぼんやりとしている。
 どうしたんだろう。
 いつもなら目もすぐに慣れるのに…。

「大丈夫か? 葵ちゃん。うなされてたみたいだけど?」
「…ぇ?」
 ぼんやりとした人影。
 先輩?

 どうしてか、ぼーっとしている頭で考えてみるけれど。
 全然頭がさえません。

「熱もすごいし、湯冷めしちまったのかな」
 熱?
 もしかして、私…。
「風邪引いちゃったんですか?」
 そういえば、こうして話してる声もかすれてるし…。
「今日は、休まないとな」
「…はぃ…」
 素直にこくりと頷いて、また目を閉じました。
「今日は、俺が付いててあげるからさ。ゆっくり寝な」

 え?
 先輩が付いてるって。
 でも、今日は…。

「だ、めですよ、先輩。学校休んじゃダメですよ」
 かすれる喉を必死に言葉をだしました。
「いいの。葵ちゃんほって行けるかよ」
「で…も」
「心配することないからさ。学校なんかより葵ちゃんの方が大事なんだよ」
「…ごめんなさい」
 目を閉じて、先輩に謝る。

「…なら、早く治そうな」
「はい」
「今日は、昨日のお礼にうまいお粥作ってやるよ」

 先輩のお粥かぁ。
 そういえば、先輩のお料理食べたことなかったんだ、私。
 …風邪引いて、よかったかな?

「それと…昨日渡しそびれてた、葵ちゃんへのお祝い。ちょうどいいから着せといたよ」
「え? お祝い?」
 重たい腕で、ちょっと布団をどかせてみると。
 そこには、いつの間にか違うパジャマをきている私。
「これ…」
「そのパジャマがお祝い。ホントは夕方にでも渡そうかと思ってたんだけどな」
 ピンクと白のチェック柄。
 これ、先輩と…。

「葵ちゃん着てたの、汗でびっしょりになってたからな、いい機会だし、それをな」
「…先輩」
「ん?」
「これ、おそろいなんですね」
「あ、ばれたか」
 そう言って笑う。

「…ありがとう、先輩。大事にします」
「あぁ、そういってもらえると嬉しいぜ」
 絶対、大事にします。
 だって、先輩から初めてもらった服だから。

「さ、とにかく今は寝て。元気取り戻そうぜ」
「はい…それでは、寝ますね」
「おぅ…っとそうそう」
「え?」
 とたとたと先輩の近づく足音。

 どうしたんだろうって目を開いたら。
 ぼんやりとした中に近づいてくる先輩の顔。

 ……………
 ……………
 ……………

 長い長いそれが終わって。

「先輩…」
「葵ちゃんの風邪、少しでも俺が吸い取ってやったんだよ」
「もぅ…」
「おやすみ」

 また目を閉じて、そっと呟きました。
「…先輩のばか…」
「はははは」

 結局、先輩が看病してくれたから、夕方には元気になって帰ることができました。
 その代わり…今度は先輩が、ですけどね。











あとがき




 葵ちゃん応援ページ☆の50505Hitおめでとうございます(爆)
 お祝いにふさわしいタイトルのSSを強制送付。
 返却は認めませんヾ^^;

 葵ちゃん(なぜだか中編になった)SS、お祝いは? です。
 エクストリームで好成績を出し合ったお互いに、用意したプレゼントは。
 そんなとこから始まりました。

 しかし…なぜだ、なぜだ、おいら(笑)
 100行で終わらすはずが750行ってのは(笑)

 まぁ、相変わらず余計なものつぎ込むの好きね(笑)

 さてさて、このお話。

 コンセプトはちょっとエッチなコッパ(笑)
 目指せ15禁。目指せ非18禁でした(爆)

 さて、みなさんどう読まれましたか?(ぉぃぉぃ)
 感想お聞かせくださぁい(^-^)

                       はぐ[multi@suki.net]

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