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        ToHeart[Leaf]/松原葵SS

                懸け箸

                           write : M.Hagu
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「せぇんぱいっ」
 お昼休みの廊下で、偶然、先輩の後ろ姿を見つけました。
 お弁当食べに、中庭に行こうと、丁度教室を出たところでした。

 先輩はお友達の佐藤先輩と一緒みたいです。
 たぶん、食堂かなぁ。
 ちょっとだけ、考えてから、ダッシュで駆け寄って、背中をとんっと押したんです。

「うわっと……お? おっす、葵ちゃん」
 突然の事に驚いた顔をして、先輩が振り向きました。
「こんにちわ」
 きちんと挨拶をしてから、私は話を始めました。
「今から、お昼ごはんですか?」
「おぅ。学食でパンをな」

 どうしよう。
 そんな事、一度も出てきませんでしたね。
「先輩、一緒に食べませんか?」
 自然にそんな言葉を伝えていました。

「えっ? もしかして弁当作ってきてくれたのか?」
「え?」
 びっくりしました。
 そんなつもりで聞いたわけじゃなかったから。

 でも、先輩の目が爛々と輝いちゃっています。
 どうしよう。
 今日は、約束してませんでしたし、私一人の分しか……。
 でも、それは先輩も解っていたみたいです。
「ははっ、冗談だよ、冗談。今日は約束してなかったもんな」
 苦笑いしてますけど、ちょっぴり残念そう。

 そんな顔見せられたら、私……。
「い、いえ。先輩。私のお弁当、一緒に食べませんか!?」
 無意識で口に出しちゃいました。
「へ? ……いや、いいって。葵ちゃんのは葵ちゃんの分。ちゃんと食べないとな」
「でも、先輩に悪いです、私だけ……え?」
 先輩が、俯きかけた私の頭を優しくぽんぽんって叩きました。
「まぁ、待ってなって。すぐに買ってくるから」
 それだけ言うと、
「行くぜ、雅史」
「うん」
 ずっと私たちを黙って見ていた佐藤先輩に声を掛けて、走っていっちゃいました。

「せ、せん……っ」
 慌てて呼び掛けようとした私。
 でも、その声を呑み込んじゃいました。

 だって、すごく優しい笑顔でウインクしていたから。

 その瞬間に、私、頭の中がぽわーっとなっちゃったみたいです。
 先輩の姿が、壁の影に消えていっても、目の奥には先輩の笑顔が焼きついちゃって、しばらくはぼんやりと佇んでいました。

 そして。
「葵ちゃん? あ・お・い・ちゃんっ」
「きゃっ!?」
 今度は私が驚く番。

 放心していた私は、いつの間にか窓にもたれて外を眺めていたみたいです。
 ……でも、何を見ていたかなんて覚えてません。
 ずっと、ぼーっとなっちゃってましたから。
「どうした? 何かあるのか?」
 そんな事を先輩は知るはずもありませんし、私の肩ごしに窓の向こうを覗いています。
「え? あ、あの、何でもないですよ」
「……あやしいなぁ、何見てたんだよ」
「な、何も見てないですよぉ」
 先輩、すっかり怪しんじゃいました。
 本当に、ただぼーっとしていただけなのに。
 でも、その理由も言えませんし。

「そ、そらが綺麗だなぁって」
 ごまかしちゃおう。
 なんて思ったのがいけなかったんですね。

「ん? 葵ちゃん、ずっと下のほう見てたじゃないか」
「え?」
「下見てただろ?」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんですかって……あのなぁ」
 先輩、頭を掻いて呆れちゃいました。
 う〜、ごまかしなんて効かないですよね、先輩の前だと。

「いいよ、話したくないなら。さ、行こうぜ」
 でも、そこで責めないところが先輩の優しいところ。
 私、嘘ついてるのに。
 そんなに大きな嘘じゃありませんけど。
 でも、嘘は嘘ですから。

「ご、ごめんなさい。本当は、ぼんやりしてただけなんです。ホントなんです」
 歩き出そうとした先輩の服の袖、きゅっと掴んで。
 頭を思いっきり下げて。
 先輩に嘘言っちゃいましたから、ちゃんと、ちゃんと。

「いいよ、気にしなくて。葵ちゃんには葵ちゃんのがあるんだしな」
「でも、私……」
「いいってば。ほら、話の続きは飯食いながらにしようぜ」
 先輩、私の手を取って、引っ張っちゃいます。
「きゃっ」
「おっ?」
 突然引っ張られたから、びっくりした私。
 そんな私の声に驚いた先輩。
 一瞬、お互いの顔を見合わせて。

「ぷっ」
「あははっ」
 ちょっと可笑しくなって笑い出しちゃいました。
「なんだよなぁ、はは」
「あははは」
 二人で一頻り笑いあって。

「ほれ」
 差し出された先輩のおっきな手。
「はい、先輩」
 添えられる私のちっちゃな手。

 手を繋ぎあったまま、中庭まで歩いて行きました。

「ふぅ、ごちそうさま」
 学食で買ったパン3つを食べ終えた先輩。
 お腹をぽんぽん叩いて、椅子で反り返っちゃってます。
「あは。あ、先輩? 私のおかずも食べますか?」
 そんな先輩を見ながら、私はすぐにお弁当を差し示しました。

「いいのか?」
 目をかっと見開いて、嬉しそうな顔見せます。
「はい。全部は入りそうにないですから」
「嘘つけ。いつもこの量食べてるくせに。無理しなくて……」
 はい、私、確かに嘘つきですよ。
 でも、先輩も大嘘つきです。
 だって、すごく欲しそうに目を輝かせてるんですから。

「してませんよ」
「そう?」
「はい。だって、先輩に食べてもらいたいですから」
 笑って二人の間にお弁当を置きました。

「はい、先輩」
 お箸を持っていない先輩。
 だから、私が卵焼きを摘んで、先輩の口元に持って行きます。
「えっ、い、いや、いいよ。手で掴むからさ」
「だぁめぇです。汚いですよ、ね」

 周りから見られてるんだろうなぁって思うとすごく恥ずかしいです。
 でも、先輩にこうしている事、見られてるのがもっと恥ずかしいし、それに。
 とっても嬉しいから。
「先輩、お口、開けてくださいよぉ」
「ぅ……あ、あーん」
「はい、あーん」
 先輩の口の中にそっと卵焼きを運んで。
 ぱくんちょ。
 先輩がもぐもぐと卵焼きを食べちゃいます。

 そっと、先輩の口から箸を取って。
 もう一度卵焼き。
 そして、今度は。
「あ、葵ちゃんっ!?」
 今度は私がぱっくん。
 えへへ、先輩と間接キスしちゃった。
 お箸を口にくわえたまま、片手で頬を押さえちゃいました。
 もう、頬がぽかぽかしちゃってます。

「ふふっ、せぇんぱい。おいしいですか?」
 お箸はまだくわえたまんまです。
 そんな私を、先輩は目をまん丸に開いて、見つめています。
 あはは、おかしい。
 すぐにでも笑いたくなるのを、必死に堪えて、微笑んでいました。

「も、もう一つ食べたいなぁ」
「はいっ」
 その言葉を……待ってたんですよね、えへ。

「次は、タコさんウインナーでいいですか?」
「あ、うん」
「はい、じゃぁ、あーん」
「い、いいってのに」
「ダメですよ、あーん」
「……あーん」
 先輩、顔を真っ赤にしながら口をあけてます。
 あはは、頬を指で掻いてる。
 すごく恥ずかしそう。

 そんな先輩の口にタコさんウインナーを運んで。
 もぐもぐ。
 先輩が食べる様子を見ながら、身体が温かくて、心はぽっかぽかでした。
 すごく、幸せな気分でしたから。

 そして、また同じように、すぐに私も同じタコさんウインナーを食べたんで
す。
 真っ赤になってる先輩の前で、ですよ。

 そのまま予鈴がなるまで、ずっと交互にお弁当を食べ続けました。

 予鈴がなった途端。
「お、俺、次の授業の準備があるから。ま、また放課後な」
 本当に恥ずかしかったんですね。
 逃げるみたいに走って行っちゃいました。

「はーいっ。今日も頑張りましょうね−っ」
 その後ろ姿に、大きな声を送りました。

 先輩の姿が見えなくなってから。
 大きなお弁当箱を片付けて。
 真っ青な空を見上げました。

「やっぱり、明日から二人ぶん作ってこようかな……」
 ぽつりと独り言。

 もちろん、お箸は一本ですよっ。


                             END




〜あとがき〜

 ちょっと訓練がてら、ネタもキャラ決めもない状態から
 『1時間限定即興SS』ってのをやってみました。

 多少、前半後半での様子が違うんですけど……。
 まぁ、即興という事で
  #んなこと言う前に書き直せよ(^^;)
 いや、書き直すなら最初から(ぉ

  ※構想時間:7行目書いて数秒後(笑) 執筆時間:60分


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