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【SS】「一週間」

(注意)この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及び
    キャラクターを使用しています。
    また、シナリオ本文も少し使わせていただいております。

 なお、松原葵ちゃんシナリオのネタバレを含んでいますので
ご注意ください。



 「一週間」

<5月1日 木曜日>
「…えっ?、…修学旅行って?」
「あれ、知らなかった? ゴールデンウィーク明け、2年はすぐ修学旅行なんだぜ。
 当然オレも。だから、来週いっぱいはクラブに出られないんだけど」
「えっ、そ、そうなんですか。…知りませんでした、私。
 …そうですか、修学旅行ですか」
「悪いな、ふたりっきりのクラブなのに、一週間も」
「いえ、そんな、修学旅行じゃしょうがないですよ。ちょっと寂しいですけど、
 でも平気です。もともと、私は一人で練習やってましたから」
「…そうだったな」

 …そっか、先輩いないのかぁ。まぁ修学旅行じゃしょうがないよね。
たった一週間だし。一人でも十分がんばれるから、そんなに心配そうな
顔しないでくださいね、先輩!


<5月6日 火曜日>
「いけなーい! 先生に呼ばれたせいで遅くなっちゃった!」
 階段を1つとばしで駆け登り、いつもの神社にやってきた。
先輩待ってるだろうなぁ。
「遅れてすみません、先輩!」 
でも、そこには先輩の姿はなかった。
「あ、そうか、先輩修学旅行だったっけ」
…今頃飛行機の中かなぁ。
 さて、そんなことばっかり考えずに練習練習。
 私はサンドバッグを取り出して、いつものように練習を始めた。

ばん! ばん! ばしぃっ!! ばん! ばん! ばしぃっ!!

 今日はなんか調子が悪いなぁ…。
「今日、私なんか調子悪くないですか、せんぱ…」
 そこで私はふと言葉を止める。
「…いは修学旅行だってば…」
 なんか今日の私、変だ。何でこんなに先輩のことが気になるんだろう?
「さ、気を取り直して練習練習!」

…そうこうしてるうちに日も暮れてきた。
「そろそろ帰ろうかな」
 サンドバッグをかたづけ、いつものようにブルマを脱ぎ始める。

…カサカサカサ…

「またですかぁ!? 先輩!」
 しかしそこに先輩の姿はなかった。
「…風の音、か」
 なぜかちょっと残念な気がした。

 一体どうしたんだろう、私?
別に一人なんて慣れてるはずじゃない。今までは一人でやってきたんだし。
一週間なんてすぐじゃない。こんなところ先輩に見られたら、また
余計な心配かけちゃうよね。
 …また先輩のこと考えてる…どうしちゃったんだろ、私…。


<5月7日 水曜日>
 平穏な日。気が付けばもう昼休み。お弁当の時間だ。
ぼーっとしながらご飯をたべる。

 今日は部活のない日。先輩もいないし、ちょうどいいかな。
…先輩が…いない…なんかすごく寂しい響きだ。

「…でねぇ、その映画に出てくる女の子がすっごくかわいいの!」
 まわりでは、友達が最近はやりの映画の話をしてるらしい。
いつもなら、話題に付いていけず呆然としてるのだけど…。
「初音ちゃんだっけ、かわいいよねぇ」
…先輩と見に行った映画かな? 思わず口が開いた。
「でも、あの女の子ってああ見えても私達と同じくらいの年なんだって」
 先輩に教えてもらったことをつぶやく。すると、まわりが騒然として、
「ねぇ、ちょっと聞いた!? 葵が最近の流行の話をしてるわよ!」
 どうやらみんな、私が映画の話なんかしたからおどろいてるらしい。
「葵っ! あんた何でそんなこと知ってるの? あんなに興味
 なさそうにしてたのに」
「先輩につれていってもらったの、その映画」
 するとまわりはさらに騒然として、
「先輩!? それって男の人なの!? どういう関係!?」
「同好会の先輩だよ。藤田先輩って方なの」
「で、どうなの? 彼氏?」
「彼氏って…ただの先輩だよ」
「なーんだ。そうよね、葵にいきなり彼氏なんてねぇ」
 そう言うとまた、私の知らない話に花を咲かせ始めた。

 その様子をよそに、私は先輩と映画に行った時のことを思い出していた。

『映画、面白かった?』
『え、ええ、はい』
『なぁ、知ってる? あの花火やってた女の子、見た目は幼い感じだけど、
 葵ちゃんと同い年なんだぜ?』
『あ、そうなんですか?』
『四人姉妹の末っ子でさ、オレ達のまわりでも結構人気あるんだ…知らない?』
『あ、はい、知りませんでした』

『…はい、ハンバーガー屋さんなんて、多分、小さいころ以来です』
『ハンバーガー屋さん…ぶっ』
『ぶははは、なんだか葵ちゃんらしいなー』

 彼氏…か。私と先輩もそういう風に見えるのかなぁ?
でも私って、先輩にとって何なんだろう?
ただの後輩? 部活の仲間?
先輩はいつも私のそばにいてくれた。私のことを心配してくれた。
私を支えてくれた。好恵さんとの試合のときの「葵ちゃんは強い!」は
今でも心の支えになっている。「葵ちゃんがいるから、やっていける」って
いってくれた。でも、先輩はどんな気持ちでそう言ってくれたんだろう?

 その日は道場の練習にもちっとも身が入らなかった。


<5月8日 木曜日>
 昼休み。その日はなんとなく外でお弁当食べようと思って、
気が付いたら中庭のベンチにいた。

「ここって…よく先輩がお弁当食べてるところだ…」
 普段、窓から見ると、先輩と、確か佐藤先輩だっけ、が一緒に
学食のパンを食べてるのが見えたっけ。
そんなことを思いつつ、お弁当箱を開く。
「あっ…あのとき、先輩にもこんなの作ってさしあげたっけ…」

 そう、私が慣れないことに四苦八苦して、やっとの事で
お弁当作ってきたことがあったっけ。

『へぇ〜、すごいじゃん』
『見た目は派手かもしれないですけど、たいしたものじゃないですよ』
『手作り?』『はい』
『凝ってる凝ってる! じゅうぶんだぜ!』
『…でも、正直言って、お母さんに手伝ってもらったのがほとんどです』
『うんうん、そうやって、母から子、子から孫へと伝わっていくものさ』

『…先輩がこんなに喜んでくれるなんて。作ってきてホントによかった!』

 また作ろうかなぁ…でも迷惑じゃないかなぁ。
先輩…今頃何してるんだろう。


<5月9日 金曜日> 
 今日はいい天気だ。何ごともなく放課後になり、またひとりっきりの
部活の時間。何でこんなに寂しいんだろう?

 ばん! ばん! ばしぃっ!! ばん! ばん! ばしぃっ!!

 ふと気が付くと、後ろの方で私の練習の様子をじっと見てる人がいた。
私は思わず叫んでしまった。いるはずもない人の名を。
「藤田先輩!」
 でも、そこにいたのは先輩ではなかった。
「あ、綾香さん…どうしてここに?」
 そこにいたのは綾香さんだったのだ。隣の女子校の制服を着て、
不満そうに私の顔を眺めている。
「なんか残念そうな言い方ねぇ、葵? あなたがここで練習してるって
 分かったから、ちょっと様子を見に来てみたのよ。要するにスパイって
 わけね、ライバルの」
「そんな、ライバルだなんて…」
私はあわてて否定した。そんな、私なんかが綾香さんのライバルだなんて。
「そうね、少なくとも今のあなたは敵じゃないわね。なんか気合いが全く
 入ってないというか。ところで、あの名トレーナーさんは今日は来て
 ないの?確か藤田君だったっけ…」
そこで綾香さんは言葉を止めた。
「先輩なら修学旅行に行ってるんです…」
そういったときの私の寂しそう(だったそうです)な表情を綾香さんは
見逃してくれなかった。
「ははぁーん、なるほどねぇ。そういうわけかぁ」
納得したような表情で、嬉しそうにいった。
「え? 何がなんです?」
「藤田君がいないんで、寂しくて練習に身が入らなかったってわけね。
 へぇ、葵もようやく恋に目覚めたって訳ねぇ」
「え、恋?」
驚いた私は思わずそう呟いていた。そして、あわてて否定した。
「そ、そんなんじゃないですよぉ! だいたい、先輩にしたって
 私なんかが恋人じゃあ迷惑ですよ!」
そう言った途端、綾香さんがあきれたような、けれどもなにか
嬉しそうな、そんな表情をした。
「葵、藤田君の気持ちはこの際置いといて、あなたの気持ちはどうなの?」
「私の…気持ち…?」
「そうよ、あなた自身の気持ち。まずはそれが大事なんじゃないの?
 相手の気持ちを考えるのも大事なことかもしれないけど、あなた自身の
 気持ちはどうなの?」
「そ…そんなの…私なんか好きになってもらえるわけないし…
 …格闘技のことしか知らないし…私なんかと一緒にいたって
 楽しいわけないじゃないですか…」
「バカねぇ、葵。だったらなんで彼はあんなにもあなたのために
 一生懸命になれるっていうの? 誰が見たってあなたのことが
 好きだからに決まってるじゃないの」
「…でも…自信ないです…」
「もっと自信持たなきゃ。格闘技も恋もその辺はいっしょよ。
 なに、また『葵ちゃんは強い!』とか藤田君に言ってもらわないと
 いけないのかしら」
「…知ってたんですか!?」
唖然として私は言った。顔が一気に赤くなるのが分かる。
それを見ながら、おかしそうに綾香さんが言う。
「…そりゃ聞こえるわよ、あんな大きな声じゃ。
 …2人して何ボケかましてるんだか。全く、本当にお似合いね、あなた達」
「…」
「…とにかく、もっと自信持ちなさいね、葵。…全く、こんな葵をほっとく
 なんて、藤田君も藤田君よね。でもまぁ、彼も結構いい男だし、私が
 もらっちゃおうかな? 姉さんも結構気に入ってるみたいだし」
えっ…綾香さんが先輩を?…お姉さんも…?
綾香さんのお姉さんって、確か家の学校の3年生の来栖川先輩のことだよね
…綺麗な人だよね…綾香さんだってすっごく綺麗だし…先輩も綺麗な人の方が
いいよね…でも…でも…でも……!
「…そんなの…駄目です…いやです…先輩…」
…思わず私は呟いていた。かすかに、だけど心から。
…先輩…私なんかじゃ迷惑かもしれないけど、それでも好きです!
…先輩に好きになってもらえるように努力します…
…だから、私だけを見ててください…
…いくら綾香さんにだって、これだけは譲れません!
「…やっと気付いたみたいね、葵」
 それを聞いた綾香さんは、やれやれと言った表情でうなずいた。
「…えっ!?」
「いくらなんでも、人の相手を横取りするほど野暮じゃないわよ。
 馬の足だって怖いし。それに、今更私の入り込む隙なんてなさそう
 だしね………ちょっと残念だけどね」
最後の方は、あまりにも小さくて聞き取れなかった。
 でも、綾香さんが私に先輩への想いを気付かせるために、わざとあんなことを
言ったということはわかった。
「とにかく! 格闘技にしろ、恋にしろ、もっとしっかりしなさいね、葵!
 藤田君が帰ってきたらちゃんとはっきりさせなさいよ!」
「綾香さん…ありがとうございます」
「お礼はエクストリームの決勝でしてほしいものね」
そう言いつつ、綾香さんは神社を後にした。
「…わかりました。待っててくださいね、綾香さん!」
私ははっきりと答えた。もう迷いはない。

「…藤田君かぁ…もったいなかったかなぁ…よーし、私もがんばろうっと!」
…そう言う綾香さんの叫びは私の耳には入らなかった… 


<5月10日 土曜日>
 今日は修学旅行の最後の日のはず。もうすぐ先輩が帰って来るんだ!でも…。
「よく考えたら、部活って今度の火曜日なんだっけ…」
そうなんだ。いくら楽しみにしてても、今日帰ってきたからといって
すぐに会えるはずがないんだ。
 練習をやめて、神社の境内に腰を下ろす。
ひざを抱えて、ぼーっと考え込み始めた。
 先輩にあったら聞きたいことも、話したいこともいっぱいあるのになぁ。
この一週間、どんなことがあったか。先輩は修学旅行どうだったのか。
綾香さんにあって考えたこと、そして私の先輩への想い。
先輩の気持ちも、先輩からはっきり聞きたい…。
先輩…先輩…せんぱい……。
「…せんぱい…」
思わずつぶやいてしまった。
「…早く帰ってこないかな…」
「…いまはまだ、北海道かな…」
…自分の気持ちにはっきりと気付いた今、先輩がいないことが
今まで以上に寂しい…心にぽっかり穴があいてるって、こんなときのことかな…。
「…ひとりって…こんなに寂しかったんだ…」
口の中で呟いて、私は両膝に顔を埋めた。
「…先輩…早く帰ってきてください…」

「うっすっ! 葵ちゃん!」
聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。懐かしい声。ずっとずっと聞きたかった声。
「えっ…!」
先輩がなにか言ってたみたいだけど、全然分からなかった。
ただ先輩の声が聞こえる、それだけで胸がいっぱいになってしまった。
「…せんぱい?…か、帰ってらっしゃったんですか?」
「オレ、ついさっき北海道から着いたばっかりなんだ! 少しでも早く葵ちゃんに
 会いたかったからな! まだ練習してる時間だし、ここに来れば、きっと会えると
 思ってさ」
「…せ、先輩…。…私も会いたかった…ううっ、せんぱい…」
先輩が帰ってきた。先輩がそばにいる。先輩の声が聞こえる。
それだけで十分だった。それだけで胸がいっぱいになって、あれだけ
色々考えてたことをすっかり忘れてしまった。
 そして私は、先輩の胸に飛び込んでいた。
「…せ、せんぱあぁぁ〜〜〜いっ!」
「…あ、葵ちゃん…?」
 嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。今までの不安を洗い流すかの
ように、ただひたすら泣き続けた。



<それから数日後>
「…と、こういうことがあったんです」
「へぇ、あの綾香さんがねぇ」
 私と先輩は、部活が終わった後、先輩がいなかった一週間のことを
話していた。先輩の修学旅行の話、そして私の話。
 話の後、先輩がすまなそうに私に言った。
「…ごめんな、葵ちゃん。そんなに寂しかったなんて」
 そういう先輩がとても素敵に見えた。
 私の大好きな先輩、私の大切な先輩。
私は座ってる先輩の後ろに立ち、後ろから首に手を回した。
「ど、どうしたの、葵ちゃん?」
「だったら、これからはすっとそばにいてくださいね!」
…浮気したら許しませんよぉ。

 <完>

97/06/13 (金) 02:40 封神崎 瑞希

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