SSのお部屋に戻る   トップのページに戻る


 いつもより早く目を覚ましてしまった。
というかここ1週間くらいはずっとこの調子だが。
なにせ体が痛くてよく眠れない。

 仕方ないのでとっとと準備をすませ、早めに家を出た。

 エクストリームが終わってからもう1週間が経とうとしている。
格闘技を始めてまだ数ヶ月の俺も、とりあえず実戦を経験してみたいということで
参加してみたんだが、結果は…見事なまでに完敗だった。
自分の未熟さをまざまざと感じさせられたけど、それと同時に格闘技の
奥の深さを多少かいま見たような気がするのでまぁ出てよかったかな…と
いう感じかな。その代償としても体は痛すぎだが…。

 しかし、俺はこんな結果だったけど葵ちゃんは…。


「あ、おはようございますっ、先輩!!」
噂をすればなんとやら…といった感じで葵ちゃんに会った。
「おう、おはよう…いてて…」
「先輩…まだ痛みますか?」
心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。
「まぁな…完膚無きまでに叩きのめされたからな」
「先輩…」
「あ、大丈夫大丈夫。これでやる気がなくなったなんてことはないからさ。
 むしろかえってやる気が出てきたぜ」
俺がそういうと、葵ちゃんはとても嬉しそうに、
「ホントですか!? それはよかったです。正直言ってちょっとだけ心配だったん
 ですよ。初めての試合であれだけやられちゃうと恐怖心とかがついちゃうかも
 しれないって」
「うーん…なんかそれって俺を見くびってないか、葵ちゃん」
「えっ!? いえ、そんなつもりはないですよっ」
「分かってるって」
「…もぉ、先輩!」
ぽくぽくっ!!!
「うっ、痛い、痛いってば」
「あ、す、すみませんっ」
「なんとか大丈夫…でもさ、やっぱ葵ちゃんはすごいよな、なんたって…」

 …そう言いかけたあたりで、急に声をかけられた。

「…あっ!!、松原葵だっ!!」
声のした方を見ると、家の学校じゃない制服を来た男子生徒がこっちへ寄ってきた。
「テレビ見ました!! すごかったです!! 感激しました!!!」
なんか熱病にでもかかってるじゃないかというくらい熱心に話しだした。
「え? あ、ありがとうございますっ」
葵ちゃんはとまどいつつも返事をする。
うーん…まだ慣れてないみたいだな。ここ最近ずっとこんな感じで声をかけられることも
多いのに。
「これからも頑張ってくださいっ!!」
そいつは最後にそういって去っていった。
最後に俺の方に好奇心に満ちた視線を向けながら。

「ふぅ…びっくりしました」
深呼吸しながら葵ちゃんが呟く。
「まだ慣れてないんだな。これからはどんどんこうなるぜ。
 なんたって葵ちゃん、もうすっかり有名人なんだから」
「そんなことないですよぉ」
うーん…葵ちゃんって自分の現状に気づいてないのかなぁ…。
そんな葵ちゃんに説明するように俺は話し始めた。

「…葵ちゃんはエクストリームの準優勝者なんだぜ」


< 一夜明けたら… >


「それも初出場で。しかも決勝の相手…つまり優勝者はあの綾香だ。
 その綾香と互角の勝負をした。もうこれだけで世間の注目の的だぜ」
まぁ世間といってもさすがに格闘技の大会とかじゃそこまで広くはないけど…。
それでも最近の格闘技ブームもあって、かなり名前は知れているだろうし。
「そ、そんな、私なんかまだまだ綾香さんには遠く及ばないですよ」
綾香の名前が出た途端、葵ちゃんは真っ赤になって否定してきた。
「その辺は俺にはまだよくわかんないけどさ、結果を見る限りはそうなんだよ」
「はぁ…」
納得のいかない様子で葵ちゃんは相づちをうった。
「大体、雑誌や新聞の取材も色々受けてただろ? それだけ注目されてるんだよ」
「うーん……やっぱりよくわかんないです、そういうのは」
なんか呑気だなぁ…まぁそれが葵ちゃんらしさだろうけどさ。
「でも…来年こそは綾香さんを超えてみたいです。それに、好恵さんも」
「そうだな…来年は坂下も参戦するんだっけ」
決勝戦のあとの表彰式。
突然現れた坂下は、葵ちゃんと綾香に宣戦布告をしたのだ。
来年のエクストリームに参戦すると。
「好恵さん…あのときに勝てたのはやっぱりまぐれだと思ってますから」
そんなこと…と言おうと思ったけどやめた。
そう思っておく方が葵ちゃんにとってプラスになるだろう。
目標は大きい方がいいだろうしね。
「うーん…ま、とにかくこれからも一緒に頑張ろうぜ」
俺がそういうと、葵ちゃんはいつもの眩しい笑顔で答えてくれた。
「はいっ!! 頑張りましょうね、先輩!!!」


 そのまま2人で話しながら、俺達は学校に着いた。
途中、同じ学校の生徒からもよく声をかけられた。
もちろん俺ではなく、葵ちゃんがだけど。
「いやぁ、すごい人気だな、葵ちゃん」
「なんか恥ずかしいですね、やっぱり」
「ただ…なんか引っかかるんだよな…なにせ…」
「…どうかしました?」
「あのさ…いや、やっぱりいい」
口に出そうとしてやっぱりやめた。葵ちゃんは不思議がってるけど。

 気になることが一つだけあるんだよな…。
なんか声をかけられる比率が男子生徒の方が圧倒的に多い…。
まさかと思うけど…。

 しかし残念ながら、俺の嫌な予感は見事に的中してしまった。
靴を履き替えて、葵ちゃんのクラスの下駄箱へと行ったとき。
そこには困ったように立ちつくしている葵ちゃんがいた。
「あ、先輩…これ、どうしましょう…」
葵ちゃんの足下には、ラブレターだと容易に推測される
手紙が何十通か散乱していた。
「全く…なんて古典的な…とりあえず拾うか。放っておくわけにもいくまい」
俺達は慌ててそれを拾い集めた。



 放課後。
いつもの神社で葵ちゃんと2人。
でも今日はとりあえず練習どころではなかった。
「先輩…どうしましょこれ…」
葵ちゃんは心の底から困ってるようだった。
「どうするって言われてもなぁ…」

 俺達は朝に拾ったラブレターの山を眺めていた。

 感じていた不安が見事に的中してしまった。
テレビとかで有名になっちゃったし、しかも可愛い(贔屓目を抜いても
やっぱり可愛いと思う)女の子と来たらミーハーなファンは急増するに
違いない…と思ったら本当にその通りになってしまうとは…。

「とりあえず…中身は全部見たの?」
「いえ、まだですけど」
「んじゃ、とりあえず家に帰ったら一通り目だけは通しておきな。それだけでいいから」
「えっ、でも…」
「いいのいいの。一人一人相手してたらきりがないぜ。どうせほとんどミーハーな
 にわかファンばっかりだって。『ずっと前から…』とか書いてあっても実際はどうだか」
「はぁ…」
「葵ちゃんは優しいからな。気持ちはわからないでもないけどここは鬼になるしか」
「うーん…先輩がそうおっしゃるなら…」
とりあえずこの話題はここまでにして、俺達は練習を始めた。
葵ちゃんはすっかり元気らしく、もう来年のエクストリーム目指して全力で
練習を始めている。一方俺は…まだ体が痛いんで軽めの練習…ううっ、情けない…。


 そんな感じでしばらく練習していると、
「…あ、ホントだ、いたいた」
境内の方から声が聞こえてきた。何人かの男の声。うちの生徒のようだ。
「あ、初めまして。俺達、この間のテレビを見て、松原さんのファンに
 なっちゃったんです。もしよかったら一緒に写真写ってもらえますか?」
「あ、握手してください、ついでにサインも」
「へぇ…こんなところで練習してるんですか…」
そいつらは練習中の葵ちゃんを無理矢理取り囲んだかと思うと、やれ写真だの
サインだのと強引につきまとっている。
「えっ? あ、あの…すみません、練習中…」
突然のことに葵ちゃんは何がなんだか分からない状態のようだ。
練習中なんで断ろうとしても聞く耳を持っちゃいない。
仕方ない、あんまり近づきたくはないけどそろそろ止めるか。
「…おい、お前ら」
俺が声をかけると、そいつらの1人が面倒くさそうにこっちを見た。
「…なんだよ、あんた」
「俺はここの部員だよ。お前ら、葵ちゃんが困ってるだろ、練習の邪魔だって。
 ファンならその辺察してやれよ」
「…別にいいじゃないか。あんなに強いんだからちょっとくらい練習しなくったって」
そういうと男は再び葵ちゃんの方を向き直った。

 …なんなんだこいつらは…きっとアイドルの質の悪い追っかけって
こんな感じなのかもなぁ…ってそんなこと考えてる場合じゃない。
こうなったら力づくで…と思ったとき。

「…その辺にしてあげたら?」
集団の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の主は…綾香だった。
「思いっきり葵の練習の邪魔よ、あなた達」
そういう綾香の声からは、いつものような明るい雰囲気は感じ取れなかった。
綾香もこの様子にはかなり頭に来ているらしい。
 俺のいうことにはろくに耳を傾けなかった連中も、エクストリームチャンプが
本気で怒ってるのを感じ取ったらしく、すごすごと引き下がっていった。
そのまま帰っていこうとする男達の背中に、葵ちゃんは声をかけた。
「あの…格闘技に興味おありですか?もしよかったら…」
言い終わる前にさらりと返してきた返事は、葵ちゃんにとって残酷なものだった。

「ん…別にないです。じゃ」



「全く…いつになっても馬鹿はいるもんね。私のとこにも去年似たようなのが来たわ」
「だろうな…まぁお前のことだから割と簡単にあしらったんだろ」
「なんかひどい言い方ね…か弱い女の子を捕まえて」
「か弱いエクストリームチャンプね…そんなことより、葵ちゃん、大丈夫か?」
とりあえず綾香を放っておいて、葵ちゃんの様子を伺った。
葵ちゃんにはかなりのショックだったようだ。呆然としている。
「…好恵さんの言う通りなのかも知れませんね…見せ物…か」
それを聞いて、綾香も複雑な表情を見せる。
さすがに今の出来事のあとでは軽々しく否定することもできないんだろう。

 しばしの沈黙。
その沈黙を破ったのは、意外な人物だった。

「…そんなことはないわよ、葵」
それを否定したのは、それまで頑なに肯定し続けてきた人物だった。
「…好恵さん!?」
いつの間にか、坂下がすぐそこまで来ていた。
今の言葉から察するに、結構前からいたんだろうけど。
「大丈夫、分かってくれる人だっていっぱいいるわよ。実際に…ねぇ」
少し言葉に詰まったあと、坂下は小声で呟いた。
顔が少し赤くなっている。
「…実際に、ここに一人いるわけだし…」
「好恵さん…」
「見せ物なんかじゃない、勝負にかける想い、ちゃんと伝わったわよ。
 だからこそ…きっちりケリをつけてみたいとも思ったわけだし。
 だから、こんなことでそんなに落ち込んでるようじゃ、
 2人とも私が倒してしまうわよ」
「…あら、あなたこそそんな簡単に勝てると思ってたら足下救われるわよぉ」
どうやら調子の戻ったらしい綾香がつっこむ。
「…大丈夫。坂下だけじゃない。ここにもいるよ、もう一人。
 ついでに、にわかファンなんかじゃない、本当に葵ちゃんのことを好きな奴がさ」
「先輩…ありがとうございます…」


「…で、2人とも何しに来たんですか?」
その後練習を再開した。綾香と坂下もついでだということで一緒にやった。
そして練習が終わったあと、葵ちゃんは何気なく2人に聞いてみた。
その話題になった途端、坂下が急に言葉に詰まりはじめた。
「あ、いや、その、なんか周りが急に騒がしくなったみたいで、ここじゃまともに
 練習できないかも知れないから、よかったらとりあえず空手部の練習場に
 避難しないかって…学校側の了解は取れたから…」
「あら、奇遇ね、実は私もなのよ」
そういう口調には、なんとなく坂下をからかっているような響きがあるなぁ…。
「えっ、そうなんですか!? ありがとうございますっ、好恵さん!」
坂下の言葉を聞いて、葵ちゃんはすごく嬉しそうに礼を言っている。
そんな葵ちゃんを見て、さらに赤面する坂下。
坂下はそれを誤魔化すかのように俺に話しかけてきた。
「ふ、藤田はそれで構わないの?」
「俺ねぇ…うーん、これから寒くなってくるから正直ありがたいかな。
 冬場はどうしようかと思ってたし」


 …なんか一夜明けたらすっかり環境が変わってしまった。
きっとこれからもっともっと大変になっていくんだろう。
できることならそんな時に葵ちゃんの力になって上げたい。
改めてそう認識させられた、この日の出来事だった。


< 終 >



(後書き)
 まずは50000ヒットおめでと〜(^_^)>ひろりん
つーわけで記念SSです〜。あんまりめでたい展開じゃないけど(笑)。

 エクストリームはTV中継とかやってるわけだから、
もし勝ち進んでいけば有名にもなっていくだろうなぁ〜というのが
基本的な部分ですね。なんかマイナス面が強調されてますが(^_^;;)<今作
かなり偏見入りまくり〜な気もするし(笑)。
気を悪くされた方いらっしゃったらごめんなさいm(_ _)m

 余談ですが、このSSは私の「3つの想い〜」シリーズの後日の話という
設定になってます(3人の関係とか葵VS綾香の結果とか)んで、もし
興味があったら家のHPにありますんで読んでやってください(笑)。

 それでは、今後も頑張ってくださいねぇ〜>ひろりん

トップのページに戻る  SSのページに戻る