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「藤田先輩」


                             赤右京


桜色の季節。

ひっそりとした、放課後の校舎。
私はまた、この廊下に立っている。
あの日…そう、4月の10日。
私はここで、はじめて「藤田先輩」に出会った。

格闘技のことしか知らなかった私。
そんな私の話に、「藤田先輩」だけが耳を傾けてくれた。
無愛想で、ちょっと恐い感じだったけど、
舞い上がっちゃって多分メチャクチャな話し方をしたはずなのに、
「藤田先輩」だけが最後まで熱心に聴いてくれた。

私は中庭に足を向ける。
あの、ベンチ。

(…弁当作ってきてくれるか!?)
うふふ。そんな瞳で訊かれたらもう断れませんよ。
(…やったー!)
子供みたいにはしゃいで。
あの時の、あの笑顔。

私は校舎を後にする。

神社…あの樹。
40キロのサンドバックを支えつづけた、あの横枝。

(…こんなことしか出来ないけれど、少しでも葵ちゃんの役に立ちたいんだ)
(…よーし、ラスト5秒!)
2人だけのクラブ。
2人だけの…時間。

私はお堂の上で、ひざを抱えて座ってみる。
そう、ちょうどこんな感じだった。

一人でいるのが寂しくて。でも、どうにもならなくて。
涙が出てきそうだった、その時。
(うーっす!葵ちゃん!)
とても、びっくりした。すごく、嬉しかった。涙が、止まらなかった。

私は少し顔を上げてみる。
そう、この場所で。

はじめての、キス。
そして、はじめての………。

あの、「藤田先輩」は、もう、いない。



私はしばらくそのまま、ぼんやりと地面を眺めていた。
「…こんな所にいたのか」
声。振りかえる。
「ちょっとね。昔のことを思い出してたの」
「ふーん」
つまらなそうに答える。多分、あなたは不満なのね。私が過去を思い出すことが。
「また学生時代の思い出か?いいかげんに…」
苦笑しながら、あなたは言う。
「いいじゃない。思い出してるだけなんだから」
「そりゃまあそうだがな、何もこんな日に思い出さなくても…」
「こんな日だから、思い出してたのよ」
そう言って私はにっこり笑った。
呆れたように、あなたは煙草に火をつける。

しばらくそのまま、時が流れた。

吸い終わった煙草を踏み消して、あなたは来た道を戻ろうとした。
私はまだお堂の上から動かない。
「葵」
少しいらつき気味に、あなたは私の名前を呼んだ。
「もう行くぞ。新郎と新婦が両方遅れたんじゃ、何の披露宴かわかりゃしない」

「解ってるわ。ちょっと意地悪してみただけ」

そう言って私は立ちあがる。

そう、もう「藤田先輩」は、いない。

「だからそんなに怒らないでよ、浩之」
世界で一番大切な、私の愛する「旦那様」。



                               おしまい♪






   あとがき

ウーン。こんなものでよろしいのでしょうか。
気に入ってくれる方がおられれば、幸いです。

      1999 5/20 赤右京


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