エクストリーム―――
昨年から開催された『全日本異種格闘技選手権』
一般的な認知度は今一つだが、独占資本主義で有名なあの『来栖川グループ』が全面的にバックアップしていることも手伝ってか、この世界では今最も注目されている。
今年は、10月10日の『体育の日』から、10月12日日曜日までの3日間で、一般の部、高校の部、大学の部が行われ、午前、午後で、それぞれ『男子』と『女子』に別れている。

10月11日の今日は、俺達『格闘同好会』の2人が、初出場する『高校の部』の日だ。
午前中は『男子』で俺が出場した。
―――が、結果は・・・、まぁそれは一先ず置いといて。
でも、俺はともかく、葵ちゃんは―――



2nd round peace

青居ツバサ




藤田浩之

「準決勝第1試合1st round・・・
Lady―――
FIGHT!!!」

そう、全く無銘の新人『松原葵』は、初出場ながら準決勝進出を果たし、そして、今戦っている。
しかも、今回の対戦相手は、あの『来栖川綾香』前大会『第1回エクストリーム』の優勝者だ。
そうでなくとも葵ちゃんと綾香の間にはちょっとした『因縁―――(というか、繋がり)』みたいなものがある。俺個人としては、決勝で二人がぶつかった方がドラマチックな展開でいーと思ったんだが、くじ引きでこーなっちまったんでしょうが無い。
ともかく、2人は今初めて公式戦での対戦を果たした。どちらが優勢かは、俺の目にはわからないが、2人ともいままでの全試合全勝で勝ち進んでる事から見て、実力的には『互角』といったところか―――

―――ドサッ

「KO!勝者『赤』来栖川綾香!!」
レフリーの宣言に観客が一斉にドッと沸き上がる。
『1st round』の終了。
『優勝候補』の綾香の勝利。
そして―――

「――綾香お嬢様。どうぞ」
「サンキュ、セリオ」
自分のセコンドに戻り、セリオから受け取ったスポーツタオルで額と頬に流れる汗をぬぐう綾香。

葵ちゃんは―――
「・・・」
「・・・葵ちゃん」
「・・・」
俺の呼び掛けに葵ちゃんは何も応えない。
「葵ちゃん」
「・・・」
また、応えはない。
「―――っ葵ちゃん!」
「・・・!?」
強く呼び掛けた俺の声に、ビクッ、と体を震わせ応える葵ちゃん。
とりあえず、聞えてはいるようだ。
「葵ちゃん、黙り込んで、どうしたんだ?」
「・・・い、・・ん・・ぃ」
「ん?」
ほとんど聞えないような声で応えた葵ちゃんに、俺は聞き返す。
「せんぱい、ごめんなさぃ・・・」
小さい声。最後の方はかろうじて聞き取れた。
「ごめんなさいって、何が?」
「試合・・・、負けちゃって・・・」
「なっ、何言ってんだよ。あと2試合残ってるんだから、それ勝ゃあと決勝で、それで優勝じゃんかよ」
「で、でも、だけど、綾香さん、が、相手だし、綾香さんに、負けちゃっ、たし・・・」
「・・・葵ちゃん」

そして―――
今大会での、葵ちゃんの『初めての敗北』

対戦相手が、ずっと憧れていた綾香だった事もあり、それだけでもかなり緊張していたようだが、敗北する事によって『自分と綾香との差』を思い出しちまったんだろう。

葵ちゃん・・・
俺は、どうすればいいんだ・・・
今の葵ちゃんに、俺は、何がしてあげられるんだ・・・



坂下好恵

「KO!勝者『赤』来栖川綾香!!」
レフリーの宣言に観客が一斉にドッと沸き上がる。
『1st round』の終了。
『優勝候補』の綾香の勝利。

綾香はそのまま、自分のセコンドへと戻っていく。
KOされた少女も立ち上がり、その対角にある自分のセコンドへ歩いていく。
しかし、その背からは『覇気』も『気迫』も感じられない。

「・・・葵」
私は、無意識のうちにその少女の名を口にしていた。

「あっれ〜、もしかして、坂下さんじゃない?」
「・・・?」
不意に名を呼ばれる。私は、声のかかった方へ向き直る。
「やっぱり、坂下さんだった」
その声の主は―――

「長岡・・・?」

間違い無い、長岡だ。

長岡志保。
学校随一の情報通として、うちの学校で彼女の事を知らない者はまずいない。
学校内外を問わず、とにかく目新しい情報は彼女に聞けば必ず手に入る。
しかし、信憑性は、あまり確かではない為、一部の人間(特に、2−Bの藤田浩之)には、『歩く東〇ポ』などといった、陰口を叩かれてもいる。

かく言う私も、その『被害』に一度だけあった事がある。
春の、あの草試合のときだ。
あの場には確かに4人しかいなかったはずなのに、翌日には学校中の人間が知っていた。
綾香や葵が言うとは思えないし、藤田だって少なくとも長岡には話したりは知ないだろう・・・
一体、どうして―――

「ちょっとー、さーかしーたサーン」
「ん?」
いつのまにか、考え込んで黙ってしまった私に、長岡が話しかけてくる。
私の目の前で、手を左右にパタパタ振りながら・・・
「長岡・・・、何のつもりだ?」
「何よー。心配してあげたんじゃないの」
とてもそうは見えない。大体、心配というのはしてあげるものじゃないだろう。

「ハハ、でも奇遇よねー。『こんなトコロ』で坂下さんと逢うなんて」
長岡が、少し皮肉ありげに言う。
「・・・長岡、何が言いたい」
「え?べっつに。でも、そろそろ葵ちゃんの試合がはじまる頃じゃない?」
「は?『1st round』なら、もう終ったぞ」
「ええ、ウッソ。10分も出てなかったのに」
「・・・10分て、どこに行ってたんだ?」
「うん、ジュース買いにね」
そういって長岡は、方にかけてたディバッグの中身を見せる。
その中には、コーラ、スポーツドリンク、コーヒー、お茶、と節操無くバリエーションがある。
「・・・これ、全部お前が飲むのか?」
「まっさか、あかりや雅史達の分もあるわよ」
長岡が言うには、6〜7人のメンバーで来ていて、このジュースはその全員の分らしい。
それでも、多くないか?

「まぁそんな事よりさ、どっちが勝ったの?」
ずれた会話を修正し、長岡が聞いてくる。
「綾香だ。1分足らずでかたがついた」
「たった?へぇ−、さっすが、『優勝候補』」
「『優勝候補』か。確かにそれもあるだろうが、それ以上に葵だ。いまの葵は『実力』も『地力』も、全然出してない」
「ふ〜ん。見てなかったから、良くわかんないけど。そうなの?」
「ああ、少なくとも、今の葵には綾香は倒せない」
「へーぇ、『今の葵には』ねぇ」
長岡は、口元に不敵な笑みを浮かべて言う。
「それなら、いつの葵ちゃんなら勝てるのかしら?」
また、皮肉っぽく言う。
こいつの行動、いちいちムカツク。
「例えば―――」
何も応えない私を無視して、長岡は続ける。
「例えば、春に坂下さんと戦ったときの葵ちゃん、とか・・・」
「!!」

春に、私と戦ったときの―――

さっきの試合を見る限り、今の葵は、春、草試合で戦ったときから考えても、実力の半分どころか、多く見積もっても5分の1。
なんで、ここまで葵の力が落ちているのかはわからないけど・・・
確かに、あの時の、あの試合のときのように、葵が本気を出せば―――

「・・・そうね。あの時の葵なら、勝てるかもね」
「あら、謙虚なお答え」
長岡が、凄く意外そうな顔をする。
どんな答えを期待していた?

「そうだ、坂下さんも、私と来ない?客席、幾つか空きがあったし」
「別に、私は帰るわ」
そういって、私は入退口の方を向く。
「あ、ホントに帰っちゃうの?」
「ああ。こんな試合、これ以上見る価値無いわ・・・」



松原葵

負けた・・・
綾香さんに、負けた・・・
エクストリームに出場して、初めての『負け』―――

綾香さんが相手なんだから・・・
最初から、闘う前から、こうなるだろうってわかってたじゃない・・・
最初から・・・
闘う前から―――

「・・・・・・・ゃん」
「・・・」
「・・ぃちゃん」
「・・・」
「―――っ葵ちゃん!」
「・・・!?」
先輩の顔が目の前にある。
私、いつの間にセコンドに戻ってきたんだろう・・・
黙っていると、先輩が私に話し掛けてくる。
「葵ちゃん、黙り込んで、どうしたんだ?」
「・・・ぃ、・・ん・・ぃ」
緊張して、声が出ない。
「ん?」
やっぱり聞えなかったみたいで、先輩が聞き返してくる。
「せんぱい、ごめんなさぃ・・・」
「ごめんなさいって、何が?」
「試合・・・、負けちゃって・・・」

・・・
そのあと先輩は私を励ましてくれたけど、私がずっと黙ったままでいたので、そのうち先輩も口を閉じてしまった・・・

沈黙・・・
長い沈黙・・・
長い、永い沈黙・・・
休憩時間は、たった1分なのに、何十分も、何時間も、何年も経ったかにさえ思える、永い、でも短い沈黙。

脂汗が滲み、溢れ出てくる。
頬が、紅く、熱くほてっていく。
体が震えてくる。
歯も、ガチガチいって止まらない。

動けない・・・
もうすぐ、次の試合が始まるのに・・・
少しも体が言う事を聞かない・・・
体になんて言ったら良いのかさえ分からない・・・

これじゃあ、このままじゃ闘えない。
綾香さんと闘えない。

・・・せんぱい。
・・・先輩。
・・・先輩!
先輩、助けて!!

―――きゅっ

「!?」

突然、誰かに左手を捕まれる。
誰?

「・・・」

恐る恐る顔を上げてみると、そこには、先輩の顔があった。

「せんぱい・・・」

私の左手が、先輩の大きな右手に包まれている。

「葵ちゃん・・・」
先輩が口を開く。
「葵ちゃん、震えてる」
「・・・」
「やっぱさ、綾香が相手だし、めちゃくちゃきんちょーする?」
せんぱい。
やっぱり、先輩には心配かけちゃいけない。
「だ、だいっじょーぶ、です。いけます。たたかえます。ホント」
うぅぁアぁァ―――。なんか変な言葉口走ってる――。
これじゃかえって心配かけちゃうよぉお。
「・・・ハハハ、葵ちゃん無理したらかえってわかっちゃうって」
ううぅ、やっぱりばれたー。
「葵ちゃん。緊張しないようにって思うと逆に余計緊張するから何も考えないで、震えてるんならそれは『闘うためのエネルギー』なんだとおもうんだ。前にもそう言ったろ?」
「・・・はい、それと、勝とうと思わないで、先輩に胸を借りるつもりでいけって・・・」
「・・・」
私がそう言うと、先輩は少し黙って、そして―――

―――ぎゅっ

最初より強く私の手を握って言った。
「葵ちゃんは今まで『綾香に負けるため』に特訓してきたのか?」
「?」
先輩の言った言葉の意味が分からず、きょとんとした私に向って先輩は続ける。
「違うだろ。葵ちゃんが今まで、今日まで毎日、俺とずっと頑張ってきたのは、この『エクストリーム』の大会に出て、綾香と対戦して、そして、綾香と闘って、それで―――
それで、『綾香に勝つため』だろ!」
「!?」
せんぱい。そうだ、先輩の言う通りだ。私が今まで特訓してきたのは、綾香さんの背中を探して。綾香さんを追いかけて。綾香さんに追いついて。そして―――
綾香さんを追い抜くため!

「・・・せんぱい。で、でも、私なんか・・・」
ぺちっ
「コラッ、そーゆぅふーに『私なんか』ってゆーふーに自分を過小評価するの、そのあがり症よりもずっと悪いとこだぞ」
左手の指で私のおでこを弾いた後、先輩は言った。
「綾香自信が言ってたんだぜ『葵の実力は自分以上だ』って、それ抜きで考えたって、『葵ちゃんは強い!』この大会に参加してる誰よりも。だから、いま準決勝で綾香と闘ってるんだろ。『葵ちゃんは強い!』誰よりも、綾香よりも、その事実がある限り葵ちゃんならきっと勝てる。いや、きっと勝つ!緊張する必要もないし、綾香をおびえる必要もない!」
「せんぱい・・・」

「葵ちゃん、いけるな」
「・・・ハイ」
せんぱいの言葉で大分緊張もほぐれたし、勇気も出たけれど、それでもやっぱり、弱気に応えてしまう。
するとせんぱいは・・・

―――ぎゅぅっ

「・・・!」
今までよりも、ずっと、ずっと強く、私の手を、握り包んでくれる。
嬉しいけど、ちょっぴり痛いかも・・・

「葵ちゃん!」
「・・・」
「いけるな」
「・・・はい」
2度目の先輩の言葉に、やっぱり小さいけど、それでも、さっきよりも大きい声で応える事ができた。
先輩の右手に包まれた私の左手に、先輩の力が流れてくるように感じる。

「よし、それじゃぁ、葵ちゃん、いって、そして―――
綾香に勝ってこい!!!」
「―――っはい!!!」

今度ははっきりと応えられた。
胴着の帯を締め直して、『バトルステージ』へと向う。
先輩の視線を、背中にしっかりと感じながら。

綾香さんも立ち上がってこっちに向ってくる。
でもさっきまでの、緊張や恐怖は感じない・・・
怯まずに綾香さんと対峙できる。

闘える。
今の私なら綾香さんと闘える。

そして、先輩の言ってくれたように、きっと・・・
ううん、『絶対』に―――



長岡志保

ガタン。
「―――っと、こんくらいでいいかな?」
私は、みんなに頼まれたジュース(+私の分、何本か)を買って、急いで、自販機から会場へ走って戻る。
「早くしないと、葵ちゃんと綾香の試合がはじまっちゃうもんね」

葵ちゃんVS綾香。
この試合を見に来る前に、何冊か『エクストリーム』の事が載ってる本を買って、事前情報を集めてみたけど、この対戦カードは、どの本の予想記事にも書いてはいなかった。
それどころか多分、『松原葵』の名前を知る人間さえ、その記事を書いた中には1人もいないだろう。
でも、ヒロが言うには、葵ちゃんの実力はかなりのものらしい。
ヒロの言った事だから、ホントかどうかはあやしいけど、春に、空手部の坂下さんを破ったという実績からみて、この事については、とりあえず信じてもいいと思う。
しかも、葵ちゃんと綾香は昔からずっと、決着つかずと言う『因縁』があるらしい。
こんな面白い試合を見逃したら、この志保ちゃんの名が廃るわ。

そんな事を考えながら、私は観客席の入退口にさしかかる。
そこから入って、少し言った所で、見覚えのある顔を見付ける。
あれは確か・・・

「あっれ〜、もしかして、坂下さんじゃない?」
「・・・?」
私の声に気づいて、相手はこっちに降りかえる。
「やっぱり、坂下さんだった」
「長岡・・・?」

・・・
私が声をかけてからすぐ、坂下さんは黙り込んでしまった。
と、言うより、何か考えているようだ。
ちょっと、声がかけずらい感じがしたんで、私はさっきまで坂下さんが観ていたところ――試合開場――に目を移した。

闘技場――確か『バトルステージ』って言ったっけ――にはレフリー以外誰もいない。
その、左右の対角線上にあるセコンドに、葵ちゃんと綾香がいる。
『青』の葵ちゃん側のセコンドでは、ヒロが葵ちゃんに何かを話しかけている。
あれ、まだ試合はじまらないのかな。
私は、それを確かめるために坂下さんに話しかけた。

「ちょっとー、さーかしーたサーン」
「ん?」
手を左右にパタパタ振る私に気づいて、坂下さんが話しかけてくる。
「長岡・・・、何のつもりだ?」
「何よー。心配してあげたんじゃないの」

「ハハ、でも奇遇よねー。『こんなトコロ』で坂下さんと逢うなんて」
「・・・長岡、何が言いたい」
「え?べっつに。でも、そろそろ葵ちゃんの試合がはじまる頃じゃない?」
「は?『1st round』なら、もう終ったぞ」
「ええ、ウッソ。10分も出てなかったのに」
「・・・10分て、どこに行ってたんだ?」
「うん、ジュース買いにね」
そういって、私はディバッグの中身を見せる。
「・・・これ、全部お前が飲むのか?」
「まっさか、あかりや雅史達の分もあるわよ」

「まぁそんな事よりさ、どっちが勝ったの?」
ずれた会話を修正し坂下さんに、もう1度聞く。
「綾香だ。1分足らずでかたがついた」
「たった?へぇ−、さっすが、『優勝候補』」
「『優勝候補』か。確かにそれもあるだろうが、それ以上に葵だ。いまの葵は『実力』も『地力』も、全然出してない」
「ふ〜ん。見てなかったから、良くわかんないけど。そうなの?」
「ああ、少なくとも、いまの葵には綾香は倒せない」
「へーぇ、『今の葵には』ねぇ」

「それなら、いつの葵ちゃんなら勝てるのかしら?」

「例えば、春に坂下さんと戦ったときの葵ちゃん、とか・・・」
「!!」

「・・・そうね。あの時の葵なら、勝てるかもね」
坂下さんは、そう答える。
「あら、謙虚なお答え」
なんかつまんないな。
私としては『ふん、あの時はちょっと油断してただけよ。葵が私や綾香に勝てる分けないじゃない』みたいな答えを期待してたのに・・・

「そうだ、坂下さんも、私と来ない?客席、幾つか空きがあったし」
「別に、私は帰るわ」
そういって、坂下さんは、入退口の方に向く。
「あ、ホントに帰っちゃうの?」
「ああ。こんな試合、これ以上見る価値無いわ・・・」

・・・。
見る価値無いねぇ。
さっきの試合を見てなかったから何ともいえないけど、『1分足らず』で決まったっ事は、要するに、今までの綾香の試合とほぼ同じ試合時間だったわけで。
そう考えると、葵ちゃんの『実力』もそのくらいなのかも。

私は、そのまま視線を、葵ちゃんの方へと向ける。
ヒロがさっきからずっと、葵ちゃんに何かを話し続けている。
何を話してるのかはわからないけど、試合に負けちゃった葵ちゃんを励ましてるんだろう、って事はわかる。
なんて言ってるのか、すっごく気になる。
うう〜〜っ。盗聴機とか仕掛けておけば聞けたのに、今度から用意しとこう。

もうすぐ試合開始、そのちょっと前で葵ちゃんが立ち上がり、『バトルステージ』へ向っていく。
その後ろ、『青』側のセコンドでは、ヒロが自信ありげな笑みを浮かべている。
観てみると、葵ちゃんもさっきよりも『元気』な感じがする。

やっぱ、ヒロがさっき、なんか言ってたのが原因よね。
聞えてれば、面白い話の種になったのに。

ふと、後ろに目を向けてみると、坂下さんも、会場――多分、葵ちゃん――に目を向けている。
「坂下さん、帰るんじゃなかったの?」
私は意地悪く、そう声をかけてみる。
「かっ、帰るわよ、すぐに」
ちょっと慌てて、坂下さんは言う。なんか、ちょっとかわいい。
「・・・ねぇ、ほんとに観なくていいの?」
坂下さんに聞いてみる。
会場――多分、葵ちゃん――を見ていたって事は、坂下さんも葵ちゃんの様子に気づいたからだと思う。
だとしたら、やっぱ試合も見ていきたいと思うし。
私に会ったせいで、開場から出て行くとしたら、やっぱ悪い気がする。

でも、坂下さんは―――
「観ないわ。別に、見る必要無いもの」
そういって、出ていってしまった。

その後ろ姿を見送りながら、私は、いまの坂下さんの言葉を思い出す。

『観ないわ。別に、見る必要無いもの』

見る必要無い。
坂下さんは、確かにそう言った。

見る『価値』が無いんじゃなくて。

「『見る必要無い』試合、か。面白そうじゃない」

私は、足早に観客席のあかり達のトコロへ走った。

この、ジュースの入ったディバッグもいいかげん下ろしたいしね。



来栖川綾香

「――綾香お嬢様、どうぞ」
「サンキュ、セリオ」
試作型メイドロボ『HMX-13型・セリオ』から受け取ったスポーツタオルで、試合で流した汗をぬぐう。

葵・・・

汗をぬぐい終えたタオルを肩にかけ、私はさっきの試合の対戦相手の『松原葵』に視線を向けた。
全く気迫の感じられない足取りで、彼女は自分のセコンドに向う。
セコンドにたどり着いた彼女に彼女のトレーナー(?)の藤田浩之が駆け寄っていく。 何かを話し掛けているようだが、彼女はてんで上の空といった感じ。

葵・・・

弱い。
全然弱い。
弱すぎる―――

「――『1stround』相手選手『松原葵』KOまでの所要時間・約32秒です。綾香お嬢様の消費エネルギーは・・・」
セリオが今の試合結果についての『計算結果』をはじき出し、私に報告する。

32秒?

今までの試合のほとんどは1分足らずの時間でかたずけてきたのはたしかだけれど、葵相手に『1分足らず』―――

弱い。
全然弱い。
弱すぎる―――

葵は『実力』も『地力』も、全然出してない。
・・・違う、『出せていない』―――

多分あの子は、私を前にしてかなり緊張している。
それは、試合前に対峙した時から感じていたけれど。
まさか、ここまで『実力』を削ぐ事になるなんて―――

今の葵は、春に観たとき(好恵との草試合のとき)から考えても、実力の半分どころか、多く見積もっても5分の1。

「ふぅ」
考えながら、私はため息をついた。

私も、葵の為に何かしてあげたいけれど、敵同士の現時点では無理なこと。
何より、『これ』は葵の問題。葵が越えなければならないもの。

葵・・・

今の、私と葵が頼れるのは―――

「しっかりやってよね。トレーナーさん」

「ングっ・・・。ふぅ」
スポーツドリンクを一口飲んで、渇いた喉を潤した後、また、ため息を一つ。

そろそろ時間ね。
私が手に持っていた、スポーツドリンクの缶をテーブルに置き、肩に掛けていたタオルに手をかけたとき―――

「――綾香お嬢様」
「?。何、セリオ?」
唐突にセリオが口を開いた。セリオから話し掛けられることなんて、そうある事じゃ無いから、正直凄く驚いた。
「――・・・」
私の問いにセリオは指をさして答えた。
その先には・・・

葵・・・

葵が立っている。
葵が胴着の帯を締め直しながら『バトルステージ』に上ってくる。

葵・・・

違う。
違う・・・
全然違う―――

気迫も!
表情も!!
瞳の中の輝きも!!!

さっきまでの葵とは、全然違う―――

「・・・ふっ」

何故か私の口元が、僅かにほころんだ。
何故かは、私にも分からない、だけど、多分、多分だけど・・・
嬉しくて―――

トレーナーさんが、今度はどんな『おまじない』を使ったかは分からないけれど。

『今度の葵』は手強そうね。

手に取ったスポーツタオルをセリオに渡して、私も『バトルステージ』へと向った。



そして・・・

『赤』前大会『第一回エクストリーム』優勝者で、今大会『優勝候補』ナンバー1。
『来栖川綾香』

『青』全く無銘の新人。
『松原葵』

『1st round』が僅か32秒で終了したことから見ても、どちらの『実力』が上かは一目瞭然。

しかしながら、KOされた『松原葵』戦意を喪失するどころか、先程までより気迫が段違いなほどに溢れているかの様にもみえる。


「あっ、志保。もう、最初の試合終わっちゃったよ」
客席に戻ってきた志保に、あかりが声をかける。
「ハハハ、ごめんごめん、ちょっと、ネ。初めてだから迷っちゃって」
「でも、良かったじゃない。全部見逃しちゃった訳じゃないんだから」
「そーそー、マサシの言うとーりだよ。ところで、さっきの試合は綾香が勝ったんだけど、次の試合、シホはどっちが勝つと思う?」
レミィの質問に志保は応える。
「え、そうねー、私は―――」


「両者前へ」

「・・・」
「・・・」
レフリーの指示で、半歩前へ出て、お互いに対峙する。

―――葵、近くで見るともっとよく分かる。気迫も、表情も、瞳の中の輝きも、全然違う。

―――綾香さん。私、これからあなたに・・・

「準決勝第1試合2nd round・・・
Lady―――」

レフリーの声を耳に、お互い構えを取り、間合いをつめる。

それを目の当たりにし、観客達が一斉に、歓声を上げる。


その歓声を背に、会場を去っていく、一人の少女がいる。
少女は、振り返って呟く。
「はぁ、あんなお遊びのショーで、なんであんな大勢の人間が集まるのか・・・」
だが、次の瞬間にはその疑問を捨て、また歩き出している。
口元に、嬉しいのか、馬鹿らしいのか、そんな微妙な笑みを浮かべて。


『バトルステージ』の上で二人は対峙する。
そうだ、これから二人は、また戦うんだ。

「準決勝第1試合2nd round・・・
Lady―――」

レフリーの声を耳に、お互い構えを取り、間合いをつめる。

―――葵ちゃん。

「FIGHT!!!」

THE END

あとがき系読み物

『2nd round peace』読んでいただければ、すくにわかりますけど『2nd round』の書き足しバージョンです。
どのへんを書き足したかと言うと、『2nd round』のあとがきでかいてた坂下と志保のシーン。
ずっと、頭の中にあのシーンはあったんですけどね。
はじめは、そのシーンだけで一本書いてみようと思ってたんですけど、そうすると坂下SSになっちゃうんでやめました。
で、結局これです。

ごちゃごちゃして読み難いだけですね。
特にエンディング。
止めりゃ良かったかも。

でも、ホント疲れました。
何せ、5時間ぶっとうしですからね。
夜食のラーメンが、延びまくってた。
もう、朝ご飯の時間だよ。

でも、感想とかくれたら、ちょっと嬉しいです。

じゃ、オヤスミナサーイ。

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