エクストリーム―――
昨年から開催された『全日本異種格闘技選手権』
一般的な認知度は今一つだが、独占資本主義で有名なあの『来栖川グループ』が全面的にバックアップしていることも手伝ってか、この世界では今最も注目されている。
今年は、10月10日の『体育の日』から、10月12日日曜日までの3日間で、一般の部、高校の部、大学の部が行われ、午前、午後で、それぞれ『男子』と『女子』に別れている。
明日10月11日は、俺達『格闘同好会』の2人が、初出場する『高校の部』の日。
そして・・・
葵ちゃんと綾香が、遂にぶつかる日―――
〜昼下がり・二人〜
「よう、坂下じゃねーか。ここに来るなんて、珍しいな」
来ていきなり、藤田に声をかけられた。
「なんだ? 葵ちゃんに会いに来たのか?」
「・・・別に。ただ、試合が明日に迫ってるから、どんな様子か見に来ただけよ」
「同じじゃねーかよ」
半分、呆れ顔の藤田。
確かに、自分で言っててもそう思う。
「残念だけど、葵ちゃんなら今日は来てないぜ」
「来てない? 試合前日だって言うのにいい加減なもんね。それとも、余裕の現れ、ってやつかしら?」
「ふっ、まあ、両方ってところかな」
自慢気な口調で言う、藤田。
まるで自分の事のように。
「なんてな、今日は俺の独断で練習は中止にしたんだ」
「中止? なんでそんな事を。葵は反対したんじゃないのか?」
葵は昔から、ずっと努力だけは苦とせずにいた。
その葵が、あれだけ出たがってた『エクストリーム』の試合前日に何もせずに、じっとしていられるはずが無い。
本当なら、一日中――それこそ、日が沈んだとしてもずっと――ここで練習していたいだろう。
「ああ、もちろん大反対だったぜ。でもよ、今日だけは葵ちゃんに練習させるわけにはいかないと思うんだよな」
「・・・藤田?」
練習を、させるわけにはいかない?
「葵ちゃんって、すっごいガンバリ過ぎる女の子だからな。今日みたいな日に練習なんかさせたら、きっとこんつめ過ぎて身体、壊しちまうと思うんだよな。実際、それに近い事が前にあったしな。だから、俺はここで、葵ちゃんが練習に来ないように見張ってる、ってワケ」
「・・・藤田・・・」
葵が来ないように見張ってる、か。
こいつ、葵の事を本当にわかってるんだな。
いつもは、ばかばっかやってる奴なのに、葵の同好会に入ったのもその一つだと思ってた。
でも違う、悔しいけどこいつ、何年も一緒にいた私なんかより、ずっと・・・
葵の事をわかってる―――
「なんだ、もう帰るのか?」
「ああ、葵がいないんじゃね、あんたと話してたって面白い事もないし」
「そうか・・・、あっ、ちょっと待てよ」
帰ろうとした私を引き止める藤田。
「ほらコレ」
一枚のチケットを渡される。
明日の『エクストリーム』の観戦チケットだ、席はずいぶん後ろのようだが。
「俺はともかくさ、葵ちゃんの試合は見に来いよな。絶対」
「あ、でも・・・」
「安心しろって、金取ろーなんてお持ってねーよ。ただでやるって」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「言っとくけど、見に来ないからいらない、ってのは却下だからな」
「あ、だから・・・」
結局、無理矢理渡されてしまった。
綾香と葵からも渡されたから持ってるんだけど、このチケット。
ポケットに入った、チケットを握り締めての帰路。
まあ、こんな物いくらあっても邪魔には・・・なるよなぁ。
「あ〜あ。これで、明日行かないわけにいかなくなっちゃったかな・・・」
〜夕暮れ・勝率〜
ジムで、明日に備えての調整を終えての帰り道。
うちのジムは、来栖川家の物でありながら、都心の土地事上の影響で、自宅から20分以上も離れている。
まあ、設備が整ったところだから、そんくらいの事には目をつむるけど、この20分の帰り道に何も無いのが味気ないわよねえ。
その、何にも無い帰り道、私は、見知らぬ少女に声をかけられた。
「綾香・・・さん?」
「え?」
名を呼ばれて、振り返ってしまった。
「ネェ、あなた、来栖川綾香でしょ? 来栖川芹香さんの妹の」
「・・・そうだけど。あんた、だれよ?」
「私は、長岡志保。そうね、藤田浩之の親友。といえば、わかるかしら?」
藤田浩之?
確か、葵と一緒にいた、姉さんの彼氏(?)ね。
あれの親友か、確かに、このなれなれしさなんかは通じるところがあるかも・・・
「ふ〜ん。それで、その藤田君の親友が何のようかしら?」
「別に、これと言って理由はないんだけど。言ってみれば、敵状視察。ってところかな」
「敵状視察? で、何が聞きたいの?」
「そうねぇ、それじぁあ・・・」
なんだこの、もったいぶったような言い方は。
「葵ちゃんと戦ったとして、その勝率・・・」
「葵との試合の勝率? なんだそんな事か。それなら、そうね、100%、かな?」
「100%? 言うじゃない」
「まあね」
「でも、その100%って、どっちの100%なのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・」
「今、100%と言っただけで、どっちが、とは言ってないわよねえ。どっちにとっての100%なのかしら?」
そこまで聞いてたのか・・・
この女、ただの場かじゃない。
「それは、明日来ればわかるわよ」
とりあえず、そうお茶を濁して、私は長岡志保から逃れた。
100%。
この勝率が、私の物になるか、葵の物になるか。
明日わかる。
私にも、葵にも―――
〜夜・明日〜
「・・・ごちそうさま」
「葵、もういいの? 明日、試合なんでしょ?」
「・・・うん、もういい」
私は、晩御飯の後、すぐ部屋に戻って布団に潜り込んだ。
いつもより全然食べなかったから、さっきお母さんも心配してたみたいだ。
でも、本当に食欲が無い。
試合が明日に迫ってる事もあると思うけど、それよりも、
「せんぱい・・・」
なんで、今日は練習するな、なんて言ったんだろう。
明日の為にも、コンディションを万全にしておきたいのに。
今日一日、こうして何もしなかったせいで、綾香さんにも、他の出場選手にも、ずっとずっと距離をつけられたような気がする。
「う〜ん」
ゴチッ。
「痛っ」
色々考えが浮かんで来て、寝付けずに寝返りをうった時、頭を側にあった棚にぶつけてしまった。
ドサッ。
その棚の上から、ショックで一つのぬいぐるみが落ちて来る。
「コン太・・・」
そうだ、先輩が春、修学旅行のお土産に私にくれたキツネのぬいぐるみ。
私は、コン太を手に取ってみる。
コン太の目が、私の事を見ているように見える。
『葵ちゃん、どうしたんだ? 元気が無いぞ』
「・・・コン太?」
『今の落ち込んだ葵ちゃん、いつもの葵ちゃんらしくないぞ』
「そうかな・・・、やっぱり」
『ああ、全然違う。何があったんだ?』
「うん、先輩にね。今日は練習をしちゃいけないって言われたの」
『それで、今日は言われた通り練習をしなかったのか?』
「うん」
『でも、本当は、練習をしたかったんだろ?』
「うん、先輩と一緒に、ずっと・・・」
『じゃあ、何で練習に行かないで、今日はずっと家にいたんだ?』
「それは、やっぱり。先輩が、間違った事、言うわけ、無い、し・・・」
そうか・・・
そうだ、先輩が今日練習を休めって言ってくれた事も、きっと何か意味があるんだ。
先輩が間違った事、言う分けないし。
何も、悩む必要はないんだ。
それを気付かせてくれたのは、
「ありがとう、コン太」
『・・・・・・・・・・・・』
「あれ?」
さっきまで、私とお喋りしてたのに、今は、口を開かないコン太。
あれ、コン太ってぬいぐるみよね。
だったら、喋ったりするはず・・・、
「・・・ううん」
そんなこと無いよね。
「ありがとう、コン太」
ぎゅっ。
その夜は、コン太と一緒だったせいか、いつもよりぐっすりと眠れた。
〜明朝・初陣〜
アリーナ前。
ここが、今年の『エクストリーム大会』の会場だ。
まだ、会場の2時間前だというのに、すでに入場口の前には長蛇の列が出来ている。
俺の隣には葵ちゃんがいる。
これだけの観客を目の前にしてるんだ、また、坂下との試合の時みたいに震えてるのかと思ったが、そんな様子は全然無い。
「葵ちゃん、今日は緊張せずにいけそうか?」
「いえ、そんなこと無いですよ。今でも、ほら、手に脂汗かいちゃってるし・・・」
「そんくらいなら、心配する事も無いかな? 葵ちゃんの実力なら、いつも通りにやれば勝てるって」
「でも、やっぱり、他の選手もみんな、凄い実力を持ってると思いますし・・・」
「おいおい、戦う前からそんなでどうすんだよ。全戦全勝で優勝するくらいの気持ちでいかなきゃ」
「せんぱい・・・。はい、そうですね」
俺達はまた、アリーナに向けて足を進める。
俺も葵ちゃんも初出場。
それだけじゃなく、葵ちゃんには、あのアリーナで、綾香が待ってるんだ。
「いくぜ葵ちゃん。俺達の初陣だ!!」
「はい、せんぱい!!」
今晩は、7000記念という事でかいたSS『1 days ago』です。
でも、この話、出だしと、ラストに書いてある、
To 2nd round or 2nd round
peace
の言葉どおり、僕のSS『2nd round』あるいは、その書き足しバージョン『2nd
round peace』に繋がる話になってます(一応)。
だから、綾香パートでは、伏線の為に志保が出て来るし、葵ちゃんと浩之を接触させないようにした結果、わけわかんないメルヘンになってるし。
記念に便乗した、自己満足な話でしかないですね。
10000の時(?)には、もっといいもの送るので、許してください。
だめ?